君も囚われのプレイヤー 押井守の映画『アヴァロン』

AVALONにLog On

追記:2015/12/13

私も押井先生の作品は全部見たわけではないけれど、今のところ、ぶっちぎりでAVALONが好きです。
子供に「あっ、またママがAVALON見てるぅ~」と言われるほどに(´。`)

主演のマウゴジャータ・フォレムニャックのクールな顔立ちもいいけど、日本語吹替えを担当している財前直見サマの渇いた喋りが非常にBGMに良い。ちなみにWIKIのお写真を拝見すると、全然「アッシュ」のイメージと違ってて、よくこの日本女性的な女優さんがあんなサイバーパンクな役柄を演じられたものだと感心いたします。

もちろん、ストーリーや設定うんぬんについては、「やっぱパトレーバーの方が上」「うる星やつらのビューティフルドリーマーが最高傑作」等々、いろんな意見があると思います。

でも、基本的には重厚な社会派ドラマが好きで(「シンドラーのリスト」みたいなやつ)、おばさんの私には、AVALONがbest of ベスト。

映像も、財前先生の渇いた喋りも、余計な説教のないシンプルな脚本も、すべてが私の感性と一致。

わけても川井憲次さんのサントラが最高ですね。特に『Log in / Log off」が。

しかし、大規模な合唱にくわえ、録音ではエコーがかかっている為、ナマのポーランド人でも聞き取りにくい歌詞。

実際、なんと歌っているのか、僭越ながら、ここに紹介します。

AVALONの日本語訳およびポーランド語歌詞は(もうずいぶん長いこと更新が止まっている)

日本語訳 http://www.kenjikawai.com/avalon.html
ポーランド語歌詞 こちらのページにリンクがあります
Log off http://www.kenjikawai.com/logoff.pdf
Voyage to AVALON http://www.kenjikawai.com/voyagetoavalon.pdf
Voyage to AVALON (Orchestra ver.) http://www.kenjikawai.com/voyageorche.pdf
Log in http://www.kenjikawai.com/login.pdf
多分、サイトの方はUTF-8に対応してなくて、ポーランド語がウェブ上に正しく表記されないのだと思います。ニョロっとした記号とか。

Log off / Log in の日本語読み

ちなみにポーランド語の日本語表記は専門家でも意見が分かれるところです。
日本語では置き換えられない発音がたくさんあります。子音だけの「シ」とか。
あくまで参考としてご覧下さい。
小文字はストレートに翻訳した場合です。
私も専門じゃないので、おかしい部分はあるかもしれませんが。

ちなみに Życie=Life 、 jest=is の意味です。

Life is wonderful adventure, Life is wandering in storm ・・のようなことを歌っているとイメージすると分かりやすいかと。

Życie jest wspaniałą przygodą
じっちぇ ぃえすと ふすぱにゃょん ぷしごどん 
人生は素晴らしい冒険

życie jest wędrówką wśród burzy
じっちぇ ぃえすと う゛ぇんどるふこん ふしると ぶじ
人生は嵐の中の放浪

życie jest Niezwykłą podróżą
じっちぇ ぃえすと にえずうぃくうぉん ぽどるじょん
人生は非日常的な旅

życie jest wędrówką wśród wielu burz
じっちぇ ぃえすと ふしると う゛ぃえる ぶじ
人生は大きな嵐の中の放浪

Avalon Spełnione marzenie
あう゛ぁろん すぺうにょね まじぇにぇ
アヴァロン 願いを叶える

ujrzysz ląd zasnuty mgłą ranną
うぃじしゅ うぉんと ざすぬてぃ むぐうぉん らんにょん
朝霧の中に眠る大陸が現れる

Avalon kraina tajemnic
あう゛ぁろん kらいな たいぇむにつ 
アヴァロン 秘密の国

Poznaj swój prawdziwy Avalon
ぽずない すふい ぷらうじう゛ぃ あう゛ぁろん
真実のアヴァロンを知る

*

公式サイトを見ても分かるように、押井先生の方は下記のように謳っておられる。
でも、これをポーランド語の歌詞にそっくり置き換えるのは難儀ですよね。
「輪廻」なんて概念からして無いもの。ここカトリックだし。

輪廻
   定めし魂は
   輪廻
   天から降り
   輪廻
   神のみが知る
   輪廻
   誕生を祝う

A’ 輪廻(アヴァロン)
   汝の魂は
   輪廻
   再び天へ
   輪廻(アヴァロン)
   神のみが知る
   輪廻
   誕生を待つ

それでも台詞の翻訳も苦労されたと思いますよ。
日本人同士でもこの世界観を解り合うのは難しい。

たとえば、ラスト、アッシュとマーフィーの対決の場面で、作品の核となる台詞が登場します。

「そしてあなたは決めた ウィザードの敗北を
仲間を捨ててまで あなたが成し遂げたかったことは
病院のベッドで未帰還者として植物人間になることだったの」

「オレのどこが廃人だ 
クラス・リアルで分かったはずだ
世界とは自分の思い込みに過ぎない、ちがうか
ここが現実で、どんな不都合がある。

「自分にそう言い聞かせてるんだとしたら、それが逃避じゃないの」

「世界とは何か」という問いかけに対し、ポーランド語では

sŒwiat jest taki,
jaki nam się wydaje, że jest!

と答える。

真っ直ぐに翻訳すれば、「世界とはかくの如し、君が見たまま(感じたまま)、そのものだ」みたいな感じ。ちなみに swiat = world jest = is jaki = how もしくは as といった意味です。

「思い込み」とはまた微妙に違うけれども、言いたいことは解る。

だけども、「(我によって)認識される世界」の観念は仏教のもので、カトリックではない。

いわば「色即是空・空即是色」。

物事の本質は「空」であって、自身が「闇」と思えばそれは闇になるし、「光」と思えば光になる。

その物自身に実体はなく、「本人の解釈」があるのみ、です。

つまり、マーフィーが「ゲームの世界が現実」と思えば、それが現実になるし、たとえボディは病院のベッドの上に植物状態で横たわっていても、意識がゲームの中で生き続ける限り、マーフィーの人生もまた続く、という解釈です。

だけども、それが正解なのか?

他の何をも顧みず、「ここが現実」と言い切ってしまうのは逃避ではないのか。

アッシュがもう一つの定義を示します。

ところが、そのアッシュ自身も、「この場」を生きている自分が「本物」か、あるいはゲームの中の意識に過ぎないのか、まるで自覚がない。

非難する人間自身が、ゲームの中に迷い込んでいるという論理の破綻がある。

ゆえに、この状況を突き詰めても、タマネギの皮剥きの如く、問題の本質に辿り着くことはなく、「認識される世界」と「疑問」が繰り返されるエンドレスなマインドゲームがあるだけ──というのが、AVALONのテーマではないでしょうか。

ま、いろんな解釈がありますが、輪廻も色即是空・空即是色も存在しないカトリックの人に、このテーマを理解させるのは非常に難儀されたのではないかと推察します。

それでも、「おらが村」に日本の有名なアニメーターが撮影に来てくれた! って、やっぱり嬉しいですよ。

ちなみに、押井先生がポーランドの情報工科大学で講演された時、大盛況だったと伺っています。

*

あ、ちなみに、OPの『Log off』の合間に流れる「カリカリ」という音が大好きなんですよ。

昔のハードディスクの書き込み音に似てる。

昔のPCは音がうるさくて、カリカリ、カリカリ、始終、音がしてたでしょう。

今のPCも、スマホ関連も、びっくりするほど静音設計だけども。

でもねー、やっぱハードディスクはカリカリいうべきだと思うんですよ。インジケーターがビカビカ点滅して、「あ、動いてる、動いてる」と実感できるくらいのね。

ゆえに、AVALONのOPで、Log off の「ンチャ、ンチャ」のリズムに合わせて、「ビィ~ン、カリカリカリ」という音がすると癒やされるの。Win98女ですからね、私。

OPの曲は戦闘シーンの後、6分30秒ぐらいから流れます。


アヴァロンとポーランド

公開から14年経って、ようやく観ました。

攻殻機動隊は割と早く観ていたのですが、アヴァロンだけは何故か触手が動かず、何度も観る機会があったにもかかわらず、ずっとスルーしてきたんですね。

一番の理由は、ポーランド語。

私みたいに日常生活にどっぷり浸かってると、わざわざ「オール・ポーランド」で演出した異次元の世界観が崩れると思ったからです。

それにオタッキーの妹から「やっぱ攻殻の方がいい。アヴァロンは完全にマニア向け」と聞いていたので、イケイケな気持ちに水を差されたくない気持ちもありました。

で、ようやく、たまたま、観る機会があり、初めて全編観たのですが(日本語吹替・ポーランド語とも)、めちゃくちゃ面白いやないですか。

Amazonレビューで何人かの方が書いておられるけど、「押井守の最高傑作」「アヴァロン>>攻殻」というのも解るような気がします。

当作品について「仮想現実」「ゲーマー」「自我」「ネトゲ廃人」「哲学」については、他のファンの方が読み応えのある熱いレビューをたくさん書いておられるので、私は左巻の観点から語ってみたいと思います。

なぜにポーランド?

私がアヴァロンを知ったのは、ポーランドに移住した頃、オタッキーの妹から「あんた、押井さんの新作、ポーランドやで。撮影現場にファンが殺到して、凄かったらしいで」と聞いたのがキッカケです。

なぜかといえば、押井さんが世界中の言語を聞き比べて、自分の世界観を最も忠実に現わしてくれるのがポーランド語だと覚ったからだそうです。妹から聞いた話なので、真偽は分かりませんが。

そんでもって、当時のポーランドはEU加盟前で、まだ僅かに青年海外協力隊も活動していたほどでした(日本から見て経済後進国に数えられていた)。

首都はともかく、地方は何十年も遅れてますよね。

さながら、現代と昭和40年代の中間に位置する「中つ国(ミドルアース)」みたいなものですよ。

今でも地方に行けば異次元ぶりが半端ないのに、そりゃもう、2001年なんて言わずもがな。

ポーランドを選んだ押井さんの感性にピエロギ100個差し上げたい気分です。

そんでもって、SONKOのRyż(米)。100g X4袋入りのパック米はお気に召さなかったようです。

Avaron

sonko Ryz

キャベツは Kapusta włoska 。日本のキャベツと違い、シワシワのパサパサ。日本人にはあまり美味しくない。

Kapusta włoska

この肉はUdziec wołowyだろう。いい牛肉を使ってます。

Avaron 牛肉

Udziec wołowy

Piastはスポンサーかしら。それとも押井さんのお気に入り?

Piast AVARON

piast AVARON

共産主義時代に建てられた古いアパートのキッチン、本当にこういう雰囲気です。
階段や通路も映画のまんまです。
今はみなIKEAでお洒落な家具を買い揃えて、頑張ってリフォームしてますけど。

AVARON

こういう食堂も旧い公共施設に行くと、まだまだいっぱい残っています。
日本に居る時に見ていたら、「へー、異次元っぽい演出だなー」と思ったかもしれませんが、現実もそのまんま。
「演出ちゃうねん、日常やねん」
我が町の市役所や病院の内部の写真をセピア加工したら、AVARONの世界になる(笑)

AVARON

Avaron

これを見て、「演出」と思わないで下さい。地方では、まだまだ多くの病院がこんな感じです。
私も陣痛中、廊下に寝かされてましたから。

Avaron

惜しむらくは、耳がポーランド語に馴れてしまうと、今さらアヴァロンを見ても、Telewizja PolskaやPOLSATの「土曜ロードショー」にしか感じない点。日本在住の時に鑑賞したかった・・。

君も囚われのプレイヤー

さあ、ここから思いきり左巻の話です!

日本バンザイの人は、スルーしてね。

*

他のファンの方も書いておられるけど、押井さんの作品の魅力はいろんな風に解釈できる、という点です。

だから、アンチが見ても、信者が見ても、何時間でも熱く語れてしまう。

「この解釈は有りえん」「いや、その見方がおかしいんだ」「その場面は、そういう意味じゃないだろう」等々。

百人が見たら、百通りの感想がある。

それがマニア受けする一方、「くどい」「難解」「自己満足」と批判の対象ともなり、宮崎アニメのように、誰もが親しみを感じる作品でないのは確かでしょう。

*

アヴァロンの場合、オンラインで繰り広げられる『戦闘ゲーム』が舞台になっています。

でも、これって、いろんなものに置き換えられると思うんですよ。

たとえば、自分が当たり前のように通勤している会社。

当たり前のように所属している大学のコミュニティ。

当たり前のように身を置いている地方の町。

そこには常識とされるルールがあり、皆、何の疑いもなく馴染んで、自らに真偽を問いかけることもない。

また、そこでは様々な競争が繰り広げられ、その世界を生き抜くには、金、能力、資格、容姿、コネなど、いろんなアイテムが必要です。

そして、多くの人は、より強く、より有利に生きるために、たくさんのアイテムを得ようとする。

もっと経験値を上げ、ポイントを稼ぎ、次々にステージをクリアして、ゲーム仲間に仰ぎ見られるような存在になろうとする。

それはそれで人生の醍醐味とは思いますが、果たして、自分が当たり前と思っている『現実』は、本当に「当たり前」なのでしょうか。

そこで「当然」とか「正しい」とされている教えや価値観は本物なのか。

そもそも、君が認識している「現実」とは、本当に「ありのまま」なのか。

もしかしたら、誰かが作為し、ゲーマーの欲望や判断力を一つの方向にコントロールしているのではないか。

時に立ち止まり、いろんな角度から見つめ直すことが必要だと思いませんか?

*

この現実を「ゲーム」、君自身を「プレイヤー」と置き換えるなら、君はポイントを稼いでゲームを攻略し、もっと凄いステージに進もうと躍起になってるプレイヤーです。

君はゲームの世界に馴染み、何の疑いもなく戦い、人生を消費するけれど、ゲームマスターから見れば、君も単なるコンシューマーに過ぎない。

自分たちの提供するゲームに金と人生を無限に注ぎ込んでくれる「いいお客さん」です。

ゲーム提供する側の人間は言う。

『クリアできそうに見えてクリアできないゲームと、一見クリア不可能と思えるが、その実、可能なゲームと、どちらがよいゲームか言うまでもない。その間の微妙な均衡の点を探し出し、プレイヤーの動機を維持する。それが私たちの仕事だ』

そこにゲーマーに対する思いやりも、社会や未来に対する責任感も、何もない。

もっとのめり込め。人生を費やせ。

それで得するのは誰か。

ゲームマスター、ただ一人です。

*

そして、アッシュも、マーフィーも同様だけど、努力して、正しく生きているつもりでも、その実、ゲームマスターの手の中で御道路され、無駄に消費するだけのプレイヤーかもしれない。

君が信じるルールも、作法も、価値観も、『絶対正義』ではなく、ゲームマスターの都合よく書き換えられた筋書きかもしれない。

そう考えると、人間というのは、いとも容易く環境に支配され、思考や感性も麻痺させてしまう生き物だということがよく分かります。

似たようなゲーマーが多ければ多いほど、ルールの矛盾に気付き、ゲームの世界から抜け出すのは難しいでしょう。

そうして、ゲームに踊らされ、自分自身も消費し尽くし、ネトゲ廃人みたいになった「未帰還者」はあなたです。

自分が「廃人」と自覚できるならまだしも、アッシュやマーフィーのように、別の次元に迷い込んでも、まだゲームのトリックに気付かない。

はたと気付けば抜け殻みたいになってしまっているマーフィー達の姿は、決してデフォルメではありません。

Avaron

Avaron

世界とは何か。

それは『認識』です。

世界の中に自分が居るのではなく、自分が「こう思う」と描く世界を見ながら人は生きている。

そこに実体はなく、あるのは、「認識されたもの」としての世界だと思います。

そして、時々は、あなたが「こうだ」と信じている世界から離れ、そこで常識とされるものを疑ってみて下さい。

ふとオフラインになった時、あなたは自分が囚われのプレイヤーだったことに気が付くはずです。

*

さて、話がいよいよ左っぽくなってきましたよ。

*

ところで、君は「日本」というものを疑ったことがあるかな?

「世界に誇る経済大国」「ナンバーワンのサービス精神」「国際社会の指導的役割」。

日本って、ものすごくいい国なんだ! 

国際社会は日本人をとても高く評価している!

「日本サイコー」のイメージは、日本人なら誰でも少なからず持っていると思います。

そして、実際にそう。

宅配物は時間指摘で確実の届くし、トイレも病院もぴかぴかだ。

衣類も食事も何もかもが高品質で、店員さんは天使のごとくサービスしてくれる。

世界の片隅で医療や教育のボランティアに打ち込んで、尊敬されている日本人も多い。

こんな素晴らしい国はまたとないでしょう。

でも、一方で、国際社会に金銭以外は頼りにされず、誰も「世界的リーダー」なんて思ってない。

外国のTVでは、東京も売春街みたいに紹介され、表通りに堂々と風俗の看板が立ち並ぶ、ユルユルの国民性と思われてる。

仕事も、子育ても、「こうあるべき」とされていることが、一歩海の外に出れば非常識だったりする。

あなたが信じる「素晴らしい日本」というのは、一度も日本の外に出たことがなく、自分たちの生き様を客観的に見る機会もなく、日本語の情報だけで織り上げられた「イメージ」に過ぎません。

そして、君たちの大半は「日本」というゲームの外に出ることがない。

自分たちが必死でプレーしている世界の実体を外から見つめることなく、ゲームマスターの手の中でひたすら戦うだけです。

つまり、そういうこと──

君らが「正しい」とか「素晴らしい」と思い込んでいる現実は、果たして「本当なのか」ということを、時々、立ち止まって考えた方がいい。

途中で覚醒したかのようなアッシュでさえ、自分が何ものか、何処に身を置いているのか、何一つ悟ることなく、結局ゲームの振り出しに戻っています。

それは「日本」に限らず、会社でも、学校でも、ママ友集団でも、何でもそう。

疑うことを知らなければ、一生囚われのプレイヤーで終わってしまいます。

くたくたに消費しているのに、その矛盾に気付かない。

でも、多くの人は、疑うことを恐れる。

なぜなら、『疑う』ということは、自分がプレーしているゲームを一旦停止し、ログオフして、時にはリセットすることだからです。

うすうす「おかしい」と気付いても、プレーを止められない、集めたポイントを失いたくない、自分を客観的に見たくない、等々。恐れや戸惑いに目を背ける人もあるかもしれません。

それでもログオフしてみる。

そういう勇気と気持ちの切り替えは、何につけても大事だと思います。

どんなゲームも、もっともっとプレイヤーが深入りするような仕掛けが満載です。

一番頭がいいのは、プレイヤーを熱狂させるゲームマスターですからね。

それに乗せられ、ポイント獲得に躍起になって、ゲーム世界の強者を目指しても、行き着く先は「未帰還者」。本来とはかけ離れた価値観の世界です。

Welcome to Avalon の先にあるものは、自我の喪失なのかもしれません。

*

というような、左巻の喩えもできるのがアヴァロンの面白いところ。

攻殻機動隊の「人生とは記憶の集積」みたいなテーマも面白いけど、アヴァロンも奥深いですよね。

果たして、実体の「アッシュ」は何所に居るのか。

これもいろんな解釈があると思います。

とっくにリアルのアッシュは失われていて、意識だけがゲームの中を行ったり来たりしているとか。

あるいは、いくつものアカウントを使い分け、複数自我の世界を生きているのか。

何にせよ、これからますますコンピュータの世界は面白くなるし、それに伴って人間の意識も大きく変わっていくでしょう。

いずれ生体からデバイスへ「意識(記憶)のコピー」が可能になり、一種の「永遠の命」の時代が来ると私は予想しています。

小学生に説明するのは難しい

うちの子たちも、ちょっと難しかったようですが、「ゲームの世界に入ってしまう」という世界観は理解できたみたいです。

押井先生、説明はこんな感じでよかったでしょうか↓
※画像を無くしてしまいました・・

子供も、一流大学に入って、高給取りになって、老親の為にバリアフリーの高級住宅とかぽーんと建ててくれるようなのが理想的ですが、やっぱ、こういう作品について二時間でも三時間でも語り合えるような子供がいいですよね。

アヴァロン見て、熱くなってる君。

うちの子供にならんか?

カネはないけど、メシは美味いぞ。

映画、音楽、マンガ、小説、絵画、、うちは何でもありですぞ(^^)

アイテム

映像が綺麗ですよね。

川井さんの音楽が素晴らしい。
イノセンスの「恨みて散る」もよかったけど、アヴァロンのLog inはそれ以上。
名曲です。