薬師丸ひろ子 映画『Wの悲劇』 大女優・三田佳子の名演が光る

フランス革命からナポレオン政権にかけて活躍し、ナポレオン失脚後も政治家として権力を振るった政治家タレーランの有名な言葉に、

「1789年以前に生きたことのない人に、人生の甘美さはわからぬ」

というものがあります。

これは革命後、タレーランが旧体制を懐古して言った言葉だそうですが、私に言わせれば、

「1980年代をリアルに体験したことのない人に、サブカルチャーの醍醐味はわからぬ」

*

いやー、こんなこと言ってゴメンナサイ!

21世紀にも、面白い音楽やマンガ、映画、たくさんあるとは思います。

でもね。

マンガでもポップスでもハリウッド映画でも、『80年代発』のものって、90年代、21世紀の作品に比べると、なんか底辺にあるパワーが違うのですよ。

バブル世代というと、会社では「新人類」と言われ(「こんなヤツラが社会の中心に立つ頃には日本も終わりだ」と世のオジサンを嘆かせた)、軽薄短小を地で行くような部分があったけれど、それだけに『エンターテイメント』においては貪欲で型破り。
どこを向いても「祭りだ、ワッショイ」みたいな活気があふれていて、日本はもちろん、世界でも、マイケル・ジャクソン、アーノルド・シュワルツネッガー、ホイットニー・ヒューストン、シンディ・クロフォードみたいに、「スターらしい『スター』」がきら星のごとく出てきた時代であったと私は記憶しています。

そして日本も、松田聖子、中森明菜、小泉今日子、田原俊彦といったアイドル全盛期だったし、今の「ヨン様が素敵」「Exile、いいよね」というのとは熱狂の仕方が違う、なんかこう、「時代をシェアする」、国民的な一体感があったわけです。

邦画で言えば、『角川映画』なんて最たるものでした。

「人間の証明」「野性の証明」「犬神家の一族」「汚れた英雄」「魔界転生」etc

映画のみならず、書籍、音楽、あらゆるジャンルを巻き込んで、次々に国民的流行を作りだしていた。

そんな『角川映画』の看板と言えば、やはり『薬師丸ひろ子』であり、誰もが求める、「夢」「清純」「可憐さ」といったものを身体いっぱいに体現していた、女の子らしい女の子だったんですね。

そんなひろ子ちゃんが、「アイドル」から少し抜け出て、少女と大人の微妙な境を等身大で演じた作品が『Wの悲劇』。

夏樹静子の原作ミステリー『Wの悲劇 新装版 (光文社文庫)』をベースに、「女優」のプロフェッショナルな世界観を乙女チックに描いた傑作です。

ついにブルーレイが出ましたね☆

物語

一流の女優を目指す劇団員の三田静香(薬師丸ひろ子)は、公演予定の舞台劇『Wの悲劇』の摩子役のオーディションを受けるが、合格したのは演劇仲間のかおり(高木美保)だった。

静香は女中役兼プロントがかりとして全公演に随行するが、大阪公演の最中、看板女優・羽鳥翔(三田佳子)のスキャンダルの場に遭遇し、羽鳥の身代わりを引き受ける見返りに、東京公演での摩子役を手に入れる。

東京での舞台は大成功を収め、スキャンダルの追い風も相成って、さあ、これから有名女優への道を歩き出そうとした矢先、真相を知ったかおりが衆目の前でナイフを手に襲いかかる……。

この作品の魅力は、何と言っても、初々しい中に女優としてのプライドや野心を感じさせるひろ子ちゃんの存在感にあるのだけれど、それにも増して印象的なのが、かつて「国民的女優」と謳われた三田佳子の力強い名演です。

一時期、ご家族の不祥事で、国民的な袋だたきにも遭われたけれど、さすが、芸能界一のギャラを取ってきた名女優だけはある、と唸らざるをえません。

三田さんが演じる「羽鳥翔」は、ノリにのっている大女優。

彼女が首を横に振れば、公演そのものが立ちゆかなくなるような影響力を持ちます。

そんな彼女の女優名声を揺るがすスキャンダル。

それは、長年の愛人にしてパトロンである大物経済人が、ホテルで密会中、彼女のベッドで突然死してしまったことでした。

偶然、その場に居合わせた静香は、「あなたの部屋で死んだことにしてくれる?」という翔の申し出を引き受ける見返りに、摩子役を手に入れるのです。

舞台『Wの悲劇』は、羽鳥翔演じる和辻家の女主人が犯した罪を、娘・摩子が身代わりに引き受ける、というもの。

現実世界での「身代わり劇」が舞台にも反映される──という、劇中劇の手法が使われているのですが、舞台の上で、羽鳥翔が苦悩する「摩子は、私の殺人を身代わりしてくれたのです……」という台詞や、真相が暴かれ、追い詰められて自ら命を絶つシーンなどは、「三田佳子」演じる「羽鳥翔」の『演技』として、見事に使い分けがされているんですね。

つまり、三田佳子は、映画の中で「羽鳥翔」を演じ、その羽鳥翔が舞台で「女主人」を演じる、この演じ分けが出来ている、という意味です。

これは大変難しい役だと思います。

いわば、自分の演じる役柄が、舞台の上でさらに別の役柄を演じ、それも映画における「現実世界」をオーバーラップさせるわけですから、生半可な技術では白けてしまうのです。

そして、「大女優」とされる人の演技が白ければ、作品全体が壊れてしまうわけですから、まさに『要』ですよね。

それを三田さんは見事に演じ分けて、舞台の面白さと、「こうでしか生きられない」女優の業みたいなものを力強く表現されているのですから、名優としか言いようがない。

スキャンダルを身代わりして、マスコミにたたかれた静香を庇い、

「あたしたちは、道徳を教えるために芝居をやってるんじゃないのよ。○○サン、あなた、芝居をやるために、『女』を使いませんでした? チケット買ってくれた人、美味しい物をご馳走してくれた人……あたしがここまでなったのは、あたしと寝た『男』のおかげかもしれない。この子を降ろすなら、私も降りるわよ」

舞台関係者を前にハッタリをかませるシーンは、女優・三田佳子の生き様を彷彿とさせるものがあるし(実際はどうか分からないけども)、身代わりを躊躇する静香の肩をつかまえ、

「あなた、役者でしょ? 演技するの!」

と言い聞かせるシーンも、女優としての凄まじい意地を感じさせます。

そして、相棒の俳優(三田村邦彦)を相手に、酔ったはずみで愛人の死の真相を語って聞かせ(結局、これが命取りになる)、

「この世界は浮いたり、沈んだり……絶対に沈んでたまるもんですか」

と、まるで自分に言い聞かせるような鬼気迫る台詞。

この映画は、「女優・薬師丸ひろ子の為に作られた」と言うけれど、「大女優・三田佳子」のモノローグな作品でもあります。

この後、羽鳥翔さながら、家族の不祥事で国民的パッシングに合ったことを思うと、ますます映画『Wの悲劇』が胸に焼き付きます。

関連アイテム

ひろ子ちゃんは、来生たかおさんの曲をよく歌ってたんですよね。雰囲気によく合っていたと思います。
このCDは、単なる「薬師丸ひろ子ベスト」に留まらず、80年代テイストのヒット曲がいっぱいつまったアンソロジー集としても十分に楽しめます。
ひろ子ちゃんの歌は、キーさえ合えばとても歌いやすいので、カラオケにお薦めなんですが、今ではあまり知っている人がいない――というのが泣かせますね。
MP3でも大半のヒット曲が出ています。『薬師丸ひろ子 Amazon MP3ライブラリ
一曲から購入可能です。試聴もできますヨ☆

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