子孫は火星に行くだろう ~アリゾナ砂漠編

2017年9月15日Notes of Life, 自然と科学

『砂漠』というと、♪ 月の沙漠を~ はるばると~ ♪ ホリプロ・スカウトキャラバンならぬ、アラブの隊商とラクダを連想しますが、アリゾナで「desert(砂漠)」といえば、「不毛の地」「荒野」。文字通り、草一本生えない、過酷で、生のままの大地を指します。

なぜ草一歩生えないのかといえば、とにかく乾燥しきって、猛暑だから。

生える時期もあるのだろうけど、連日、摂氏40度以上、雨もほとんど降らず、空気も乾燥しきっているとなれば、苔も育ちません。

木もなく、水もなく、茫漠たる荒れ地が広がるだけ。

その様、まさに火星そのもの。

行ったことはないけど、水も、草木もない、乾ききった大地って、こんな感じなんだろうな、と。

アリゾナ州 砂漠

もちろん、車道も飲食店もありますが、よくこんな所に道路を通す気になったなとつくづく。一番近い町でも、数十キロ先にあるんですもん。
何かあったら、もう死ぬしかないよ。
こんな風景を延々と見ていたら、人間なんて、大いなる自然の中では本当に無力なものだと感じます。

アリゾナ州 砂漠

アリゾナ州 砂漠

アリゾナ州 砂漠

無限に広がる、生まれたままの大地を見ながら思う。

私の子孫は、いつか火星に行くんだろうな、と。

実際、NASAでは『NASA’s Journey to Mars』火星有人探査の計画が着々と進んでいて、今世紀中には確実に月の向こう側に宇宙船が行きます。

そして、22世紀には、基地建設が本格化して、優秀な人材がどんどん火星に行くようになるでしょう。宇宙科学も今よりうんと発達して、航行時間も短縮されるかもしれない。

これは決して夢物語ではなく、現実に遂行すべき人類のミッションの一つなんですね。

なぜなら、いつかは太陽が膨張して、地球の海もすべて干上がり、人間の住めない世界になる。

あと20億年、人類社会が続くかどうかはともかく、いつかは地球と訣別して、住まいを移す必要性が出てくるのだから、その為の研究開発は今から始めても決して遅くはないのです。

だから、いつか、私の子孫も火星に行くだろうし、私が目にすることのない風景を見て、「外から地球と人類社会を眺める」という新しい哲学にも触れるだろう。
そう考えるだけで、自分の命も未来に広がっていくような、不思議な希望を感じるのです。

どうせ人はいつか死ぬ。

形あるものは壊れ、いつかは忘れ去られるのに、どうして私たちは必死に考え、必死に作り、この生を意義あるものにしたいと願うのだろう。

それはきっと、遺伝子レベルで命が続くことを知っているからかもしれません。

こちらは山の上から見下ろしたアリゾナ州のdesert。これも州のほんの一部と思えば、アメリカの広大さが窺い知れるでしょう。
どこまでも真っ直ぐ、どこまでも不毛の地。そんな大地に車道を通して(ルート66とか)、あちこちに町を作って、人と物が行き交ってるのだから、なまじの国では太刀打ちできないと思うよ。とにかく馬力がある。
Amazonが無人機配達、Googleが自動運転の技術に必死になるのも分かります。町から町まで移動するだけで、ものすごいエネルギーを消費するし、ドライバーもへとへとになるから。輸送だけでも全自動化されたら、この辺りの暮らしも生き方も一変するでしょうね。

アリゾナ州 砂漠

こちらがNASAで着々と準備が進む、火星探査機の打ち上げ台。2030年に計画されているそうです。

火星探査 発射台

desert というと、思い出すのが映画『バグダッド・カフェ』。私の頭の中でも、ずっとCalling Youが鳴っていました。

A desert road from Vegas to nowhere
Some place better than where you’ve been
A coffee machine that needs some fixing
In a little cafe just around the bend

この世界観を歌っていたのだなと、つくづく。