『あって当たり前』という不幸をモチベーションに

2017年9月15日メルマガ書庫

私の周りのポーランド人を見ていると、「この人たち、なんでこんなに大らかで、のんびりしているんだろう」と思うことが多いです。

誰もが決して裕福ではないし、暮らしぶりも質素で、「iPadとか地上デジタル波とか第三世代ケータイとか、どこの世界の話?」という感じ。

休みの日は何をしているかと言えば、川や山にピクニックに出かけてグリルを焼くか、親戚や知人で集まって、ワールドカップを見ながらホームパーティー。

なんとも平和でシンプルな生き方がそこにはあります。

だから「ポーランド人は幸せで、日本人は不幸」と一括りにする訳ではないけれど、将来や社会に悲観している度合いは日本人の方が大きいのは確か。

こちらでは、たとえ低所得でも、今やりたいことも我慢して老後の資金をせっせと貯めている人なんて少ないし、貯金ゼロ、仕事ナシでもあっけらかん。

「いざとなれば、家族、親戚、知人がいるから」

そして、そのように、周りも受け入れる気持ちがあるから。

一人暮らしの貧しい家のおばあさんでも、庭でとれたリンゴでコンポートを作りながら、のんびり生きている感じ。

ぎりぎりした悲壮感がないのは、今あるもので足りている証かな、と思ったりもします。

ところで、私がよく拝見している「副業するサラリーマン」というブログに、【成熟ではなく成長が幸せになる】という記事がアップされました。

個人的には「幸福」とは「成長している、成長できそう」に尽きると思っています。「不幸」とは「成長できない、成長できそうにもない」です。

例えば、給料がドンドン減っていく、GDPも右肩下がり、経済は停滞するどころか衰退していれば、成長していないので不幸に感じます。

一方で2010年度の中国のGDPはまだ発表前ですが、日本を抜かしています。でも、1人あたりのGDPはまだまだ日本のほうが上です。それでも中国人のほうが日本人よりも「幸せそう」だと感じます。おそらく中国人も「幸せ」を実感しています。

それらは成長しているからです。過去よりも現在が豊かであり、未来はもっと成長できると信じているから幸せです。過去よりも現在は貧しく、未来に希望が持てないと考えていれば不幸です。

経済のみならず、人生全般においても、「明日に進展がない」という絶望的な気持ちは、人から活気を奪い、意欲を減退させますよね。

「たとえ100しかなくても、明日には101になり、もっと頑張れば120になる」というのと、「1000もってるけど、10年がんばっても1001にはならない」では、後者の方がはるかに不幸な気持ちがするのではないかと思います。

そしてまた、不幸感に追い打ちをかけているのが「あって当たり前」の発想。

パソコンや化粧品やファッションはもちろん、保障や手当、権利など、いろんなものが「あって当たり前」、社会情勢が変わっても、そういう発想は人々の意識に根強いことでしょう。

「あって当たり前」と思えば、無いことがますます不幸に思えてくる。

今の若い人が行き詰まり感を覚えるのも、「あって当たり前」の部分だけが親の代から続いているからかもしれません。

ここらが「無くて当たり前」のポーランド人との違いでしょう。

どんどん減ってゆくものを目の前にして、幸福を見出すのは誰にとっても難しいものです。

だからといって「あって当たり前」の気持ちを不幸なだけにとどめないで欲しい。

「あって当たり前」の気持ちがあるからこそ、邁進できる部分も大きいと思います。

進む方向さえ正しければ、貪欲は必ずしも罪悪ではないし、むしろ社会を動かす大きなモチベーションになる。

「無くて当たり前」と思えば、ウォシュレットという発想だって生まれないのです。

人間はどこか粘着質で欲深いところがないと、前には進めないのですよ。

確かに、周りを見れば嫌な情報ばかり、私もいろんな日本のニュース系サイトを見ていますが、「わざと人を暗い気持ちにさせてません?」てな記事が目立つのも事実です。

そんな中で自分に自信をもって、希望の星を見つけるのはなかなか難しいかもしれないですね。

でも一つだけ。

何かに興味をもったら、絶対に「自分には無理」と思わないこと。

今から宇宙飛行士を目指すとか、どう考えても非現実的なことは別として、ちょっと手を伸ばせば出来そうなことには、とりあえずチャレンジしてみる。

これが一番肝心だと思います。

生まれて一度もフレンチを作ったことがないのに、いきなり500万円の開店資金を前借りしてフランス料理店を開くのは無謀ですが、料理学校に通うことはできるでしょう。あるいは本を読んだり、自宅で作ってみたり。

そういうリスクの低いところから一歩ずつ攻めて、自分の行けそうな道を見極めるうちに、何か「運」というものが付いてくるものです。

あるいは、道が枝分かれして、思いも寄らぬ方向に開けてゆくこともある。

これが人生のダイナミズムであり、仕事運の面白いところです。

人に笑われたり、失敗することを恐れないで欲しいですよね。

幸せな人より、不幸な人の方が、巻き返した時のGet値は大きいですよ。

失恋した女の子が、三年後、ものすごい美女面になってイイ男をゲッチューするのと似ています。

ある意味、幸せになると、知性や感性の牙が鈍ることを考えれば、不幸は必ずしも「終わり」ではないのです。