幼児雑誌『マミィ』休刊とキャラクター商法

2017年9月15日子育てコラム

1972年の創刊以来、その分野の代名詞的存在だった老舗の幼児雑誌『マミィ』がこの1月末で休刊になるらしい。

「少子化」「出版不況」「インターネットの台頭」などが理由に挙げられているが、『ママさん編集者のぶらぶら日記』にも書かれているように、「本当に少子化だけが原因だろうか」というのは、まったくもってその通りだと思う。

私が初めて『マミィ』を買ったのは4年前だったが、まるで「キャラクター商品の広告誌」のようでゲンナリしたものだ。
登場するのは「アンパンマン」や「でこぼこフレンズ」といったTVでお馴染みのキャラクターが大半。
好きな子には面白いかもしれないが、特に我が家のように海外在住で、「アンパンマン」も「でこぼこフレンズ」も知らないような子供にとっては何のことだか分からない。親も説明のしようがない。
なぜ乗り物の説明をするのに「アンパンマン」でなければならないのか、そこに絶対的な関連性や必要性が見えないから、コマーシャル半分のキャラクターなんかウザイだけ……と思ってしまう。
いろんな形の車の写真が並んでいるだけでも、小さな子供には十分魅力的なのに。

「好きなキャラクターを添えれば、子供も興味をそそられるはず」

もし作り手にそうした狙いがあるとしたら、それはあまりに子供を分かっていない……と言わざるを得ない。

確かに、好きなキャラクターは子供にとって魅力的だ。

でも、それとは別に知恵の袋があって、乗り物なら乗り物、果物なら果物、それ自体に関心を示す時期がある。
キャラクターの力など借りなくても、カラフルな写真やイラストを指差し、「これ、何」と理解することに夢中になる。
『マミィ』のメリットは、欧米の子供向け雑誌が逆立ちしても敵わないような丈夫な紙の質とリッチなオールカラーにあるのだもの。その美点を生かして、珍しい乗り物や建物、動物や天体の写真を掲載したり、単独では作品を発表できないような駆け出しのイラストレーターや絵本作家にもっと協力を仰いで、他では読めないようなオリジナルの企画を増やせばよかったのに、「知ってる子しか遊べない」ようなキャラクターで誌面を埋め尽くし、お雛様も、サンタクロースも、七夕も、同じキャラを使い回して、没個性なものにしてしまったところに敗因があるのではないだろうか。
(正直、アンパンマンの顔がのったお雛様遊びなんて、何の魅力も感じないですよ)

いくら「今時の母親」の頭がユルイと言っても、毎日毎日、子供のゴッコ遊びに付き合わされる身としては、もういい加減、アンパンマンにも仮面ライダーにもうんざりしてしまっているのだ。

ならば、せめて、子供に読み聞かせるものぐらい、自分も癒されるような絵柄もストーリーも美しいものを購入したい。

新聞のように使い捨てされてしまう幼児雑誌にお金を使うぐらいなら、いつまでも手元に持っておけるグリム童話やイソップ物語の小さな本を買いそろえた方がいい。

そうした「キャラクター No more」の気持ちと、賢い買い物の結果が、キャラクター広告誌と化した幼児雑誌の売り上げ低下へとつながったのではないだろうか。

同じプラスチックのコップでも、無地のものと、ポケモンのイラスト入りでは、ポケモン・コップの方が高くても売れる
にちがいない。

しかし、「読み物」にこの手は通用しない。

読み手が期待しているのは表面的な快楽ではなく、心にいつまでも残って離れない深い感動だからだ。

しかも、「子供の読み物」の選び手は「母親」である。

キャラクターは子供の表面的な関心を引いても、教育者である母親の心は動かさない。

お子様分野において、母親の心を動かさないものに商品価値は無いのである。

『マミィ』がもし幼児雑誌としてやり直すなら、あのキャラクターだらけの誌面は廃止して、オリジナルのコンテンツで勝負することだ。
美しいイラスト、感動の物語、わくわくするような写真の数々。大人が読んでも「美しい」と思える誌面であれば、必ず母親は買いに戻ってくる。
感動に飢えているのは、他ならぬ「育児に首までどっぷり浸かった」母親自身なのだから。