子育てコラム

出産と死 ~分娩の後、痛感したこと~

2004年11月15日

ユキを産んだ後、痛烈に感じたのは、「自分の死」でした。
これから子育てしようという人が何を言っているんだ、と思われるかもしれませんが、九時間に及ぶ出産の後、寝台に休みながら、染み入るように感じたのは、「生物としての私の役目は半分終わったのだ」という、さながら交尾後のカマキリのような心境だったのです。

出産の後、自分の死が見えるというのも不思議な話ですが、実際、年齢から言っても、人生を半分折り返しつつあるというのが現実ですし、ユキが七十、八十になる頃には、私は確実にこの世から失われています。

ユキが二十歳になった時、私は六十歳の一歩手前で、今の私の年齢になる頃には、七十代の後半、運良く長生き出来たとしても、せいぜい、この子が五十歳か六十歳ぐらいが限界だろう、そう考えると、今まで漠然としか感じなかった「自分の死」が具体的に見えて、とても恐ろしく、そして悲しく感じられたのです。

これから生きようとする命の未来と、自分の年齢を勘定しながら、私は自分の命がいつか終わることを厳然と感じ、いつしか、ボロボロと涙をこぼしていました。

新しい命を産み落として、ふと未来に目を向けた時、峻烈なまでの自然の掟の中で、私は生物としての役目の終わりを感じ、自分の死をはっきり見て取ったのです。

初稿:2004年秋

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