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正直に生きる  ~フジ子・ヘミングの人生に学ぶ~

2003年11月24日

波瀾万丈のピアニストで知られるフジ子・ヘミングさんの著書『フジ子・ヘミング 運命の力』に、こんな言葉があります。

『何もこわいものなどなかった。
 正直にやっていれば、必ず大丈夫だと思っていた』

日本人の母とスウェーデン人の父の間に生まれたフジ子さんは、母からピアノの手ほどきを受け、ヨーロッパで一流ピアニストとして華々しくデビューしようとした矢先、中耳炎で聴覚を失います。
夢を断たれたフジ子さんは、その後、ヨーロッパ各地を転々としながらピアノを弾き続け、母の死を機にようやく日本に帰国した時には三十年余の歳月が経っていました。

それからも細々と演奏活動を続けておられたフジ子さんですが、1999年、彼女の半生を綴ったNHKドキュメンタリー番組が大反響を呼び、一躍、国民的ピアニストになりました。
その魂から語りかけるようなピアニズムは、今や世界中が認めるところとなってします。

そんなフジ子さんが、孤独や貧困と闘いながら、ヨーロッパで演奏活動を続けておられた時、いつも自分自身に言い聞かせていたという言葉が「正直にやっていれば」。

「正直」なんて、今時、てんで流行りませんが、フジ子さんの言葉にはずっしりとした重みが感じられます。

人間は、苦しい時、思うように行かない時、どうしても安易な方策に走りがちですが、そういう時こそ、正直の力を信じて、一歩一歩着実に歩みを進めた方が良いのではないでしょうか。

私が帰国していた頃、日本は、鶏インフルエンザ問題で大揺れに揺れていました。

京都の養鶏業者が報告遅延によって被害を拡大し、連日のようにワイドショーで取り上げられていたのです。

記者達の質問攻勢のあまりの激しさに、「この経営者、自殺するんじゃないか」と思っていたら、数日後、会長夫妻が「ご迷惑をおかけしました」という遺書を残して首つり自殺との訃報。
それから程なく会長指示による隠蔽工作の事実が明るみになり、息子である社長が逮捕されたのです。

何ともやりきれない結末に、私は上記のフジ子さんの言葉、「正直にやってさえいれば」を痛感せずにいませんでした。
インフルエンザが発生した初期の段階で、しかるべき機関に正直に報告さえしておれば、こんな大騒動にならずに済んだと思うからです。

確かに、鶏インフルエンザの問題は、全国の養鶏所にとって死活問題だったでしょう。
非難や噂ばかりが一人歩きし、肝心な業者の保障についてはなおざりにされていましたから、京都の養鶏業者が問題の発覚を恐れて隠蔽工作に走った気持ちも分からないでもありません。

腸炎ウイルスO-157のように、人体への影響が医学的に証明されており、死者も出ているような悪性ウイルスならともかく、実際どれほどの影響があるか定かでない鶏インフルエンザ・ウイルスについて、いろんな憶測を持ち出して大騒ぎする前に、万一、被害を出してしまった業者の経済的・社会的保障についてきっちり討議しておれば、京都の養鶏業者も企業のダメージを恐れて隠蔽工作するような事もなかったのではないか……と思ったりします。

だけど、京都の養鶏業者が選んだ道は、あまりに悲しいものでした。
不正は隠し通せるものではないし、他人の口だって黙ってはいません。
それを何としても隠し通そうと無理を重ねたことが、かえって罪を大きくしてしまったのです。
もし、あの時、行政の指示に従って感染の事実を報告していれば、少なくとも犯罪者として追及・逮捕されることはなかったし、たとえ事業が傾いても、死んでから犯罪者の烙印を押されることもなかったでしょう。

「正直にさえやっていれば」、経済的には大損失を被ったかもしれないけれど、人間として最も不幸で、不名誉な結末は避けられた――と思うのです。

私には詳しい事情は分かりませんから、その立場になれば、私だって、自己保身や虚偽に走るかもしれません。
似たようなことをして、のうのうと悪事を隠している同業者も他にいくらでもあるでしょう(多分)。

だけど、やはり、不正は間違いなのだと――。
いかなる事情があろうと、法を欺いたり、人の道に背いたりすれば、一時はしのげても、いつか必ず報いが来るのだと、つくづく思わずにいませんでした。

人間って、どうしても窮地に陥ったり、物事が思うように行かないと、目先の安易な方策に走って、堅実な考えから離れてしまいがちです。
「今すぐどうにか」「とりあえず何とかしなければ」という気持ちばかりが先行して、小さな歪みをどんどん大きくしてしまうんですね。

恋愛にしたってそう。
「とにかく楽に彼氏の出来る方法はないか」「明日すぐにでも愛される方法はないか」って、そればかり追いかけていたら、一時は良くても、長続きしません。
なぜなら、楽に手に入れたものは簡単に離れて行くし、本当に価値あるものは実が結ぶまで時間がかかるからです。

よくパチンコで大儲けした人が言います。
「パチンコで稼いだ金はひと月で消えるが、働いて溜めた金は何十年でも残る」と。
運良くフィーバーがかかって、何万というお金を手に入れたとしても、そういうお金はまったく身に付かず、あっという間に飲み代に消えてしまいます。
「自分で稼いだ」という感覚がないから、使い果たすことに抵抗がないんですね。
その点、毎月コツコツと積み立てた定額貯金は、十年でも二十年でも大事に置いておくでしょう。
コツコツ頑張って大きくしただけに、勿体なくて使えないんですね。

恋愛もそれに似ていませんか。
その場のノリで何となく手に入れたものは、さほど大事とは思わないし、失ってもたいして心が痛みません。
「どうせまた次がある」という甘い期待があるから、疎遠になっても何とも思わないし、手をかける気もないのです。

つけた彼氏には不満ばかりがつのって、自分から愛そうとか、彼を幸せにしようとかいう気持ちにはならないんですね。

「正直者は馬鹿を見る」の言葉通り、仕事でも、恋愛でも、何でも真面目にコツコツやっていたら、時間はかかるし、面倒に感じることも多いです。
周りのお節介なアドバイスに心が揺らぐこともあるかもしれません。

そんな時、他人が成功した話を聞けば、ますます焦って、安易な方法を求めたり、他人の真似をしたくなりますよね。
だからといって横道に逸れれば、やはり、それまでなんですよ。
養鶏業者のように嘘をついてしまえば、たとえ一時、逃れられても、行き着くところは破滅なのです。

あの方達も、嘘などつかず、正直になさっていれば、たとえ倒産の憂き目にあっても、十年後、二十年後には、何らかの形で立て直しが出来たのではないかと思います。
いくら鶏インフルエンザを発症させたといっても、元々は野鳥が運んできた災いですもの、一時期、世間にひどい事を言われたとしても、あの方達に何の落ち度も無いことは見る人が見れば分かるのです。

その時、嘘をついて後で非難を浴びるよりは、「あんたとこも大変どしたなあ」と、心ある人の理解や同情を支えに、何十年かかっても再建された方がよほど良かったのではないでしょうか。

高い精神性が求められるクラシック音楽の世界でも、成功しようと思ったら、コネやパトロン、何とか賞の肩書きや、権威ある人のお墨付きなどが必要だと言われています。
どんなに才能があっても、そうした力のない人は、世に出ることさえ出来ずに消えて行くのです。

聴覚を失ったことで、一流ピアニストととしてのデビューの機会を失い、三十年もあちこちを転々としながら、細々と演奏を続けてこられたフジ子さん。
著書の中でも、「私には、そうした機会は永遠にないものと思っていた」と、当時の気持ちを切実に綴られています。
遠い異国で、お金もなく、頼る人もなく、ましてピアニストの夢も断たれた中で、不安に胸が潰れそうになった時、生きていく自信を失くしそうになった時、フジ子さんがご自身に言い聞かせてこられた言葉。

『正直にさえやっていれば、必ず大丈夫だと思っていた』。

そして、その言葉通り、フジ子さんの才能は三十年以上の歳月を経て、見事に花咲きました。
もし、フジ子さんが自分に負けて、嘘をついたり、虚勢を張ったり、誰かに取り入ろうと試みたり、小手先の方策に走っていたら、現在の栄光はなかったでしょう。

生きている限り、苦境に立たされる時は何度でも訪れます。
が、そんな時こそ、自分に誇りを持って、「正直にやること」を貫いてはいかがでしょう。

「正直」とは、「間違いのない道」であり、「人間を落とさないこと」なのですから。

フジ子・ヘミングさんに関する参考記事はこちら フジ子・ヘミングさんが教えてくれたこと

初稿:2003年

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