セカンドレイプと裁判 映画『告発の行方』ジョディ・フォスター

2017年9月15日映画, 女性と社会, 社会派ドラマ

ジョディ・フォスター主演の映画『告発の行方』は、1988年に製作されたアメリカ映画です。

当時のキャッチコピーは「全米の心臓を止めた。衝撃の15分」だったように記憶しています。
ジョディが体当たりでレイプシーンを演じて、アカデミー主演女優賞を獲得しました。

アメリカでもレイプは頻発しており、その大半が複数犯によるものと言われています。

この作品では、ジョディの演じる若い女性サラ・トバイアスが、社会の偏見=セカンドレイプと、裁判での容赦ない反対尋問を乗り越え、見事に勝利する過程を描いています。

物語

突然、酒場のドアが開き、ジョディ演じるサラ・トバイアスが「ぎゃ~っ」と叫びながら飛び出してくる場面から始まります。
ジョディの叫び方がまた凄い。観客はのっけから衝撃を受けます。

告発の行方 ジョディ・フォスター

一方、店の近くの公衆電話から警察に通報する一人の大学生。後の伏線となります。
電話口ではっきり「レイプ」と言ってるのがポイント。

告発の行方 ジョディ・フォスター

通りかかった車に助けを求めて病院に辿り着くけれど、「最後の生理はいつ? 最近、性交したことは?」と根掘り葉掘り聞かれます。癒やしも励ましもありません。しかも事件の証拠として残すため、体中の写真と撮られます。

告発の行方 ジョディ・フォスター

さらに傷ついた患部に様々な器械が挿入され、陰毛や精液など、証拠の採取がなされます。
ただでさえ痛むのに、その上にまだ器械を突っ込まれて、二重、三重に、苦痛を受ける姿が描かれています。

告発の行方 ジョディ・フォスター

警察の要請で訪れた弁護士のキャサリン・マーフィー(ケリー・マクギリス)。ケリーはトム・クルーズと共演した『トップガン』が世界的にヒットして、この頃、売れっ子でした。

しかし、キャサリンの態度は冷たい。被害者に同情しながらも、内心は「お酒飲んで、マリファナ吸って、レイプ? 自業自得でしょ」というもの。いわば、世間の代弁者のような役回りです。

告発の行方 ケリー・マクギリス

診察が終わると、そのまま現場に連れ戻されます。犯人を特定する為です。
もう二度と顔も見たくない・・と思っていても、「あれが犯人だ」と証明しなければならない。
これだけでも耐えられるものではありません。

告発の行方 ジョディ・フォスター

犯人の一人は、一流大学に通う、お坊ちゃん。
警察に逮捕されると、すぐに父親の力で何とかしてもらおうとします。

告発の行方 ジョディ・フォスター

犯人の保釈をめぐって裁判所で第一回目の話し合いが行われますが、相手側の言い分は「これはレイプではない。合意の上の和姦である」というもの。

告発の行方 ジョディ・フォスター

告発の行方 ジョディ・フォスター

しかも、それをTVで大々的に報じられ、被害者の名前は秘密でも、公衆の目の前で「あれはレイプではない」と詰られたも同じです。

告発の行方 ジョディ・フォスター

大学生は、親の権力と財力で罪を免れたと、反省の色なし。

告発の行方 ジョディ・フォスター

でも、同級生のケネスだけは真実を知っています。

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一方、ジョディの住むトレーラーを訪れたキャサリン弁護士は、「当日はどんな格好をしてたの? 男を挑発したんじゃないの?」というような質問を浴びせます。
ジョディが反発すると、「裁判所ではいろんな事を聞かれるわよ。男に殴られるのが好きか、複数とセックスしたことはあるか、何度妊娠中絶したか。それに異議を申し立てても、却下されるわ」とキャサリン。

告発の行方 ジョディ・フォスター

相手側の弁護士は、当然、無罪を勝ち取りたい。ゆえに、ジョディを「レイプされても仕方のない、ふしだらな女」というイメージに仕立て上げ、『和姦』という方に持っていくわけです。

ジョディは「こんなふしだらな女は守る価値がない、と言いたいわけ?! あいつらを刑務所にぶち込んで」とキャサリンに言います。

告発の行方 ジョディ・フォスター

だけども、キャサリンは弁護士としての経験から、勝ち目のない闘いだと解っている。これといった証人はなく、世間の印象も、どう見ても「サラの自業自得」だからです。

そこで相手側の弁護士と取引。

キャサリンは「第一級の強姦罪」を主張するけども、相手側の弁護士は「原告(サラ)は酒とマリファナをやってきた。目的は”男”だ。誰だって、そう思う」と譲らない。
「とにかく刑務所に入ればいいんだろう。その代わり、罪状から『性犯罪』の要素を取り除け」と持ちかけます。
傷害罪で有罪になるのと、強姦罪では、罪としての重みが違うからです。

告発の行方 ジョディ・フォスター

取引の結果、事件はレイプ裁判ではなく、「単なる暴行」として裁かれることになります。その理由は、「被害者の女性が証人として弱いから」。
つまり、彼女がどのようにレイプを主張しようと、「酒飲んで、マリファナ吸って、自業自得」という偏見があるからですね。

事実を知ったサラはキャサリンの住まいに押しかけ、怒りをぶちまけます。
「ベストを尽くした」とよそよそしいキャサリンに、サラは言います。

「あんたに私の気持ちが分かるの? 大勢の人間の前でパンティを脱がされ、アソコを丸出しにされて、三人の男に順番に突っ込まれたのよ。周りにいた連中は拍手喝采で見物してた。私がどんなに屈辱的な思いをしたか、あんたに分かるはずがないわ!」

その後、気分転換にレコードショップに出掛けたサラの前に、おかしな男が現れます。
ナンパ師と思っていたら、いきなり「お前を知っている。酒場にいた女の子だろう。オレは全部見てたんだぜ」と侮辱します。
ショックを受けたサラは、男のトラックに車ごと体当たりし、自身もまた深く傷つきます。

告発の行方 ジョディ・フォスター

見舞いに訪れたキャサリンにジョディは言います。

「私はあばずれ女なの? 世間の皆は、私をそういう風に見ている。当然だわ。あなたがそう言ったんだもの(つまり、司法取引で強姦罪を否定した)。私の話は誰にも聞いてもらえない。反論するチャンスさえなかった」

「強姦罪として成立しない」ということは、「女性も納得ずみ」とみなされるようなものです。

たとえ、そこに殴る蹴るの暴力があろうと、非常に屈辱的な行為があろうと、「強姦の罪に問われない」ということは、「強姦はなかった」と世間が宣言するのも同じですよね。

それが「司法的に正しい解釈」であっても、女性自身が「強姦」と感じるなら、それは強姦に違いないんですよ。

司法で罪の所在が明確になることと、女性がどう傷つき、どれほど苦しんだかは、は全く別問題ですから。

でも、確たる証拠がない、あんな女なら仕方ない、そういう世間の偏見によって、強姦の事実は潰され、女性にとっては「自業自得」という結論だけが残る。

そのうち、女性自身もこう思うでしょう。

「私にスキがあったから、男に襲われた。私は襲われても仕方のない女なんだ」と。

レイプの本当の恐ろしさは、自尊心をズタズタにされて、反論する意欲も、生きる気力も、無くてしてしまう事ですよ。

こんなに屈辱的な目にあったのに、世間は同情するどころか、自業自得とみなし、司法がそれを「単なる暴行」や「話し合いで解決できた」という形で始末をつけてしまう。

それでもなおかつ反論し、自分に対する尊厳も持ち続けられる女性が、どれほどいるか、って事ですよね。

告発の行方 ジョディ・フォスター

ぼろぼろに傷ついたサラの姿を目の当たりにし、ようやく自分の過ちに気が付いたキャサリン。
最初に警察に通報した声の主を追い、今度は、周りではやしたてた男たちを「犯罪教唆」として告発することを思い付きます。
「強姦を教唆した」となれば、先の「暴行罪」という判断も変わってくるからです。(このあたり、ちょっと難しいです)

そしてう、ついに声の主であるケネスを突き止めます。

告発の行方 ジョディ・フォスター

証人として裁判で証言するサラ。
思い出したくない事も、大勢の傍聴者や陪審員らの前で、逐一、告白しなければなりません。

告発の行方 ジョディ・フォスター

その告白がどれほど辛く、悲しいものであっても、相手側の弁護士は、自らのクライエント(被告)を守り、無実を勝ち取るために、これがレイプではなく、同意の上であった、あるいは、「あなたにも落ち度はあった」と印象づけようとします。

「行為の間中、ずっと目を閉じていたのに、どうして、誰がはやしたてたと分かるのですか」
「あなたにも逃げ出すチャンスがあったのに、どうして逃げなかったのですか」
「”助けて”とか、”警察を呼んで”とか、どうして叫ばなかったのですか」

私も別件で原告の立場に立ったことがありますが、そりゃもう、相手方の弁護士もあれこれ調べ上げて、「そうなったのは、あなた自身のせいではないですか」という方向に話を誘導してきます。

じっと尋問を聞いていたら、普通の人なら、頭がオカシクなってきますよ。

いわば、「あなたは信号無視だと思い込んでいるけれど、あなただって、たまたま信号が変わるのに気付かないことがあるはずです。Aさんだって、故意に交差点に突っ込んだのではなく、不運な事故だと思いませんか。わざと突っ込んだように見えるのは、あなたが最初からAさんに悪意をもっているからで、あなたも青信号に変わるより先にアクセルを踏んで、車をスタートさせたと考えられませんか。それに、あなたは前にもスピード違反で罰金払ってますよね。あなたも運転に不慣れで、たまたま不慣れな者同士が、交差点で正面衝突したとは考えられませんか」

みたいな感じです。

そんな風に、大勢の前で、何度も何度も、「そうじゃないでしょ、ちがうでしょ」と突っ込まれると、どれほど意思の強い人間でも、「私が悪いのか・・」という気分になってきます。

レイプの場合、どこまでが合意で、どうなったら犯罪か、本人の意識に基づく部分が大きいだけに、「あなたにも落ち度はあった」と責められたら、どんな女性でも「自分が悪かった」と思い込むのではないでしょうか。

告発の行方 ジョディ・フォスター

だけども、サラは心の中で『やめて』と叫ぶことしかできなかった。

暴行されている間、「助けて」と叫ぶことも、もがくことも、周りに救いを求めることもできなかったのです。

告発の行方 ジョディ・フォスター

最初は大学生の仲間への遠慮から証言を拒んでいたケン。

彼の口から、あの衝撃的な事件が語られます。

告発の行方 ジョディ・フォスター

この作品のすごいところは、世間が言うところの「あばずれ」を強調し、最後に真実を見せることで、「それでもまだレイプではないと言い張りますか?」という問いかけをしている点ですね。

あの夜、マリファナを吸いながら酒場に現れたサラ。イケイケのお姉ちゃんです。

告発の行方 ジョディ・フォスター

酒に酔って、いい気分で居合わせた男たちとピンボールを始めるサラ。

告発の行方 ジョディ・フォスター

告発の行方 ジョディ・フォスター

胸もはだけた格好で、挑発するように踊り出す。
見る側に「これは同意の上ではないか」と感じさせる演出です。

告発の行方 ジョディ・フォスター

告発の行方 ジョディ・フォスター

でも、こうなったら、レイプであるのは明白です。
この状況で「警察を呼んで」と助けを求めたり、屈強な男たちの手を振り払って、逃れることができるでしょうか。

告発の行方 ジョディ・フォスター

告発の行方 ジョディ・フォスター

最初、遠巻きに見ていたケンも、ついに意を決して公衆電話に走る。

告発の行方 ジョディ・フォスター

周りではやし立て、見物する男たち。

告発の行方 ジョディ・フォスター

ちなみに、この場面、男性らはジョディが可哀相で演技できなかったそうです。(映画雑誌で読んだ記憶あり)
逆にジョディに励まされて、やっと撮影が進んだとのこと。

そうして、裁判を通じて、次第に友情が芽生えるサラとキャサリン。

サラの趣味は星占い(ホロスコープのチャートを描くこと)。「占いなんか、興味ない」というキャサリンも、最後にはサラの作った星図を有り難く受け取ります。

告発の行方 ジョディ・フォスター

最後は勝利するけども、サラはこれからだって「自業自得」と言われ続けるかもしれない。

「酒場でレイプされた女」「あんな格好で酒に酔う方が悪い」と。

だけども、女性が「嫌」といい、泣いて、抵抗するものを、無理やり犯せば、それは強姦なのですよ。

たとえ、証拠がなくとも、司法的な判断では強姦罪に値しなくても、強姦は強姦、暴力は暴力。

パンツ脱がした時に濡れているからといって、和姦にはならないんですね(このエピソード、田中裕子の『ザ・レイプ』にありました。心で嫌がっても、性器を守るために自然に分泌する、ということが、正しく理解されてない)

男性は、たいてい思ってる。「たかがセックス」と。

「たかがセックス」だから、何がそんなに傷つくのか、不思議なのかもしれませんね。

でも、男性だって、ガチな兄貴に後ろの孔を無理ヤリ犯されて、「このビデオ、会社と身内にバラすぞ」と脅されたら、イヤイヤでもホモビデオに出演したり、もう一回やらせたり、するんじゃないですか?

大勢に手足を押さえつけられ、後ろから犬みたいにやられたら、立派な社長さんだか、賢人だろうが、女性の屈辱的な気持ちが分かると思うんだよね。

そんでもって、警察やお医者さんの前で、肛門を広げて見せるんだよ。内診されて、器械つっこまれて、写真とられてさ。

「それだけ腕力があれば、振り切って逃げることもできたでしょ」
「相手の顔を見て、そっちの人と分からなかったんですか」
「ホントは、その気もあるんじゃないの」
「ホモビデオの撮影ぐらい、断れるでしょ。警察に相談すればいいじゃん」

周りに嘲られ、責められて、それでも「オレは男に犯されたんだ」と世間の前で主張できるなら、たいしたもんです。

男性は、「嫌なら逃げられるはず」という思い込みがあるから、「させる」=「合意」と見下してかかるけど、女性が男性の暴力をどれほど本能的に恐れているか、まったく理解していない。それは強姦のみならず、父親=娘、夫=妻も、同様です。

「女性も声を上げればいい」と簡単に言うけれど、それと引き替えにするものは余りに大きい。

卑怯というなら、泣き寝入りせざるを得ない理由を、女性の弱さや自己責任に転嫁する、世間の声なのです。

通報と裁判

追記になりますが・・・

「何かあったら、警察に通報したらいい」と、みな簡単に言いますけど、警察の事情聴取って、「もしもし電話相談」と全く異なるんですよ。一度でも経験された方なら、あの異様な雰囲気が分かると思います。

たとえば、あなたが学校で財布を盗まれたとします。

警察は、多分、「あなたが一番親しくしている人は誰ですか」と聞くでしょう。

なぜって、身近に犯罪が起きれば、あなたが親しく接している人から容疑がかけられるからです。

「あの人が犯人とか、有り得ない。A子ちゃんは、そんな人じゃない」と主張しても、警察は容疑の高い方から調べますから、自分は被害を届けただけなのに、自分の親友が取り調べを受けて、容疑者にされるという現実を目の当たりにするわけ。

そんでもって、自分自身の行動も根掘り葉掘り聞かれ、記憶が曖昧で、言ってることが合致しないと、またそこを突っ込まれる。こっちは被害者なのに、誰が被告かわからんような感じです。

そして、裁判になると、それこそ舌戦ですよ。

向こうに明らかに非があっても、相手は「あなたの落ち度」「偶発的な事故」と自分のクライエントの弁護に終始しますから、あなたの気持ちとか立場は二の次です。「あなたの状況に同情はするけれど、あなたが騒ぎ立てるほど悪い事はしてない」みたいなね。それが仕事といえば、そうだけど、原告の立場に立てば、釈然としないことはいっぱいあります。

私の場合、レイプ裁判じゃないから、相手の弁護士が「こうだ」と言っても、「違います」と堂々と反論できたけど、これが性的な事なら、とてもじゃないけど、大勢の前で「パンツを脱がされた」とか「三度も挿入された」とか、たとえ目隠しスクリーンがあっても、言えない人の方が大半だと思います。

その末に、「これは性犯罪ではありません」と司法的に結論づけられたら、その人の尊厳はどうなるんでしょう、という話です。

性犯罪において、女性が「やられ損」な状況はこれからも続くだろうし、悪いのは男の方なのに、「なんで、そんな時間に一人で歩いてた」「タンクトップに短パンなんて、やっていいよ、と言ってるようなもの」「蹴りを入れて、逃げられないのか」みたいに言われ続けると思います。

でも、これは決して他人事ではない。

明日、あなたの身に降りかかるかもしれません。

そんな中でも、せめて女性だけは、女性の味方であって欲しい、という話です。