子育てに必要なのは社会の融通性では?

2017年9月15日子育てコラム

キリングラスさんの母親の現状という記事を読んで、最近、強く感じたことを、書いてみますね。

実は、うちの息子サン、今度は右手の親指を痛めて、Mr.ギプスになっております。

台所の椅子を引き倒した時、親指が椅子の下敷きになってしまったのです。

翌日、病院でレントゲンを撮ってもらったら、骨折とまではゆかないけれど、骨に若干のダメージがあるということで、念のため、10日間のギプスが装着が指示されたのでした。

本人は元気満開で、ギプスの手を武器に、バシバシ叩くぐらいの気力がありますけれど。

初めての本格的ケガで、かなりショックでした。

私も、妊娠後期に入って、身体のだるさもひとしおで、どうしても注意力散漫になりがちだし、日頃の疲れの上に、打ちのめされた感じです・・・。

とはいえ、通院には、夫が付き添ってくれましたし、大事に至らなかっただけ、幸いなのですけど。

その時、小児科外来の風景を見て思ったのは、平日の昼間にもかかわらず、患児の大半が父親同伴だった、という事でした。

それも風邪引きみたいな、軽い病気にもかかわらず、です。

平日の昼間に、お父さんが子供を病院に連れてくるなんて、日本では、まず考えられないでしょう。

子供が病気したって、病院には妻が連れてゆくのが当たり前、後から報告だけ聞いて、「ちゃんと見ておけよ」みたいな雰囲気じゃないでしょうか。

まあ、中には、徹夜で看病するような熱心な方もおられるでしょうけど。

こちらの職場もシビアな面はありますけど、「これは見習うべきじゃないかな」と思うのは、こと、家族の一大事に関しては、お互いに融通を利かし合うという点です。

以前、私が退院して間なし、まだ体調不良なのに、一人で子供を見なければならなかった時、意外に、夫が有給を取って、一日、家に居てくれたことがありました。

私は、当然、出社するだろうと思っていたのですが、同僚や、ビジネスパートナーから、「家に居た方がいい」と言われたみたいですね。

当時は、ワルシャワから出張してこられた大事なパートナーと、新しいプロジェクトの最後の仕上げをする予定だっただけに、私は、絶対仕事を優先するだろうと思っていたのですけど、逆に、そのパートナーから、「仕事より家庭」と配慮頂いたみたいです。

こんな事、絶対にあり得ないと思っていただけに、今さらながら、価値観の違いに驚かされました。

こういう世界があるということを、日本のお母さん方が知ったら、
「本当の意味で、子育てしやすい社会」
という点で、愕然とされるのではないかと推測します。

例の「発言小町」でも、

育児休暇を取ったものの、いざ子供が産まれてみたら、可愛くて、離れられない。会社を辞めるつもりだが、どうしたらいいか

という質問に対し、

「子供さんと一緒にいてあげて下さい」

というアドバイスの一方、

「迷惑」「無責任」「ルール違反」

みたいな厳しい批判の声もあり、なんだか、やりきれない気持ちになったものでした。

母親の「子供と一緒に居たい」という気持ちが、会社人間というだけで非難されるなんて、ね。

事業主や職場の事情も分かるけれど、「子供を育てること」と「社会的責任を全うすること」を同時に求めたら、それこそ世の中回って行かなくなるんじゃないか、と、思わずにいませんでした。

こんな世の中で、子育てが楽しいわけがないじゃないの、って。

子供を一人、病院に連れて行くのも、本当に大変ですよね。

小学生ぐらいになって、自分で着替えたり、ある程度、待ったり、歩いたりできるなら、まだマシかもしれませんが、乳児や一歳児の通院なんて、家を出る前から重労働ですもの。

病院に連れて行けば、連れて行ったで、待合室でじっと待ってなんかないし、レントゲンも必ず付き添いがいるし、処置をするのも数人がかりだし。

夫と二人で行っても、あやしたり、抱っこしたり、荷物を持って移動したりと、そりゃもう、お疲れもお疲れなのに、これが妻一人となったら、その負担は、想像するに余りあります。

そして、その負担を「やって当たり前」と、周囲はもちろん、夫にさえ思われたら、奥さん、しまいに、発狂しますよ。

よく「子育てに快適な環境」と言いますけれど、社会に融通性がない限り、制度や施設や、支援者を増やしても、結局、女だけでバタバタして、根本的な解決にはならないような気がします。

子育ては、夫婦二人が基本だから。

その一方を欠いて、どちらか一方が、しゃかりき頑張っても、真の親力にはならないのではないかと。

もう少し、何とかならないものかと思います。

そんな事を考えていたら、またも滋賀県で酷い幼稚園児殺害事件が起きて、ますますやりきれない気持ちになりました。

犯人が、悪魔のような人間ならまだしも、外国籍のノイローゼ気味の母親でしょう。

神経衰弱の原因が、子育てだけなのか、あるいは、「在住妻」という孤独な存在ゆえなのか、ニュース記事を見ただけでは分かりませんけれど。
私には、「明日は我が身」の話です。

もし、日本という環境に馴染めなくて、孤独感をつのらせた上に、育児ストレスが重なって、被害妄想的になってしまっていたのだとしたら、殺した方も、殺された方も、哀れです。

助けを求めたくても、日本語が上手に話せなくて、求めようがなかったのかもしれませんね。

助けがあれば、二人の子供も死なずに済んだろうに。

そして、こんな事件が起きてもなお、「母親社会での出来事」と、突き放して見る風潮があるなら、日本のお母さんは、ますます孤立して、子供も不幸になるだけでは、と思います。

「お母さん=妻」を苦しめているのは、誰なのか。

それを自覚した上で、社会というものを形成して頂きたいですね。