詩想

『いったい人間らしさとは何でしょう』 #『質問』の答え

2017年9月28日
かもめ
https://flyingquestions.tumblr.com/post/165724688865/あなたはあなた自身とても人間らしい人間だと思いますかいったい人間らしさとは何でしょうね

皆、何かを勘違いしている。

強くなれば、嫌なことも消えてなくなる。

綺麗になれば、愛される。

優秀であれば、あれもこれも上手く行く。

人気者になれば、欲しいものが何でも手に入る。

でも、あれもこれも完璧に揃っているなら、この世に人として生きる意味など無い。

それは仏様であって、人間ではないもの。

『人間らしさ』とは総じて、駄目な部分と私は思う。

卑屈になったり、気持ちが荒れたり、一年三六五日、朝から晩まで、清く正しく生きている人間などない。

時に怒り、時に嘆きつつ、どうにか真っ当であろうと背伸びするだけ。

傍から見れば滑稽だろうけど、それでも何かせずにいないのが人間であり、人間らしさというのは、常に不完全の中に感じられるものではないだろうか。

遺稿

懐かしのわが家

昭和十年十二月十日に
ぼくは不完全な死体として生まれ
何十年かかって
完全な死体となるのである
そのときが来たら
ぼくは思いあたるだろう
青森市浦町字橋本の
小さな陽あたりのいい家の庭で
外に向かって育ちすぎた桜の木が
内部から成長をはじめるときが来たことを

子供の頃、ぼくは
汽車の口真似が上手かった
ぼくは
世界の涯てが
自分自身の夢のなかにしかないことを
知っていたのだ
寺山修司 「朝日新聞」1982.9

師匠は何を夢見ていたのでしょう。

作家として完成すること?

それとも、人間として、怒りも悲しみもしない、明鏡止水の境地に辿り着くこと?

だけども、人として、怒りも悲しみもしない悟りの世界に行ってしまったら、作家の看板を下ろすと言うでしょう。

極楽浄土など退屈なだけだ、と。

本当は、みっともなく生きている間が一番いい。

いよいよ最期の時が来て、手足も動かなくなった時、もがいたり、嘆いたり、落ち込んだり、ああ、あれが人生だったと思うだろう。

本物の魂の充足は、満足の中にはないことも。

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