カップルの意義 恋人や夫婦について

2017年9月15日恋と女性の生き方

皆さんは、自分が倒れたら、夫に優しく看病してもらいたいと願う方ですか?

誰でも、一度や二度は、そういう事に憧れるかもしれません。

でも、実際には、女が倒れてしまったら家中が麻痺して、機能不全に陥ってしまうものです。
一日、二日は病院のベッドで息抜きできても、三日経ち、四日経てば、もう居てもたってもいられなくなるんですね。

家の中も、メチャクチャになります。
「皿や衣類が散らかる」という意味ではなく、家中が死んだようになってしまうのです。

数年前、私が足の手術で入院した時、向かいのベッドに五十半ばのオバチャンがありました。
オバチャンは、股関節の人工骨頭置換術を受け、創部の安定のため、一週間、絶対安静の状態にあったのですが、とにかく元気で、いかにも大阪の奥さんらしい、ちゃきちゃきしたパワーに溢れていました。
そして、一週間の絶対安静が解けたら、すぐにも歩き始めて、記録に残る短期間で退院してしまったのです。

この手術を受けた高齢患者の多くは、疲れや痛みから歩くのを嫌がり、一日中ベッドで過ごすうちに気力、筋力ともに衰え、ついには寝たきりになってしまうものです。
実際、オバチャンと同い年で、同じ手術を受けた別の女性患者は、彼女が退院する頃になってもまだ自主的に歩こうとせず、ほとんど痴呆患者のようになっていました。
経過がどうとか、病状がどうとかの問題ではなく、気力を失い、歩かなくなれば、どんな人も廃人と化してしまうのです。

驚異的な早さで回復したオバチャンの口癖は、

「いつまでも寝てられへん。はよ家に帰らな」

リハビリに対する熱意は元より、トイレ歩行、着替え、洗面、食膳の上げ下げなど、生活行動も積極的で、オバチャンよりうんと軽症な私の食膳まで下げてくれるほどの活力でした。

そんなオバチャンには、物静かな旦那さんと、若い息子夫婦があり、変わるがわる見舞いに訪れていたのですが、とりわけ、旦那さんとの仲の良さは、傍で見ていても羨ましいくらいでした。

「なんせ、うちの旦那は糖尿で、アレが出来ひんから。一緒に風呂に入ったりして、サービスしてるんや」
「うちらが若い頃は、襖一枚の向こうに姑が寝とったから、よう二人でラブホテルに行ったで」
という話も、よく聞かされたものです。

ところで、この旦那さん、さぞかし、かいがいしく世話なさるのかと思えば、そうでもないのです。
お弁当や着替えなど差し入れはされますが、それ以外は、もっそりとベッドの側に座って、「どうなんや、まだ痛いんか」「この前、言うてた通帳と印鑑なあ、仏壇の引き出しに直しといたで」なんて話をぶつぶつこぼすだけ。
それ以外は、オバチャンが、「風呂の洗剤は、あそこの扉やで」「ヒジキがどこやらにあったはずや。また嫁さんに言うて、炊いてもらい」といった指示をしきりにしておられるのです。
それこそ、居てもたっても居られないという風に。

なるほど、オバチャンの口癖が「はよ帰らな」になる訳で、万一、オバチャンが二ヶ月も三ヶ月も伏せるようなことになれば、この旦那さんはひとたまりもないだろうという事は、傍で見ていても明らかでした。
その頃、一人暮らしだった私より、重症のオバチャンの方がはるかに元気で、回復が早かったのも、頷ける話です。

世の中には、旦那にかいがいしく世話されて、気力、体力を取り戻す女性もあるでしょうが、一方で、世話しなければならない相手がいるから、驚異的に回復する女性も多いのではないでしょうか。

そう考えると、人間にとって最良の薬は、「誰かに必要とされること」だとつくづく思います。
寝たきりになってしまった同年の女性患者は、家族関係も淋しく、「何が何でも回復しなければならない」というモチベーションに欠けていました。

人間って、もちろん自分自身の為に生きているのですが、同時に、誰かの為に生きたいものです。

自分で自分を支えきれなくなった女性が、孤独なベッドで衰弱してしまったのは、誰にも必要とされず、存在する意味が無くなってしまった――というのが大きな原因ではないでしょうか。

今回、ポーランドの病院に入院するに当たって、一番の心配事は、家の中が機能不全に陥ってしまうことでした。

私は、家というものは生き物だと思っていますし、主を欠いた家ほど寂れたものはありません。
それは、旦那がズボラだとか、非協力とかの問題ではなく、とにかく、家の中から「女」というものが抜けたら、家というのはダメになってしまうのです。
精神的にはもちろん、物理的にもです。

私の母は美容師で、ずっと家の中で仕事をしていたのですが、私が中学生の時、町の外れた所に支店を出したことがありました。
そして、実家の店は義母に任せて、母が支店に通うようになったのです。
毎日、朝から晩まで、時には、家に帰ってこないこともありました。
それまで、両親が共働きとはいえ、一度たりと鍵っ子になった事がなかった私たち姉妹が、めいめい家の鍵を持たされ、一部家事を預かるようになった時、それまで明るかった家の中が、だんだん暗く、陰気になり始めたのです。

その余波を受けてか、義母が癌で倒れ、母は看病の為、ますます家を空けるようになりました。
そうして、まず、私の妹が学校でふさぎがちになり、私も家の陰気なムードが嫌で、自室に閉じこもるようになりました。
姉はさすがに長女らしく家事も勉強も気張っていましたが、いつもピリピリとして近寄りがたかったのが記憶に残っています。

支店をオープンしてから二年後、あっという間に義母が亡くなり、母は支店をたたまざるをえなくなりました。
そして、再び家で仕事をするようになった時、私は、家の中の不幸を全て、義母が背負って逝ってくれた――と痛感せずにいなかったのです。

家の大黒柱はもちろん父親に違いないけれど、実質的に支えているのは女性(母親)で、家の中から女(母親)がいなくなったら、家は家でなくなるものです。

もちろん、男性が倒れても、家の中は大変になりますが、それでも女性が踏ん張っている限りは、そうそう傾きません。
掃除や洗濯が雑になったとしても、家の中の空気は明るく保たれ、どこか救いがあるものです。

ですが、女性が倒れてしまったら、家もまた傾きます。
家族にとって最大の不幸は、母親が家の中から居なくなることです。
夫や父親がどれほど頑張り、子供が元気に努めても、女性に代わって家の中を切り盛りすることは非常に難しいんですね。

看護婦として働いていた頃、私はそういう現実を目の当たりにしてきました。
男性が入院して、女性が見舞いに訪れるというパターンは、大変なりにどこか明るさがあるものですが、逆のパターンになると、周囲の人間に疲れや消耗といったものが多く見受けられるものです。

「ゆえに不幸である」とは一概には言えないのですが、それでも、女性が倒れて、家の中が女不在の状態になるよりは、男性が倒れた方が、まだ家というものが機能し続けるように感じます。

今回、ポーランドの病院に入院するに当たって、私は、以前は感じなかった「気力」というものを非常に感じるようになりました。

一人暮らししていた頃、度々、検査や手術で入院したものですが、その時は、職場や周囲の人間に対する責任は感じても、気力は感じたことがありませんでした。

一言で言えば、「どうなってもいい」。

早く治って復帰したいとか、あれがしたいとかいう思いが全く欠けていたのです。

そんな感じでしたから回復も遅く、退院が決まっても、他の患者さんのように、いそいそと荷物をまとめて帰るということはありませんでした。
全てがやりきれないというか、治っても、嬉しくも何ともなかったのです。

ところが、今回は、そのような事は言っておれなくなりました。

大阪のオバチャンみたいに、「いつまでも寝てられへん。はよ家に帰らな」という気持ちでいっぱいだったのです。

なぜなら、旦那一人、家の中に置いておけないから。

何も出来ない人ではないのだけれど、とにかく仕事が忙しいし、女性のように、炊事と洗濯とメールチェックを同時にこなすような器用さはありません。

世界的なベストセラー『話を聞かない男 地図が読めない女』に、「男というものは、冷蔵庫のバターが探せない。目の前にあっても、分からない。それは脳味噌の作りが女性とは違うから。男性の脳は、一つの事に集中するように出来ていて、女性のように、あれもこれも同時進行するのが苦手なのだ」というくだりがありましたが、全くその通り。

初めてこれを読んだときは、「なんと大げさな。そんな馬鹿なことがあるものか」と思ったものですが、旦那と一緒に暮らすようになって、つくづく思い知らされました。
冷蔵庫のバターは元より、机の上のペン、戸棚のお茶碗、引き出しの中の栓抜きなど、とにかく目の前にあっても、本当に分からないのだという事が。

もちろん、世の中には、女性並に小回りの利く男性も数多くいらっしゃいますけどね。

そんな状態ですから、安静が必要でも、気持ちはおちおち寝ておれません。
旦那が頑張ってサポートしてくれれば、くれるほど、「早く帰らなければ」という思いが募るのです。

実際、疲労という点では、妊婦の私より旦那の方がはるかに大きいように感じました。
表立って、どこがどう疲れたとか、様子がおかしいとかいう訳ではないのですが、何かこう、萎れたような感じで、見ていて、痛々しかったです。

私なんかは、十数年、一人暮らしをして、病気の時も、淋しい時も、気力で乗り切ってきましたから、たいがいのトラブルには馴れているのですが、

私は、カップルというものは、物理的にも精神的にも、一時たりとも離れるべきではないと痛感しました。

カップルがカップルとして機能し、一つの呼吸を編み出す為には、出来る限り一緒に行動し、同じ空気を吸い、あらゆる経験を共にしなければ、意味がないと。

もちろん、世の中にはいろんな事情があって、離ればなれになるカップルも少なくないのですが、やはり物理的にも精神的にも隙が出来ると、疑心、疲れ、興味の喪失といったマイナス感情が入り込み、カップルは脆くなります。

あるいは、互いの本来の力が発揮できなくなって、どんどん萎んでいってしまう――つまり片肺飛行です。
人は何故カップルになるかと言えば、「1+1=3」の働きがあるからです。
+1が無くなると、1に戻るのではなく、0になってしまうのです。

私も、実際に遠距離を経験した上で言うのですが、カップルは離れてしまったら、やはり意味がありません。

遠距離中は、「そんなことない、離ればなれでも心が繋がっていれば、カップルとしての意味がある。距離は関係ない」と、誰だって言い張りますし、そう思いたいものですが、私は、一緒に居る時と比べて、カップルとしての生命力みたいなものは、一割もないように感じます。

というか、離ればなれでいる時、いくら「相手」というものが存在しようと、見ているのは自分自身であって、相手そのものではないからです。
つまり、「あの人はこう思っている」と考えている自分自身を見ているのであって、実際に「こう思っている相手」を見ているのではない、と。
分かりやすくいえば、90%、バーチャルです。
バーチャルと言ってしまうと言葉は悪いかもしれませんが、でも、現実に、自分が理解している相手像は、今自分が見ている相手ではなく、断片的なメッセージを繋ぎ合わせて自分の頭の中で作り上げたイメージであって、「その人自身」ではないのです。

言うなれば、「仕事が忙しい彼」と、「『仕事が忙しい』と言う彼」の違いです。
前者はその様を実際に見て知っていますが、後者はそこに自分のイメージ――たとえば、「言い訳しているのではないか」「忙しいって、どれくらい忙しいのだろう」――と憶測が入ります。

前者は、一つ一つ自分の目で確かめ、その忙しさをその場で共有することができますが、後者は、憶測に傾いていきます。
憶測に傾いた時、見ているのは「忙しい彼」ではなく、「『仕事が忙しい』と言う彼に対して自分が抱いているイメージ」なのです。

「去る者、日々に疎し」と言うように、今、目の前にいない相手に対し、興味を抱き続けるのは大変難しいし、欲する気持ちも次第に薄れていくものです。
それを、いつまでも、同じレベルで維持しようと思ったら、相当なテンションが無ければ続きません。
相手への興味や情熱が薄れていく中で、カップルとしてどんどん形骸化していくのは、非常に空しいものです。
一緒に居れば、一杯のお茶が解決する問題も、離ればなれでは、ただ疑心が増すばかりなんですね、大抵の場合。

そういう現実もあって、やはりカップルとして生きていくなら、一時たりとも離れるべきじゃない。

カップルというのは一つの生き物ですし、片肺飛行でも平気というなら、それは「ただ一緒にいるだけ」で、元からカップルでも何でもないのかもしれません。

そんなことをつくづく考えさせられながら、臨月の入院生活を送ったわけですが、今にして思えば、あれが子供を迎えるに当たっての、夫婦の準備期間だったのかもしれません。

お互い、求める気持ちも、支える気持ちも無かったら、これからの長い長い家族生活において、私たちはただ一緒にいるだけの同居人に成り下がり、子供にとっても精神的な支柱を欠く事になるのですから。

カップルとして存在するという事は、「この人がいなかったら、生きていけない」という気持ちです。

そして、子供が産まれる前に、トラブルの中でそれを確認できたことは、私たちにとって非常に有意義だったのではないでしょうか。

記:’04年秋