映画『レディホーク』女は鷹に、男は狼に ~悲劇の恋人たちの奇跡~

[well size=”sm”]ジョーン・ヴィンジ著の小説『レディホーク』は、巻末の解説によると、執筆と映画の企画が同時進行だったせいか、単なる「映画の原作」を超えて、恋愛ファンタジー小説としても読み応えのある内容に仕上がっている。
これは翻訳者・野田昌宏さんの力量によるところも大きいと思うが、ヴィンジ女史の生き生きとした描写は一つ一つの場面が目に浮かぶようで、登場人物の微妙な心の襞が手に取るように伝わってくる。[/well]

80年代、角川映画がエンターテイメントの市場を席巻していた時、

『読んでから見るか、見てから読むか』

というキャッチ・コピーが流行したことがある。

今でこそ映画・原作・主題歌はもちろん、登場人物の身につけているグッズやファッション、ロケ地までが「関連商品」として大々的に売り出されることは珍しくないが、80年代においては、こうしたタイアップ商法というのは割に新しく、角川の新作が封切られる度に書店やレコードショップの店頭の商品が入れ替わり立ち替わりに置き換わった記憶がある。

しかしながら、映画にも原作にも満足するケースは決して多いとは言えず、とりわけ、映画のノベライズに関しては、まるでスクリプトに毛の生えたような「活字マンガ本」に過ぎないこともままある。

しかし、ジョーン・ヴィンジ著の小説『レディホーク』は、巻末の解説によると、執筆と映画の企画が同時進行だったせいか、単なる「映画の原作」を超えて、恋愛ファンタジー小説としても読み応えのある内容に仕上がっている。

これは翻訳者・野田昌宏さんの力量によるところも大きいと思うが、ヴィンジ女史の生き生きとした描写は一つ一つの場面が目に浮かぶようで、登場人物の微妙な心の襞が手に取るように伝わってくる。

たとえば、冒頭。

日の出どき、馬に乗った黒ずくめの男は丘の上から眼下に広がる町をじっと見下ろしていた。
彼は夜が明ける前からじっとここに待っており、そして今、やっと長い夜が明け始めたところなのである。
鞍の上の彼は、冷えきって疲れた体をちょっと動かしながら、明るくなってきた空と、下から湧いてくるような灰色の朝霧をじっと見つめていた。

やがて霧が割れて、アクィラの城のぎざぎざした尖塔が見えてきた。それは黄金色に彩られ、まるでつかの間の天国を垣間見るような、そんな感じだった。

だが、その光景を見守る男の顔には一瞬、ほんの一瞬だが、痛みにも似た望郷の思いが走って消えた。
そして、いつの日かこの夜明かしも終わる、それともなにかの答えが出る──という思いを押さえきれずにいる自分に気がつき、暗い微笑みを洩らすのだった。

私がこの本を購入したのも、この冒頭に惹きつけられたからだ。
ほんの数行で、男の置かれた状況と舞台、そして長い放浪生活による疲れと心の隅に未だ消えぬ希望の光とが鮮やかに見て取れたからである。

あまたの名作がそうであるように、この作品も、冒頭の期待を裏切らない完成度の高さだった。

よくあるノベライゼーションのように、ストーリーだけを追う文章ではなく、また映画とはまったく異質な作品という訳でもない。

まるで鮮やかな映像がそのまま言葉に置き換わったような、立体的で、ダイナミックな秀作なのである。

物語は、アクィラの城の地下牢から、小柄なコソ泥のフィリペ・ガストンが脱走を試みるところから始まる。
早くに両親を亡くした彼は、物を盗むことによってようやく生きながらえていた。
しかし、このアクィラの町は、高僧でありながら悪魔の魂を棲まわせる恐ろしい大僧正によって治められ、窃盗にも容赦ない処罰が待っていた。
だが、フィリペはがりがりに痩せた身体を利用して、器用に排水口から抜け出し、見事に城外へと脱出する。

そんな彼を待ち受けていたのは、一羽の美しい鷹を伴った黒騎士のナヴァレだった。
ナヴァレは、地下牢から抜け出した唯一の人間であるフィリペの力を借りて、大僧正への復讐を企てるつもりだった。
彼はアクィラの町を守る立派な警備隊長でありながら、大僧正への謀反をはたらいたかどで追放され、もう二年も放浪の旅を続けていたのだった。
しかし、やっと自由の身になったフィリペはナヴァレの協力を拒み、ナヴァレの元から逃げ出そうとする。
そんな彼をナヴァレは木に縛り付け、夕闇に姿を消してしまう。

夜になり、フィリペの前に現れたのは、この世のものとは思えぬほど美しい女性だった。
ついで現れた巨大な黒い狼にフィリペは戦慄するが、彼女と狼はまるで深い絆で結ばれたように近く寄り添い、夜の闇に姿を消してしまう。
そして翌朝になると、再び美しい鷹を伴ったナヴァレがフィリペの前に現れたのだった。

ナヴァレの持っていた黒と深紅のマントに包まれているのは、この世のものとは思えぬほど美しい、ほっそりとした女性だったのである。
頭巾の奥に見える彼女の肌の白さは月光に冴える大理石もかくやと思うばかり、髪は白銀色に輝いている。
彼をみつめる緑色のキラキラした眼は不思議な感動にあふれていて、なにかそれは、彼女が長い間、人間というものを見たことがないのではないかと思わせるのだった。

そんな二人の前に、大僧正の命を受けた兵士達が襲いかかる。
死闘の末、ナヴァレは深手を負い、鷹もまた兵士の放った矢に貫かれた。
ナヴァレは鷹をフィリペに託すと、遠くに見える古い僧院を指差し、イムペリウス修道士に助けを求めるように言う。

飲んだくれの修道士は、それが「ナヴァレの鷹」であると知ると血相を変え、全力を尽くして介抱する。
夜になると、鷹が眠っていた所にはあの美しい女性が横たわり、ガストンはようやく鷹が彼女で、狼がナヴァレであることを悟ったのだった。
そんなフィリペにイムペリウスは言う。

「あの娘の名はアンジューのイサボウと言う。わしは、あの娘にはじめて会った日のことを一生忘れないだろうよ。それは、まるで……まるで……」
フィリペはじっと眼をつぶり、その顔を思い浮かべてみた。「まるで、愛そのもの……」
「大僧正猊下も、もう、あの娘以外のことがなにも考えられなくなっている。あれほど悪に染まった人間でも、愛の衝動につき動かされることがあるのだ。彼はその想いにとりつかれてしまった。まるで狂人だった。イサボウは大僧正に眼をつけられたと知って震え上がった。あの娘の心は、警備隊の隊長に奪われていたからだ。……しかし、ひとりのばかな……ある坊主が彼らの告解を聞き、大酒を飲んだ罪を自分の上長に告解した時に……それを自分の聖なる義務だと信じて──話してしまった。大僧正は、二人の結婚願いを拒否した。そしてナヴァレに対して、二度とあの娘に会うなと命令を下した。だが二人は密会を続けた。そこで、その坊主は、取り返しのつかぬ罪を犯してしまった。彼は、二人が愛を誓い合っていることを大僧正に知らせてしまったのだ。・・(中略)・・
そしてついに自分の見に危険を感じはじめた大僧正は、部下を呼び戻して退却した。だが、それでも彼は、恋人たちを絶対そのままにはしないと誓ったのだ。怒りと焦りになかば狂ってしまった彼は、ついに闇の力を呼び出したのだった。二人に呪いをかけるため、彼は自分自身の魂をも邪悪なるものに差し出したのだ……」
イムペリウスの声が枯れた。
「あの娘は昼間、鷹に変えられ、そしてあの男は、夜、狼に変えられてしまう。哀れにも獣の姿でいる間、彼らには人間としての記憶はなにもないのだ……。永久に人間として相まみえることが許されぬのだ。太陽が昇り、太陽が沈む限りは……。昼と夜がこの世に存在する限りは……永久に」

呪いが解けないのであれば、大僧正を道連れに殺すしかない。
そう考えたナヴァレは、フィリペを連れて、アクィラの町に戻ろうとする。
だが、イムペリウスは、自ら研究を重ね、呪いを解く方法を見出していた。
近々、「夜ではない昼、昼ではない夜」が訪れ、二人がそろって人間の姿で大僧正の前に立てば、呪いは解けるはずだと。
しかし、イムペリウスの言葉を信じないナヴァレは、その時を待たずに行動しようとする。
フィリペが身体を張ってようやく思いとどまるが、それがいったい何時、どのように起こるかは、イムペリウスにも、誰にも分からなかった。

不安を抱えたまま、イムペリウスは鷹を伴ってアクィラの城内に入り、ガストンは自分が抜け出た排水溝を再び辿って教会内へと侵入する。
手はずでは、ミサの途中でフィリペが教会の扉の鍵を開け、ナヴァレが大僧正と直接対決する予定だったが、警備は思った以上に厳重で、彼らの行く手を阻む。
「もし、オレが死んだら、ひと思いに鷹を殺せ」と言いつけられたイムペリウスは、懐に鷹を抱き、一方の手にナイフを構えたまま、不安な気持ちで「夜ではない昼、昼ではない夜」の兆しを空に求め続けるが……。

§ 解説

この作品の特筆すべき点は、ずっと側に居ながら、人間として相まみえることも叶わない恋人達が、長い放浪生活に疲れ、あきらめ、お互いの死さえ望むようになっていた点にある。

罠にかかって死んだ他の狼を見てイサボウはつぶやく。

「これがあの人だったらいいのに──と思うわ」
「そんなことを言うもんじゃないよ、お嬢さん」フィリペはやさしく抗議した。「愛してるからって、その人が死ねばいい──なんて願っちゃいけないよ」
「私は夢に生きて、あの人が死んでしまえばいいと願っているのよ。私も一緒に死ぬといいのよ。あの人にそう言ってちょうだい」彼女の声は震えていた。2年間に及ぶ生ける死。その中で必死になって押さえに押さえてきた悲しみと熱望と怒りが、ついに彼女を圧倒してしまったのだ。
「ほんとうに……私とおんなじ悲しみと苦しみの中で、あの人は……毎日毎日……どんなふうにすごしているの……? それでいながら、まだ希望があるようなふりを……どうしてできるの……?」
「あの人が……あんたを愛しているからさ」
イサボウは深い溜息を洩らした。そしてゆっくりと立ち上がり、頬の涙を手で拭った。
ここ二年間、彼女が他の人間に対して口にしたなにか意味のある言葉は、それこそ十個となかっただろう……。こうして少年が二人の人生に入ってくるまでは……。

ナヴァレは、大僧正に復讐するために、地下牢からの唯一の脱走者であるフィリペを力ずくで利用するつもりだった。
だが、ナヴァレは途中で気付く。
フィリペが、絶えて久しいイサボウとの心の交流をかけもってくれる、大切な存在であることに。
それはまたイサボウも同じだった。
今となっては、フィリペだけがナヴァレの確かな言葉を伝えてくれる唯一の架け橋だった。
そして、生まれついてのコソ泥で、嘘つきを自称するフィリペは、そんな二人のメッセンジャーを務めるにあたって、時に巧妙に「ウソ」を織り交ぜ、必死で二人の愛と希望を繋ごうとするのである。

この作品が、他の映画ノベライズと格段に違っているのは、こうした心理描写が非常に丁寧に描かれている点にある。
過酷な状況に置かれた恋人達が投げやりになる理由も、ナヴァレが復讐を急ごうとする気持ちも手に取るように分かり、だからこそ、クライマックスの対決が生きてくるのだと思う。

「昼ではない夜、夜ではない昼」。

それが何なのか。

次の動画を見れば一目瞭然だと思う。(オチが分かってもいいという人だけ見て下さい)


情熱的な騎士ナヴァレを演じるのは、SF名作『ブレード・ランナー』で不死身のレプリカントを演じたルトガー・ハウア。この方は「異形のもの」を演じさせたらムード満点。

鷹の姫イサボウを演じるのは、クールな美貌が魅力的なミシェル・ファイファー。

コソ泥フィリペは、若き日のマシュー・ブロデリックが演じている。

そこまで大ヒットした映画ではないし、無難にまとまった佳作だが、少なくとも小説は一読の価値がある。

これはもう完全に廃刊になってますね。翻訳も綺麗で、読み応えのあるノベライズだったのですが。本当に残念です。

↓ 復刻されました

アメリカの人気女流SF作家による原作。
単なるノベライズではなく、きめ細かな描写が美しい恋愛ファンタジー小説であることは上記の通り。
野田昌宏さんの翻訳も素晴らしく、中世ファンタジーらしい流麗な世界が広がる。
今に中古マーケットからも姿を消すかもしれないので、興味のある方はお早くね。

この映画は主役級の役者がいい。
情熱的で憂いをおびたルトガー・ハウアーのナヴァレは言うまでもなく、ミシェル・ファイファーの幻想的な美しさや、若いマシュー・ブロデリックのみずみずしさなど、役者を見ているだけでも楽しめる作品。
CG使いまくりの大作ではないが、一昔前のファンタジー映画らしい、素朴で温かな魅力にあふれている。
特にクライマックスの運びは素晴らしく、「昼ではない夜、夜ではない昼」の描写と、ナヴァレと悪徳警備隊長との一騎打ちが圧巻。
素直にエンディングを喜べる作品だ。

ついにブルーレイ登場。嬉しいですね~☆

Photo : http://www.fantasybookreview.co.uk/blog/2011/05/04/nostalgia-lane-1-ladyhawke-by-joan-d-vinge/

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