厳しくも、その厳しさの中で生き~ 宮沢和史さんのプシェミシル・コンサートの思い出(2005年)

2017年9月15日音楽, 創作と芸術, 日本の歌謡曲

2005年2月4日、私の住んでいる場所から程近いプシェミシルという町で、The Boomの宮沢和史さんのコンサートがありました。

(その時の模様は、こちらで無料配信されていたようです。
 http://www.gyao.jp/music/miyazawa/

このコンサートは、ヨーロッパツアーの一環として行われたもので、TUK TUK CAFE日記さんの記事によれば、

首都のワルシャワではなく、プシェミシルとヴロツワフという町をポーランドの公演地に選んだのは、2003年にポーランド・ワルシャワでライヴがあった際に(僕も行った)、宮沢和史の「ポーランドは広くて、美しい町がたくさんある。
そういった町を今度はバスでまわっていつかツアーしたい
」という発言があり、その後、「自分たちの町に来てほしい」という主催者がプシェミシルとヴロツワフに現れたから。
こういうのってすごくうれしいことです。
だって言葉も文化もまったく違うポーランドでですよ。

とのこと。

私も、最初、「プシェミシル」と聞いて、「冗談やろ?? うちより小さい町やん」と思って、ビックリしたものです。
私の住んでいる所もたいがいシケてますけど(日本の大都市やワルシャワ・クラクフなんかに比べて)、プシェミシルはさらに輪をかけて地方色が濃い所です。

ポーランドで最も貧しいと言われるこの一帯には、はっきり言って、日本の有名アーティストはおろか、ポーランドの有名人でさえ来やしません。
そもそも、音楽コンサートなどというイベントさえ、一年に一度開かれるかどうかという感じなのに、「本当にそんな所でやれるのか??」と、他人事ながら、先行きを心配したものです。

私は、とある経緯からコンサートの招待状を頂いて、雪積もる中、生後六ヶ月になって間もない息子をベビーカーに乗せて、夫とプシェミシルのコンサート会場に出掛けたのですが、想像以上の厳しさに、私の方が茫然自失としたものでした。

日本の有名アーティストのコンサートにもかかわらず、会場は、昭和50年か60年代の体育館みたいな所で、まともな座席もなく、まるで高校生ロックバンドが文化祭で演奏するような雰囲気だったからです。

その上、観客も、団体でやって来た地元の小学生や、会場の飾り付けを手伝ったというポーランド軍のお兄さん方、好奇心と暇つぶしが見え見えのおじさん、おばさん、デートついでの若いカップル、共演のポーランドのアイドル歌手が目当ての女の子など、「宮沢さんの歌が聴きたい」というよりは興味本位の人が大半で、一言で言えば、「何も分かっていない人達」の集団です。

まるでカラオケ大会でも覗きにきたような外国人観客を相手にライブなんて、私なら間違いなく逃げ出しますね。

はっきり言って、怒りますよ、有名人なら。

「このオレ様に、こんな所で歌わせるつもりか」ってね。

本当に大丈夫なのかしら、宮沢さん――って、私の方が泣きそうでした。

そして、予想通り、コンサートが始まっても、観客は何のことだか分からず、ポカーン状態。
暇つぶしのおじさん、おばさんは、音量に圧倒されるようにボーっとしているし、若い子は隣の人とペチャクチャお喋りしたり、携帯電話で連絡を取り合ったり、友達同士ではしゃいだり、宮沢さんの歌なんて完全にそっちのけで、まるでBGM状態です。

ステージの上で、宮沢さんは一所懸命に歌っておられましたが、これは本当に「キツい」と思いました。

言葉の通じない異国でのコンサート、観客の大半は、宮沢さんの事など知らなくて、おまけにロックコンサートなど10年に一度、見るか見ないかみたいな、場慣れしていない人ばかりです。
宮沢さんほどのベテランにもなれば、いくら歌に集中しようと思っても、会場の気抜けした雰囲気は十分伝わるでしょうし、「日本では第一線のアーティスト」というプライドがあれば、こうまで軽く扱われると辛いだろうと思います。

宮沢さんも、ある程度、予想はされていたでしょうけど、あまりにも日本の観客とはかけ離れた雰囲気に、大きな戸惑いを感じられたのではないでしょうか。

それでも必死に歌い続ける宮沢さん。
見れば見るほど気の毒で、周りのお客さんの肩を叩いて、「日本からわざわざ来られたんですよ、ちゃんと聴いて下さい」と言いたいぐらいでした。

それでも、「さすがプロだな」と感じたのは、これだけ観客のノリが悪くても、いっさい手抜きはされなかった点でした。

ロックコンサートに限らず、バレエでも、演劇でも、ノリが悪ければ、全然やる気を見せなかったり、露骨に不機嫌な顔をしたり、「やってやってる」みたいな人は案外少なくありません。(→ロシアの有名バレエ団、お前のことだーっつ)

何万もする高いチケットを買わせたくせに、口パクみたいな歌を一時間ほど歌っただけで引っ込んだ超有名ジャズシンガーのライブも、いまだに恨んでますよ、私は(笑)

だから、宮沢さんにしても、「このオレ様が、なんでこんなボロっちい体育館みたいな所で、田舎者を相手に気合い入れて歌わなあかんねん」と、手抜きしようと思えばいくらでも手抜きできるわけで、またそうされても、誰も文句は言えないわけですよね。だって、日本の有名アーティストなんですもの。

でも、「宮沢さんは偉い!」と思ったのは、たとえ相手が無関心でも、ノリが悪くても、観客は観客として真摯に受けとめ、きっちり舞台を務められたことでした。

気の短い有名人なら、途中でやる気をなくしてダラけそうなのに、宮沢さんは最後の最後まで手抜きせず、なんとか自分の歌を届けよう、お客さんに楽しんでもらおうと、一所懸命に頑張られたのです。

その姿を見ながら、私はふと、美輪明宏さんの無名時代のエピソードを思い出したものでした。

美輪さんが、まだ地方のドサ回りをされていた頃、貧しい村に招かれて、ボロボロの公民館で歌うことになったそうです。

公民館といっても、今にも床に穴が空きそうなボロボロの建物で、客席は、煎餅布団が無造作に並べられた畳の間、集まったお客さんの数はたったの4人で、さすがの美輪さんも泣きそうになったそうです。

そして、いやいや舞台に上がって、だらだら歌ううちに、美輪さんはふとお客さんの表情に気が付きました。
たった4人の観客だけど、聴いている人は皆真剣で、それもお金を払って聴きに来ているのです。

そう悟った瞬間、美輪さんは、顔から火が出そうに恥ずかしくなったそうです。

「お客さんは、お金を払ってまで来て下さっているのに、私は鼻歌みたいな歌を歌っている」と。

以来、美輪さんは、どんな小さな場所であろうと、お客さんが数人であろうと、絶対に手抜きをなさらなかったそうです。

歌手としてのプライドがあれば、誰だって、一級のステージで、何千何万という熱狂的な聴衆を前に、王様のように歌う方が気分がいいでしょう。

でも、歌を聞きにくる者は――お金を払ってまでやって来る人は――たとえ自分が何千何万分の一の観客に過ぎなくても、最高のものを期待します。
自分にとって、その歌手は、世界中でたった一人の価値ある人だからです。

プロならば、いやプロであるからこそ、
「狭い公民館だから」「お客さんが10人しかいないから」――手を抜いていい――
という理屈は通用しないのだろうと思います。

私は、プシェミシルでの宮沢さんの姿を見ながら、宮沢さんも美輪さんと同じプロの精神をもった方だな、と感じました。
最初のドッチラケ状態から気持ちを切り替えるのは大変だったと思いますが、本当によく務められたなあ、と。

プロとしてコンサートを引き受けたからには、自分の名において成功させなければなりません。

ざわざわ、がやがや観客が騒ぎ立て、中にはまるでステージに関心の無い人もいる中で、どれほどプレッシャーを感じられたか、想像して余りあります。

世の中には、「プロのミュージシャンになりたい」「有名になりたい」という人がたくさんいますけど、この精神があるか無いかの差は大きいですし、好きな時に、好きな歌だけ、好きなようにやれるなら、誰だって喜んでやるのです。

でも、実際、プロになれば、プシェミシル公演のように、厳しい状況において成功させることを要求されますし、またそれが出来なければ、二度とお呼びはかかりません。

歌いたくない時に、歌いたくない場所で、人にそっぽ向かれながらも、水準以上のレベルの仕事をきっちりこなすから、「プロ」と言うのです。

そう考えたら、「プロのミュージシャンになりさえすれば、みんなが自分の音楽を支持してくれる、好きなことを好きなようにやって、人気者になれる」というのは大きな勘違いなのでしょうね。

好きで始めたことも、義務や利益、責任が絡めば、たちまち気が重くなるし、無責任にやっていた頃の伸び伸びした気持ちも失われます。
そこに酷評、ファン離れ、落ち目といったものを経験すれば、誰だってその場にしゃがみ込むでしょう。

が、あえて、その厳しさに身を置き、葛藤や不振や無理解と闘って、前に進み続けた人だけが、プロとして大成するのではないでしょうか。

そうした点でも、宮沢さんは「強い人だなあ」と思いました。

たとえば、大阪あたりでは、JRの高架下やシャッターの下りた繁華街の一角などで、ガチャガチャ演奏しているストリート・ミュージシャンって、たくさんいますよね。

それを遠巻きに眺めて、「あんな事をやっても無駄なのに」と醒めて見ている人よりは、無視されながらも身体をはって頑張っている若い子の方が、私は大好きです。

ただ、見ていて思うのは、もう少し道行く人に語りかけるものがあってもいいんじゃないかな、と。

「俺の音楽は、解るヤツにだけ解ればいい」
「みんなに聞いて欲しいとは思わない。俺が満足すれば、それでいい」
みたいな子がけっこう多くて、精神的に引きこもっているような印象を受けずにいません。

裏を返せば、道行く人に一心に語りかけて拒絶されるのが怖いから、最初から「オレ様の世界」に閉じこもって、自己満足を追求するのかもしれませんけど、それにしても、目の前をこれだけ道行く人がいるのだから、もうちょっと外に向かって演奏すればいいのにな、と。

自己満足でカッコいいのかもしれませんけど、それなら、こんな人通りの多いところでガチャガチャやらず、人気のない川原か公園でやればいいんですからね。

「解ってもらえなくていい」と引きこもりながらも、やっぱり人通りの多いところでやるのは注目されたいからで、それなら、道行く人の無関心や拒絶と面と向かって闘えばいいのにな、と、私なんかはちょっと意地悪く思ってしまうのです。

そう言えば、宮沢さんのプシェミシル公演について、お手伝いされた在住者の方が、エッセーの中で、
「宮沢さんは、無関心な観客を前に、歩行者天国時代のことを思い出されたんじゃないかな。道行く人に語りかけるような、そんな気持ちです」
といった事を書いておられました。

有名なプロのアーティストになっても、誰もがやんやと喝采してくれる訳ではなく、無視される時は無視されるものです。

にもかかわらず、自分の音楽を信じて、「お客さんに楽しんでもらおう」という気持ちでベストを尽くす――という点で、やはり宮沢さんと梅田の高架下でガチャガチャやっている子は大きく違うと思わずにいないのです。

多分、宮沢さんは、無名の歩行者天国の時代から、自分の世界に引きこもったりせず、気持ちを外に向けて、一所懸命、やっておられたのではないでしょうか。

近頃は、「自分のやりたい事が分からない。何にも興味が持てない」という若い子が多くて、そのくせ、「人に注目されたい」という気持ちだけは一人前だったりしますが、果たして、こういう厳しさに打ち克つだけの覚悟があるのか、不思議に思うことがあります。

誰でも、自分の好きな事だけ、好きなようにやって生きて行ければ、こんなに楽なことはありませんけど、それはやはり叶わないし、好きなことも本職になれば、辛いことの方がたくさん付いて回るものです。

だけど、その厳しさの中で、全力を尽くして生きて行けるのはやはり面白いし、報われた時の喜びは、楽な道を通ってきた人の倍以上に大きいことでしょう。

そして、その厳しさを「厳しい」と思わず、「やっぱり、これがやりたい」「これしかない」と思えるような『何か』を持っているというのが、人間として一番幸せなことなのかもしれません。

プシェミシルのコンサートは本当に厳しいものでしたので、宮沢さんも「二度と来たくない」と思われたかもしれませんが、またいつか、あの場所でお目に掛かるのを楽しみにしております。
(我が町に来て下さったら、町をあげて歓迎いたしますが)

この宮沢和史さんのポーランド公演を実現されたのが、以前、海外青年協力隊としてポーランドに在住しておられたyashimaxさんです。
こちらがその経緯などを綴った著書第一号です。
ポーランドのリアルな生活風景がつぶさに描かれていますので、興味のある方は是非に。

宮沢さんのヨーロッパツアー(ポーランド公演含む)の模様はこちらのDVDに収録されています。
すごく感動の内容だそうです。私もちょろっと映ってるそうです。

こちらはプシェミシル体育館でのコンサート
この写真からも、決して上等な場所ではないことが分かるでしょう。
まあ、ホントに、すごい所で、言葉の通じない、それも場馴れしていないお客さんを相手に歌われた。
出来そうで、出来ないことです。

宮沢和史

たとえお客さんの反応が思うように返ってこなくても、決して手抜きはしない。
それがプロ。
宮沢さんの気概と本物のプライドが感じられた舞台でした。

宮沢和史

このCDの中からも何曲か歌われました。
「TOKYOストーリー」「マンダラ」「ゲバラとエビータのためのタンゴ」がいいですね。