病院という所 「病院は人生の縮図、社会の縮図」

2017年9月15日

まだ私が純真だった頃、人も世界も美しかった。

だけど十八でこの業界に足を踏み入れてから、何もかもが変わった。……いや、“世界が変わった”というよりは、“世界(=人間)とは、こういうものだ”という現実を知ってしまったというべきか……。

人間には知らない方が幸せな事がたくさんある。
見なくて済むなら、見ない方が良い事も。

人は光だけ見詰めて生きればいい。
なまじ闇など覗かぬ方が、心の健康の為だ。
闇は健やかな光さえ曇らせる。
美しく生きたいなら、なるべく闇から遠ざかって生きるべきだ。

けれど、人の世の闇もまた同じ地上の世界である。
闇で繰り広げられる人間模様も、また同じ人の世の出来事なのである。

病院という所は、健やかな人間には完全に無縁の場所だ。
生きている間はなるべく関わりになりたくないというのが誰しもの願いである。

だが、人は誰でもいつかは病み、死を迎える。
どんなに頑強な人間も、いつかはここに辿り着かねばならない。

健やかな表舞台を「光」とするなら、病院は奈落の「闇」、あるいは人生の裏街道というべきか。

一歩ここに足を踏み入れたら、「光」の中では見えなかったもう一つの真実に遭遇する。
健やかな表舞台の裏側に隠された、惨く、生々しい現実に直面する事になる。

どんなに寝付きの良い人間も、あの病院のスチールベッドの上では、暗い想いにとらわれ、楽しい夢を見る気にもならないだろう。

そして、そういう「闇」の中の人々と直に向き合う事を生業とするのが、私たち看護婦であり、医者である。
更に広げれば、事務員、検査技師、看護助手、調理師……
様々な職種の人間が、この人々に関わる。

私は十八でこの世界に入ったが、一週間で人生観、世界観が変わった。
毎日新手のドラマを観るような刺激と変化の中で、何もかもが変わった。
なぜなら、そこには、光り輝く表舞台では決して見る事のできない、様々な事象が満ち満ちていたからである。

入職オリエンテーションの時、看護部長にこう言われた。

「病院は人生の縮図、社会の縮図です。
そこには子供もいれば老人もいる。
貧しい人もいれば金持ちもいる。
そして私たちは、この世に存在するあらゆる種類の人間に接しなければなりません。
将来、この仕事を続けるか否かはさておき、
ここで出会う様々な人々、そして様々な出来事を、
若い間にしっかり見ておきなさい。
それが本当の勉強というものです」

――見て良かったのかどうか、今も解らない。

ただ一つ言えるのは、光も闇も両面を知って初めて、この世に生きたといえるのではないかという事だ。

人間、何も見ず、何も知らずに生きるに超した事はない。

だが同じこの世に生きるなら、上澄みだけをすすって終わるより、沈殿した腐泥までぐいと飲み干してこそ……と思うのである。

初稿:1999年秋  メールマガジン 【 Clair de Lune 】 より 

Posted by 阿月まり