偉人眠る地めぐる「墓マイラー」 個人の霊と語る時

2017年9月15日メルマガ書庫

遠い昔に作られた、美しい絵画や音楽に感動した時、その人の手を握りしめて「ありがとう!」を言いたい人は私だけではないはずだ。

現代なら、ファンサイトや出版社、展覧会などを通して、感謝や感動のメッセージを送ることが出来るけど、相手が古代ギリシャや十八世紀の芸術家となると、そうはいかない。
様々な伝記や史跡などを通じて、その人となりに思いを馳せるのが精一杯である。

が。

それだけでは物足りず、「歴史上の有名人の墓めぐりをする人がひそかに増えている」らしい。

読売ONLINEの記事によると、

Aさんが墓めぐりにのめり込んだのは数年前、花見の散策で寄った台東区谷中の墓地で、徳川慶喜の墓を見てからだ。「この下に『最後の将軍』が眠っているのか」。そう考えると気持ちが高ぶった。慶喜に興味がわき、登場する時代小説などを読みあさった。

 知識が広がるのが楽しくて、有名人の墓がある都内や神奈川県内などの墓地を訪ねては、その人物を調べた。これまでに墓参した有名人は約500人。「有名人を独り占めできるような気になるんです」

人気を反映して、最近はインターネット上にも、訪ねた墓の感想を書き込むウェブサイトやブログが目に付くようになった。有名人の墓めぐりを趣味にする人たちを指す「墓マイラー」という呼び名も広まった。墓の場所にとどまらず、墓石の種類や墓碑の由来など、有名人の墓のうんちくを並べたガイド本も増え、人気に目を付けた豊島区は、霊園の散策マップの発行を始めた。今月13日には、墓マイラーたちに墓めぐりの魅力を語ってもらうイベントが東京・台場で開かれるという。

墓めぐりの人気の背景について、「生と死」を研究テーマにする国立歴史民俗博物館の新谷尚紀教授は「核家族化が進み、病院で亡くなる人が増え、葬儀も業者任せとなって、死のリアリティーが薄れている。このため、墓を記念碑のようにとらえて有名人に近づくスタンプラリーのような感覚が広がっているのだろう」と指摘する。

いやいや、そういう人はむしろ少数派でしょう。

ただただ、相手に、心からの「ありがとう」を言いたい。

その人がこの世に存在して、その手であの作品を創り上げたことをより身近に感じたい。

それなら、その魂が眠る墓地に赴くのが一番。

それが一番の動機ではないだろうか。

*

私もお墓ではないけれど、オランダのマウリッツハウス美術館を訪ね、晩年のレンブラントの肖像画を見た時、

「よく来たね」

と、声をかけてもらったような気がした。

そう、まさに、レンブラントと「目が合った」のだ。300年以上も前に亡くなった、一人の画家と──。

* 
 
パリのロダン美術館を訪れた時、庭園の向こうに、ナポレオンの亡骸が眠るアンヴァリッド寺院の美しい天蓋を見た時も、軍馬にまたがり指揮を執る彼の姿がいまだかつてないほど身近に感じられ、思わずその場に跪きたくなったぐらい。

*
 
それは新聞やTVで話題になった観光地を訪れ、ピースサインで記念写真を撮るのとはまったく違う。
 
一生分の敬意と感謝と愛情を、その瞬間に捧げ尽くすような敬虔な気持ちだ。
 
その人の手を握りしめ、「ありがとう」が言えない分、その想いはもっと深く果てしない。

救われたものが大きければ大きいほど、その存在は「神」にも近くなる。

そして、その人の墓所を訪れ、「ありがとう」を言うことが叶った時、この世には「生まれてきてよかった、生きててよかった」と心の底から思えるような素晴らしい出来事があるということを心の底から実感できるのだ。

 
シルバー世代はともかく、日本には毎週教会に出かけて神と語り合ったり、祈りを捧げたりする習慣がないので、なかなか「心と心」で接する機会がないけれど、墓参りというのは、それに代わる魂の体験だと思う。

時を超え、文化や言葉の壁を越えて、ほんの一瞬でも偉大な存在を身近に感じ、感謝に満ちあふれた時、人は、この世に生きて在ることが、想像以上に価値あることだと確信するのではないだろうか。

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