キング・コング / ピーター・ジャクソン版を語る

2017年9月14日映画

うちの娘はゴリラに似ています。
(といっても、可愛いゴリちゃんですけどね)

生まれた当時の、鼻の穴をプクーっと膨らますクセや、現在、ガニ股で、ウッホウッホと伝い歩きする様なんか、まさにゴリちゃんそのもの。

で、キング・コングを観ながら、夫が嬉しそうにいうわけ。
「ほらほら、車を投げる姿なんか、オモチャで遊ぶ娘にそっくりじゃないか~」

でも、私は、キング・コングが鼻の下を伸ばす度に思ってました。

「TVにTバックのねーちゃんが出てきた時の、あんたの顔にそっくりやがな」

ヒロインを狂ったように追い回すキング・コングの顔って、どう見ても、発情した男性そのものですよね(笑)

*

さて。

2006年、世界中の話題をさらったこのリメイク版。

「映像化は絶対に無理」と言われ続けた伝説のファンタジー大河小説『ロード・オブ・ザ・リング』三部作でアカデミー賞を獲得したピーター・ジャクソン監督によって制作されたわけですが……。

あいかわらず、冗長な映画でした。(ファンの方、すみません)

ロードの時も思ったけれど、ジャクソン監督は『語りすぎる』のね。

ディズニーやピクサー映画が「ストーリーに不必要」「観客がダレる」と判断したら、どんなに素晴らしいアイデアでもバッサバッサと切り捨て行くのに対し、ジャクソン監督は「あれも惜しい、これも入れたい」という感じで、どんどんフィルムを繋いでいってしまう。

コングが恐竜と闘うシーンや、コングを罠にかけて仕留めるシーンも、あんなにダラダラ描かなくても、テンポよく進めれば観客には分かるのに、ジャクソン監督は全部突っ込んじゃうんだよね。
きっと、一つ一つのシーンやセリフに、人一倍、思い入れが強いのだと思うけど。

しかしながら、ヒロインのアンが、曲芸(つまり笑い)でコングの心をとかすシーンや、氷上でのロマンチックなスケートは非常に納得が行ったし、アンに「イヤよ」と言われて、子どものように癇癪を起こすコングの表情もリアルに描けていた。

また、オリジナル版では、ショーの見せ物にされたコングの前で「とらわれの美女」を演じたのはアン自身だったが(周囲に無理やり担がされて)、ジャクソン版では、アンはコング・ショーの間、別の劇場でひっそりと舞台に打ち込んでいる。

この解釈は秀逸だと思う。

なぜなら、コングの一番の理解者であるアンが、たとえ周囲に強く押されたとしても、コングの見せ物ショーに登場するとは思えないからだ。

この点に関しては、ジャクソン監督の演出に好感が持てる。

それにしても惜しいのは、ドラマの物足りなさだ。

何が不足かと言えば、「映画のことしか頭にない」、本来、絶対悪になるはずの映画監督カールのキャラクターが、善人とも悪人ともつかない、中途半端な描かれ方をしていた──という点である。

アンや脚本家のジャックをはじめ、船員や制作スタッフを髑髏島への強行軍に駆り立て、自分の右腕を恐竜の襲撃で死亡させてもなお映画の撮影を止めようとしないカールは、「人間側」の典型として、もっと醜悪に描いてもよかったのではないかと思う。

カールを演じた俳優さんも、「愛しのローズマリー」でギネス・バルトロゥの相手役をつとめたジャック・ブラックで、どちらかというとコメディ・テイストの役者さんであることから、自分の利益しか考えない狡さや冷酷さみたいなものがいまいち伝わってこず、たとえば、罠にかけてコングを仕留める場面、「こいつはブロードウェーの見せ物になる」とつぶやいても、そこに人間社会のいやらしさがあまり感じられない為に、物語の後半、ショーで見せ物にされるコングや彼を庇うアンの行動に深く感情移入できない。

ジャック・ブラックもいい役者さんだとは思うが、この役には、あまり合っていなかったのではないか。

それに比べれば、ミュージカル映画「ムーラン・ルージュ」のオーナー、ハンス・ジドラーの描かれ方は秀逸だった。
サティーン(ニコール・キッドマン)の悲恋にシンパしながらも、パトロンの公爵にすり寄り、「Show must go on」を貫く、営利第一主義かつヒューマニックなキャラクターをユニークに演じていた。

本作でも、映画監督のカールが利欲を丸出しにし、人間のいやらしさ、冷酷さみたいなものを強く押し出していたら、その犠牲となるコングと対比して、もっとドラマが盛り上がったのではないかと思う。

また、クライマックス、エンパイア・ステートビルでの展開も、やはりオリジナルの方に軍配が上がる。

オリジナルでは、情け容赦なく襲いかかる戦闘機を前に、コングがアンを安全な場所に隠そうとすると、
「私を離してはダメ! 私を離せば、攻撃されるわ! お願いだから、離さないで!」
と、アンが嘆願する。
しかし、アンの身を案ずるコングは、その願いを振り切って、一人で戦闘機と闘う。

だが、ジャクソン版では、アンがコングの前に飛び出し、戦闘機に向かって「撃ってはダメ!」と叫ぶ。

どちらも正しい解釈には違いないが、私はやはりオリジナルの解釈を評価する。
なぜなら、戦闘機のパイロット達は、「コングが人質を携えている」という点で、攻撃をためらっているからだ。

ジャクソン版には、そのためらいが無い。

この映画の核は、「一見、無慈悲に見えるケダモノが、最後まで愛する人に献身しながらも、人間の得手勝手な都合で滅ぼされた」という点にあるから、コングの行動としては、『アンの嘆願にも関わらず、愛する人を守ろうとした』という方が、より説得力があるからである。

アンがコングと一緒に闘ってしまったジャクソン版では、この『献身』が今ひとつ伝わってこない。

アンが「か弱き一人の女」から「戦う女」に転じた点で、コングの方が「守られるべき対象」になってしまったからである。

ゆえにコングが力尽き、エンパイア・ステートビルから落下しても、単純な勝ち負けの構図にしか映らない。

「最後まで愛する人を守り抜いたコングの誇り高い死」というよりは、「アンの力及ばず」という感じで、コングの献身よりも「戦う女アン」の方が強調されてしまったからだろう。

コングの亡骸に好奇のフラッシュが浴びせられるシーンでも、観客が本来感じるべき悲憤と哀れみがいまいち掻き立てられず、「はい、ごくろうさんでした」みたいな、カタルシスのないエンディングになってしまっているのも、アンを一緒に戦わせてしまった点に原因があると思う。

この映画が前評判の割に観客の心をつかまなかったのは、映画の核である「利己的な人間と情け深いコング」の対比がぼやけてしまったからではないだろうか。

どなたかがAmazonのレビューに書いておられたけども、「オリジナルは映画史に残るだろうが、ジャクソン版は、すぐに忘れられる」……というのは、非常に厳しい意見だが、多分、その通りだと思う。

いい役者を使い(ナオミ・ワッツが非常にチャーミングだ)、優れた特撮技術を駆使しながら惜しいことだ。

映画の良し悪しを決めるのは技術云々ではなく、脚本とキャラクターにどこまで説得力を持たせられるかにある──ということを再認識させられるようなリメイク版であった。

しかしながら、コングが美しい陽光を眺めながら「beautiful」とつぶやく場面は綺麗に仕上がっていたし、コングが心を開くきっかけが「優しさ」ではなく「笑い」だった(アンが曲芸をして見せる)というのも、子持ち主婦としては非常に共感できるものだった。言葉こそ成長の証であり、無知な子どもの心をつかむには笑いが一番だからだ。

*

とまあ、こんな感じで、いろいろ考えさせられたピーター・ジャクソンの『キング・コング』。

でも、一番気の毒なのは、夜の谷間でヒルみたいなのに頭からかじられた人だ。
頭から血液をチュ~っと吸い取られる感覚がリアルに伝わって(あの俳優さんの白目を剥いた表情がよぉ)、いまだに脳裏にから離れない。

ヒルに頭をかじられるのって、どんな気分だろ??

……ああ、だめだめ、想像しちゃ!!

あれ以来、ヒルを見ると、頭がきゅ~っとしぼられるような気がしてならないんですけど。。

ともあれ、ヒルの場面が一番印象に残った、キング・コング鑑賞でした。

まじで気持ち悪いです。ご注意下さい。

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映画史に残る「キング・コング」のリメイク版。
3時間にも及ぶ大作だが、「3時間も要らんやろ」という理由は上記の通り。
ピーター・ジャクソン監督って、上手いのか、下手なのか。
『ロード・オブ・ザ・リング』もそこまでイイ・・!!と思わないタイプなので(ファンの方、重ねてすみません)、『コング』もやっぱりコケたか、というのが私の正直な感想です、ハイ。

*

こちらが1976年に公開されたジョン・ギラーミン監督のキング・コング。
こんなん間近に襲ってきたら、ほんまに怖いよなぁ。


DVDはこちら。

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