「そのままのアナタでいい」わけがない

2017年9月15日メルマガ書庫

癒しブームである。

音楽をはじめ、ペット、アロマ、グッズ、エッセイ……『癒し』を目的とした商品が、あちこちに氾濫している。

「皆、一体どうしたんだ?」「何をそんなに疲れているのだ?!」と聞きたいところだが、私もかつては『癒し系』メルマガを発行していたので、あまり他人のことは責められない。

というより、私も『癒し』が好きだった。癒しに身を委ねれば、自分を厳しく見詰めなくて済むからだ。

近頃、癒しブームに疑問を投げかける文章をよく見かける。

著者の名前は忘れたが、

「人間とは、他者との関係性の中に自身の価値や本質を見出すものである。他者との関係性から離れた自己などありえないし、自己変革もあり得ない。自己の殻に閉じこもって、『私は私のままでいい』と一人頷くのは、極めてナルシスティックな逃避と言えないか」

ノンフィクション・ライター与那原恵さんの著書『もろびとこぞりて ~思いの場を歩く~』(柏書房)の「ドクター・キリコ事件(ドクター・キリコを名乗る人物が、自殺志願者の集うホームページを通じて主婦に青酸カリを送り、それを服用して主婦が自殺した事件。その後、キリコ氏も自殺したことから、かなりセンセーショナルに報じられた)」の章では、「『ありのままの自分を好きでいて欲しかった』と彼女はいう。

しかし、ドラッグにはまる恋人を心配するのはごく当然なことではないだろうか。恋愛という親密な関係のなかでお互いが何も変わらなかったら、恋愛などする理由はあるのだろうか。

いつのころからか流行しだした“ありのままの自分”幻想は、結局のところ『自分は何も悪くないのに』というつぶやきに正当性をもたせたにすぎない」

『ありのままのアナタでいい』という言葉は魅力だ。

ワタシの短気なところも、意地悪なところも、ヒガミやすいところも、まったく自分を省みようとしないところも、全部『OK』してくれる。

たとえ、それら欠点の為に、人に嫌われようが、仕事で失敗しようが、『ありのままのアナタでいい』という結論に落ち着けば、後は何も考える必要が無い。欠点を改める努力もしなくていい。最悪、『ありのままのアナタ』を受け入れてくれない他人や社会が悪い、などという発想に至ったりする。

むろん、自分に厳しすぎる必要もないが、本当の意味で自分に厳しくできる人間など稀だということを考えると、『ありのままのアナタでいい』という言葉は、どこか思考停止と努力放棄の免罪符のように聞こえてしまうのだ。

今、『なりたい自分になる100の方法』 :中山庸子著(幻冬舎)という本が幅広い層の女性に支持されている。特に、30代後半から40代の主婦にウケがいいらしい。

その方法をいくつかピックアップすると、

「クロゼットの中を把握する」「ヘアサロンを変える」「100円ショップは卒業する」「机の上を整理して1日を終える」「名前はフルネームで覚える」「散歩をする」「言い訳をしない」「自分を誉めてあげる」……

気分転換にはよろしいですよね、確かに。

私は、基本的に、人間を変えるのは人間でしかないと思っている。良くも悪くも、人間に影響するのは人間だ。日常的な人との関わりはもちろん、読書も映画も音楽もスポーツも、本質的には、人が人に作用していることに変わりない。

人間は常に他者との関わりの中で生きている。

その関わりから何も感じず、何も学べず──というのでは、何も変わらないし、変えようもない。

たとえ偉大な人生の師が目の前を通り過ぎようと、その価値に気付きもしなければ、出会わなかったのも同じ事なのだ。

どんな人生も、出会いによって作られる。本当に人生を変えたければ、人生を変えてくれるような人と出会うしかない。

そして、そうした出会いを自分の元に引き寄せられるかどうかは、自身の感性や心構え、行動力、積極性などにかかってくるのだ。

ともかく『自分を変えたい』という人は多い。

だが、「どう変わりたいのか」という明確なビジョンをもっている人は少ない。

ただ何となく、今のダラダラした日常におさらばし、恋も仕事も何をやっても100点満点で、人が羨むような眩しい人生をゲットしたい……という棚ボタ的な願望に近かったりする。

それも、こつこつ小さなヒットをつないで点を取るよりは、逆転サヨナラ満塁ホームランのような劇的なシアワセの訪れを夢見るばかりで、日常の些細な努力は全て後回しなのだ。

恋愛を例にとろう。
一番よく聞くのが、「ありのままのワタシを愛してくれる人が欲しい」である。
しかしながら、『ありのままのワタシ』に、一体どれほどの魅力があるというのか。

美輪明宏さんの言葉を借りれば、

『ありのままのワタシ』など、畑から引き抜いた泥だらけの野菜にほかならない。洗いもしなければ、火も通さない泥だらけの野菜を相手の口に突きつけて、「さあ、食え、食ってくれ」と迫っても、皆、逃げ出すのがオチである。そうではなく、泥を落とし、綺麗に刻み、味付けも完璧に、上等な皿に盛って、「さあ、どうぞ」と差し出せば、皆、拝むようにして食べるだろう。』

どんな人間にも欠点はある。弱さ、醜さ、脆さ、卑小さ──
それらを全てひっくるめて人間と呼ぶ。『ありのままのワタシ』が愛されるのは、本人がその欠点を直そうと必死に努力している場合だけである。放置された欠点など、汚点でしかない。

調理する努力を放棄して、泥だらけの野菜を相手の口に突っ込んでも、いつかは吐き出されるだろう。

ところが、吐き出された本人は、自分が泥だらけの野菜だということに気付かず、「あんなに尽くしたのに」「あんなに愛したのに」と、いつまでも相手のことを怨み、怨みに閉じこもったまま一生を終えるのだ。

「自分を変えたい」「ありのままのワタシを愛して」と望んでいる人は、「ワタシは人に愛されない、誰もワタシを認めてくれない」という孤独感や淋しさを抱えていることが多い。

あるいは、他人と自分をいつも比較し、常に自分が勝っていなければ自尊心が満たされない、痩せたプライドの持ち主だったり。

人間には、持つべきプライドと持たなくていいプライドがある。
が、多くの人は、持たなくていいプライドにがんじがらめになって、自分で自分の首を締めて苦しんでいるものだ。

「自分を変えたい」という動機も、「他人から羨まれるようなワタシになりたい」という願望から発していることが多い。そして、自身を厳しく省みることなく、呪文みたいに「自分を変えたい」と唸っている人は、「誰からも支持され、愛されるワタシになりたい」というのが本音で、そのお手軽な方法を人に請うているだけという気がする。

ハッキリ言って、自分を変え、恋も仕事も思いのままに運んでゆくには、自分の欠点を必死に埋めてゆく以外にない。穴だらけのバケツでガンガン水を汲んでも、瓶は一杯にならないのと同じで、「穴だらけのワタシ」をがむしゃらに人にぶつけても、愛や尊敬は決して得られない。
恋にも仕事にも挫折するのは、本人に何か重大な欠点があるからで、誰の何のせいでもない。

その原因をはっきり自覚し、改善してゆかない限り、対人関係も仕事も運勢も、何も変わることはないだろう。

自分の欠点を直視し、認めることは、自身にとっては非常に辛い作業だ。見たくないもの、認めたくないもの、たくさんあるだろう。たとえ気付いたとて、どこをどう直してゆけば良いのか、分からないこともあるかもしれない。

だが、そこを逃げ惑い、一時の慰めでごまかしても、失敗はまた繰り返される。

孤独な人はいつまでも孤独だし、満たされない人はいつまでたっても満たされないだろう。
どんなに酷く、辛い作業であっても、人は自分を厳しく見詰め、一つ一つ欠点を直してゆくしかない。

言い換えれば、自分の恥部や弱さを直視する勇気さえ持たない人間は、自分を変えることも、人生を変えることも出来はしないのだ。

あなたが見ているこの世界は、すべてあなた自身の鏡である。自分が憎しみもって人にぶつかれば、相手もまた憎しみを返してくるし、人や世間への怨みにこもれば、怨みばかりが引き寄せられる。

世界が曇って見えるのは、あなたの心が曇っているからに他ならない。

それが分かれば、人も世界も思いのままに変えて行けると思うのだが、いかがだろうか。

☆ ☆ ☆

最低最悪の時には、『癒し』もよかろ。 が、ある程度、力が戻れば、さっと起き上がり、穴を塞いで、前に進まねば、ね。

■ 恋人ができないとお嘆きのアナタへ ■

失恋した人は、まず分析しましょう。 なぜ捨てられたのか、なぜ飽きられたのかなぜ心が離れたのか、なぜ気持ちが食い違ったのか……etc

どんなに辛くても、現実を直視し、その原因を探りましょう。あなたが短気なら、その事実を認めましょう。

あなたがワガママなら、その事実を認めましょう。

相手を思う通りにコントロールしようとしませんでしたか?

自分の要求を通そうと、我を押し付けてばかりいませんでしたか?

相手の気持ちなどお構いなしに、言いたい事を言いませんでしたか?

原因を知り、深く自覚したら、 もう次への恋の扉は開いたようなものです。あとはその穴埋めに必死に努力して御覧なさい。そうすれば、今までイヤな奴としか思えなかった人の良さが見えたり、今まで分からなかった人の痛みが分かるようになるでしょう。自分より恵まれた人を見て、羨んだり妬んだりすることもないはず。

愛あるところに人は集まる。 あなたが、愛自身になれば、自ずと人は集まってきます。自分探しなどやってるヒマがあったら、愛する人を探しなさい。自分について考えるヒマがあったら、傷ついている友人のことを思いなさい。
愛にあふれた人間は、何所へいっても、光り輝いて見えるものです。

そうして、あなたが光り輝けば、皆がその光を求めてやって来ます。あなたの光が強ければ強いほど、同じ強い光をもった人がいくらでも引き寄せられてくるでしょう。
光り輝く人間は、世界が放っておきません。

恋人でも、友人でも、 あなたという人間の器に応じた人間しか与えられないものです。

良い出会いがないとお嘆きのアナタ。

『恋に必要な知性、愛に必要な心映えをしっかり高めていけば、求める異性にきっと出会えます』
── 美輪明宏

初稿: 00/10/21

美輪さんの本もたくさんあるけど、これが一番読みやすく、生き方、恋愛、社会など、幅広い話題が詰まってます。