子育てコラム

子育てにおける最大の失敗は自殺である

2006年1月12日

子育てにおける最大の失敗は、何だと思います?

私は、もう間違いなく、『自殺』と考えています。

たとえば、援助交際に走っても、登校拒否になっても、万引き常習犯になっても、生きている限り、やり直すチャンスがある。親にも子供にも、両方に。

でも、死んでしまったら、もうどうすることもできないから。

子供に詫びることも、話し合うことも、共にやり直すことも、何一つ。

「子供の自殺」というのは、母親にとって、最大のしっぺ返しでしょう。

死ぬ思いしてこの世に産んだのに、子供の方から、それを否定して、去っていってしまうのですからね。

前の記事に引き続き、加藤締三さんの文章を引用すると、

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子供が死んで行くときに「死ぬほど苦しい」と親に言えない親であった

子供が自殺する前にどのようなサインを出しても自分に囚われている私達親はそれに気がつかない。
なぜなら私達親は自分に囚われていて、自分の自尊心に影響する子供の成績には関心があるが、子供自身の幸福には関心がない。

自分にばかり気をとられているから子供が学校でどんな苛めにあっていても気がつかない。
「どうも子供の様子がおかしい、何か眼が落ち着かない、キョロキョロしている」と気がつかない。「この頃好きなあのお菓子を食べていない、何かあるのではないか」と気がつかない。「あの顔にはなにかある、あんなにせき込んでいることは今までにない」と気がつかない。それよりも自分のことが気になる。子供の体の調子より、自分の近所の評判のほうが気になる。

新聞の報道によれば「苛めからの自殺事件」のあとで文部省の初等中等教育局長は次のように述べたという。全国の都道府県と指定都市の教育長を集めて「いじめ問題」を話し合ったときのことである。

「お父さんやお母さんを悲しませてはいけない。自分一人で生きているのではない」。

子供が死んで行くときに「死ぬほど苦しい」と親に言えない親であったことを反省しろと言うのが当り前ではないか。
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糸井重里さんの人気サイト『日刊イトイ新聞』で、どこのカテゴリーだったか忘れたけれど、読者さんからの投稿として、こんなエピソードが掲載されていた。

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ある日、突然、親父が言った。
『お前、死にたくなったら、オレにだけは言えよ』

その時は、気にも留めず、聞き流したけれど、後々、その言葉が支えになった。

大人になってから、親父が仕事でものすごく苦労した時期があったことを知った。

親父も、死にたいと思ったことがあったのだ。
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もし、あなたの子供が、あなたに、「苦しい、死んでしまいたい」と打ち明けることが出来たら、その親子関係はほとんど成功だと思います。

子供が死ぬほど苦しい目に合うことが失敗ではなく、それを打ち明けられないことが親子関係の失敗なのだと思います。

でもね、親に妙な自負心があると、せっかく打ち明けた子供の気持ちより、「子供の身にこんな事が起きた」という事実の方に目が行って、事実を解消することが救いだと慌ててしまうのね。

まず第一に、「打ち明けてくれて、ありがとう」なのだけど。

うちの妹は、20代後半の一時期、心療内科の世話になってました。

一緒に暮らしていた両親は、そのことに気付きもしませんでした。

たまたま夕食に誘った時、

「お姉ちゃん、実はな、私な・・・」

と言い出しにくそうにしながら、薬の入った袋を見せてくれました。

妹の担当医は、「よく勇気を出して来てくれた」と、元気づけてくれたそうです。

私はその頃、一人暮らししてましたから、「死にたくなったら、言いや」って。
それだけ言うのが精一杯でした。

自殺とか、ナントカって、遠い世界の出来事だと思っている人も多いけど、私の身近にも、自殺未遂したり、心療内科の世話になったりした女の子、何人いたことか。

でも、たいがい、親は知らないのです。

私も、子供がある程度、大きくなったら、「イトイ新聞」の読者さんみたいに、必ず言うつもり。

「死にたくなったら、言いや」って。

うちの子だけは、そんなことない――って、思ってても。

思春期過ぎれば、一度や、二度は、そういう時期があるのではないでしょうか。

特に、女の子は、男がらみで。

心から見つめていたいです。

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