『女性』の魔を描く、ラース・フォン・トリアー監督『アンチクライスト』

2016年8月25日映画, 愛と耽美の映画

いきなりネタバレして申し訳ないが、日本の映画館なら、スクリーンのど真ん中に日の丸のごときモザイクが入りますよ。きっと。

欧米発の映画でまともに性器(男性、女性とも)の映っている作品など珍しくもなんともないし(それもブルース・ウィルスみたいな名のある俳優の)、それも一瞬とか、シルエットとか、「なんか映っちゃったね」という感じなのでほとんど気にならないのだが、この映画は、意図してドアップ、意図して演出してるので、そりゃもうカンヌでブーイングになるのは当然至極。

いろいろ見慣れてる私も、さすがに絶句させられた。

まあ、これを芸術と見るかどうかは受け止め方次第だけども、『女性』の底知れぬ貪欲さや狂気を描くのに、このドアップや演出は本当に必要なのかしら、と思ったりもする。

「阿部定」の男性よろしく、女性はきっと股間が痛くなるはずだ。

……というか、日本のスクリーンで、これをモザイクなしで映すとは到底思えないのだけど、でも、やっぱやっちゃうんでしょうね? 映さなきゃ、話になりませんからね。

映倫仮面ボカシマンも、この映画の前にはたじたじとなりそう。

80年代、エロティック・サスペンス映画「氷の微笑」で、シャロン・ストーンがノーパンで登場し、刑事の前で足を組み替える時、アンダーヘアが見えたとか何とか騒いでいた時代が、はるか昔のことのように感じます。

まあ、予告編だけ見れば、わが子の死を嘆く哀れな女性と献身的なセラピストの夫の心の触れ合いが生み出す奇跡の物語……という風だけど、タイトルをしっかり見ましょう。「アンチクリスト」。いわずもがな、キリストに反するもの=「悪魔」を示唆しています。

とはいえ、尻尾のついた醜悪な怪物やポルターガイストまがいの怪奇現象が登場するわけではなく、ここで言う「悪魔」とはあくまでシンボリックなもの。

今一度、タイトルをよく見てください。

anti christの最後のTが♀になってますね。

つまり、ここで語られる「魔」とは、女性という「性」に潜む底知れぬ恐怖を表しているわけです。

夫とのセックスに耽っている間に、幼い我が子がベッドから抜け出して、窓から転落死してしまう……このエピソードだけで、十分、先が読めるでしょう?

これは子どもの魂が復活して母親の深い傷を慰めるような、幸せな物語ではありません。

もう狂気の果てとしか思えないような結末が待っています。

だって、監督は、あの『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のお方、「救いようのない結末」を描かせたら右に出る者はないですからね。

特に、最近、女性のせいで痛い目にあった殿方は、身も心もボロボロになったウィレム・デフォーに己を重ね見るのではないでしょうか。


ところで、この映画の見方は二つあると思います。

一つは、女性の視点。

もう一つは、母親の視点。

女性の視点から見れば、「それはあり得ないだろう」という気持ちになるけれど、母親の視点から見れば、必ずしもそうとは言い切れない。

「夫とのセックスに耽っている間に」というエピソードが主張する通り、母親の中にも超えがたいエゴというものがあり、「子どもか、私か」という選択は、けっこう日常の中にごまんとあふれているんですよね。

目の前に美味しそうなケーキがあって、自分一人お腹いっぱい食べたいけれど、やはり母親としての情愛から子どもによりたくさん分け与える──という小さなものから、お金や権利がらみの深刻なものまで、いろいろと。

だから、この映画のラストで、子どもの転落死の真相を知った時、男性は「は?」と思うかもしれないけれど、女性は「なんか、わかるかも」という気持ちになる。

一瞬……まさに一瞬だけども、子どもより自分の方が大事になってしまう、その瞬間、どんな母親も「自分は悪魔ではないか」と感じると思うんですよね。

本作のヒロインは、そんな自分に対する恐怖ゆえに精神を病んでしまうけれど、現実の母親も、日々、自分の中のエゴイスティックな悪魔と闘っている。まさに万人を愛するキリストとは対極の存在なのです。

だから、余計で恐ろしい。

「生きていること自体が罪深い」というなら、命を生みだす性行為もまた悪魔の所業であり、これら欲望をかきたてる女性器はまさに悪魔の象徴である……といった本作の演出。

妻を癒そうとするセラピストの夫とエクソシストのようにグロテスクな闘いを展開するあたり、分かる人にしか分からないかもしれません。

それにしても、シャルロット・ゲンズブールはよく演じました。

同性とはいえ、気分が悪くなる描写も多々あったのですが、元々のシャルロットが知的な女優さんなので、下品にはならなかった、という感じです。

『ナインハーフ』のキム・ベイジンガーみたいに、セクシャルな映画に出演したがために、その後の活動に支障をきたした女優さんも少なくないので、今後、がんばって欲しいですよね。

それにしても、最近の3Dブーム、CGゴテゴテの特撮ブームに反して、棺桶に閉じ込められた男が瀕死の状態で脱出を試みる『リミット』や、岩の割れ目に滑落して127時間後に自分の腕を切り落として脱出する『127アワーズ』のように、一人か二人の役者だけを使い、セットにもほとんどお金をかけず、とことん一つの場面を掘り下げるようにして人間の心理に迫る作品がけっこう流行ってます。

この『アンチクライスト』も、セットらしいものはほとんど使わず、一つの絵を地獄まで切り裂くような演出がなされています。

それだけに脚本の質が問われるし、役者の力量も一目で露呈してしまう。

非常に難しいタイプの作品だと思います。

でも、「ロード・オブ・ザ・リング」あたりから、やたらモブシーンの多い、仕掛けばかり大げさな映画が相次いでうんざりしていた私には、とっても有り難い傾向。

2000年過ぎてからはハリウッドもネタが出尽くしたという感じでしたが、また新感覚の映画が登場して、私も嬉しい限りです。