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主婦の妬み、羨望、卑下、焦り・・と『生命に刻まれた星の生と死』

2010年2月1日

「どんな人間も、生まれた瞬間から確実に分かっていることが一つあります。それは死ぬことです」。

マケドニアの名将・アレクサンダー大王は、幼くして上記のようなことを語り、父王を大変驚かせたといいます。

まあ、アレクサンダー大王でなくても、10代にもなれば、身近な人の死や報道などを通して「どんな人間もいつか死ぬ」ということを学習するものだし、そう意識するところから人生が始まる……といっても過言ではありません。

『死』だけはどんな人にも平等にやって来る。

それだけは疑いようのない真実だと思います。

で。

先日、某掲示板を見ていたら、「近所に住むセレブなママを見ると、自分がちっぽけな存在に思えて淋しくなる」というような書き込みがあり、それについて様々な意見が寄せられていました。

「他人の成功を羨む暇があれば自分も努力すればいい」というよくあるアドバイスから、「誰だってそんな時あるよ」という同情票まで、本当にたくさん。

まあ、小学校や中学校ぐらいまでなら、他人の人生と目に見えて差がつくものではないし、今は成績不良のモテない君でも、猛勉強して難関の資格を取得し、一流企業のエリートにでもなればいっぱい女が言い寄ってくるのではないか……という希望もありましょう。

おそらく、社会人2~3年ぐらいまでは、どれほど立場が悪くても、そこまで自分の限界を見せつけられる……ということも無いと思うのです。

しかし、40代になり、50の声が近づいてくると、もう「まやかし」は通用しません。

年収4桁で高級車を乗り回し、子供はそろって有名私立みたいな奥さまもいれば、海外旅行など夢のまた夢、時給600円ぐらいのパートで生活費をやりくりするのがやっと……という人もいるでしょう。

一昔前なら、「ようし、私だって」と人生の一発逆転を目指して猛勉強! という気概もあるでしょうが、年齢的にも、社会的にも、能力的にも、自分の限界を思い知ったら、そうそう奮い立てるものではないです。

「私の人生、ここまで」と諦観するか、「いやいや、まだ諦めてはいけない」とひたすら努力し続けるか、「今の私で十分幸せ」と感謝、感謝で生きて行くか。

ここからがまさに『人間の器』といってもいいでしょう。

運や能力だけでは補いようのないものが、誰の人生にもあるものです。

とはいえ、自分よりうんとステータスが高くて、お金持ちで、自分がお古のトレーナーを着てあくせく働いている時も、相手はシャネル・スーツに全身エステ、買い物かごにはエビだの、イクラだの、三田の霜ふり和牛だの、こっちがようやく意を決して購入するようなものを、まるでたたき売りのバナナでも買うような感覚でポイポイとお買い上げする姿を見れば、「は~」と溜め息でますよね。

人生、ここまで差がつくものかな、って。

そういう妬み、羨望、卑下、焦り、それはもしかしたら、セレブなママにもあるかもしれません。

年収3千万の人から見れば1億稼いでいる人が羨ましい、1億稼いでいる人から見れば、日本中の誰もが名前を知っているようなセレブが羨ましい、人間の欲望にはキリがないと思います。

だから、もし、近所でセレブママに出会って、ズキズキ、ウズウズとしたら、そういう自分の気持ちを素直に認め、「じゃあ、どうしたら、幸せになれるんだろう」ということを考えるのがベターでしょう。

それは家族や知人との楽しい絆かもしれないし、昔あきらめた仕事や趣味にもう一度チャレンジすることかもしれない、育児や夫婦関係のストレスが原因かもしれないし、仲の良い友人にグチをこぼすことですっきりするかもしれない。

一番よくないのは、そういう心の暗部を認めず、競争、悪口、仲間はずれ等々、歪んだ形で相手に報復することでしょう。

「自分は嫉妬しているのではない、相手の高慢な態度に腹が立つだけだ」そういう曲がった正論は、心も人間関係もダメにしてしまいます。

妬ましいものは妬ましい、そういう妬みに取り憑かれた自分を認め、受け入れることで、別の局面が見えてくるのではないでしょうか。

今、数千万稼ごうが、都内で一番高い屋敷を建てようが、人間の築き上げたものに『永遠』はないです。

だってね。

数百万年もすれば、確実に太陽が膨張し、金星は炎にのまれて消失、地球も完全に干上がって、灼熱地獄になるんですよ。

エッフェル塔も、ピラミッドも、クリフホテルも、ゴールデンブリッジも、何一つ残らない。

人類が存在しているかどうかも確かではない。

いわば、いつかは草一本生えない灼熱の荒野になるところに、せっせとものを築いているんですもの。

何百万年後かには平等に消えてなくなると思えば、ちょっと気持ちがラクになりません?(壮大すぎてダメ??)

……というか、宇宙にはこれだけ星があっても、おそらく、人間のように高等な生物と高度な文明が存在している所は本当に希有だと思うのです。

まあ、ウンモ星人は、時々地球を訪れているようだけど、ね。

存在することは奇跡。

生きることはチャンス。

言い尽くされた言葉だけど、Present(現在)は、まさに神からの贈り物(プレゼント)。

横見て生きてたら、キリないよ。

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