石井 光太『絶対貧困』 苦しみを比較してもなあ・・

絶対貧困―世界人口約67億人のうち、1日をわずか1ドル以下で暮らす人々が12億人もいるという。だが、「貧しさ」はあまりにも画一的に語られてはいないか。スラムにも、悲惨な生活がある一方で、逞しく稼ぎ、恋愛をし、子供を産み育てる営みがある。アジア、中東からアフリカまで、彼らは如何なる社会に生きて、衣・食・住を得ているのか。貧困への眼差しを一転させる渾身の全14講。

「スラム」とか「饑餓」とかいう言葉を聞くと、二番目にはこう考える人が多いのではないだろうか。

世の中にはもっと苦しんでいる人がいっぱいいる。それに比べれば、私の悩みなんて・・・

実は、こういう考え方はあまり好きでない。

「今、まさに悩み苦しんでいる人」にとっては、それが傍から見ればどんなちっぽけな問題であろうと──小指にトゲが刺さった程度のものであろうと──心の中では死活問題だったりする。

「他にもっと苦しい思いをしている人がいる」からといって、その人の苦しみが消えて無くなるわけじゃない。

比較論で悩みをリサイズしても、何の慰めにも励ましにもならないからだ。

私がこの本を手に取った動機は、こうした現実にあまりに関心がなさすぎるのでは、と思ったからだ。

はっきり言って、その頃、私は育児にてんてこまいだったし、遠い国の飢餓問題より自分の子供にしっかり食べさせることの方が大問題、明日にも死にそうな100万人の子供を救うことより、「腹へった!」とゴネて不機嫌な我が子をいかにしてなだめるかに心を砕いていたから、ネットの片隅に「飢えた子供に愛の手を」という公共広告のバナーを見てもピンとこない。

おそらく、こっち側で暮らしている人間にとっては、今目の前の現実の方がはるかに大事で、自分達が食べることで精一杯。

海の向こうに悲惨な現実があると知っても、直ちに動こうとは思わない。

決して情がないわけではないけれど、どこか遠くに見ている──そんな感じではないかと思う。

だから、Amazonの書評でチラと見かけた時、一度はこうしたジャンルの本を読んでおいた方がいいかも、と考えた。

かといって、ヒューマニズムを全面に押し出した、善意の物語みたいな本は読みたくない。

人間的な視点で紹介しているものがいいと思った。

それが『絶対貧困』。

著者自身も述べているように、この本には「飢えて可哀相」「貧しい人はもっと苦しんでいる」みたいな記述はない。

サバイバル旅行記のように淡々と現実を紹介している。

スラムにも恋愛があり、子供の笑い声があり、人間くさいドタバタがある。

弱者を一段上に奉って扇情するのではなく、我らフツー人と同じ視線、同じ地平線上で、過酷な現実に生きる人々の姿を「隣人の眼差し」で見つめているのがの本である。

だから、読後感もサッパリしているし、罪悪感にさいなまれることもない。

むしろ「可哀相、可哀相」のオンパレードに本当に救いがあるのか、と、思ったりもする。

どんな悩みがあろうと──職場のお局に嫌みを言われるとか、彼氏に今にもフラれそうとか、友達に誘ってもらえないとか──、雨風をしのげる家があり、家に帰ればふかふかの布団があり、とりあえず明日食べる物の心配をすることもない、というだけで幸せ、心から感謝すべきことなのかもしれない。

でも、スラムに住む人々は、富める者が苦しみの度量を比較し、今ある幸せに感謝する為に存在するのではなく、同じ地平線に立つ人間として、彼らは彼らなりの人生を生きているはずだ。

「あの人たちの方がもっと苦しんでいるはずだから」というのは、ある意味、持てるものの傲慢というか、比較検討すること自体が間違いなのではないか。

結局のところ、彼らには「何も無い」と決めつけて、自己満足を得ようとしているだけの話なのだから……多分。

私もスラムを実際に見たわけではないので、現実に訪れたら、また考えも変わるのだろうけど、この本を読んだ時点での私の感想は以上の通り。

「世の中にはもっと飢えて苦しんでいる人がいる」としても、今、目の前で苦しんでいる人(トゲが刺さった程度の問題であっても)の気持ちまで否定することはできない。

もっと悲惨な現実を持ち出して、痛みを打ち消そうとするのは、双方にとって間違いなのではないだろうか。

P.S
こういうことが言いたい本ではないのだけれど、とりあえず感想ということで。

§ 関連アイテム

アジアの路上で物乞う人々と触れ合い、語り合ってみたい―。そんな思いを胸に、著者の物乞いや障害者を訪ねる旅が始まる。カンボジアの地雷障害者やタイの盲目の歌手、ネパールの麻薬売人らと共に暮らし、インドでは幼児を誘拐して物乞いをさせるマフィア組織に潜入する。アジアの最深部に分け入った衝撃のノンフィクション。

石井さんの本は読みやすい。「文章が平易すぎる」というレビューもあるけど、こんな現実、シリアスに書かれたら普通の人は重くて読めないでしょ。
あえて「旅行記」のようにまとめているところに石井さんの主張があるように思う。

貧困に喘ぐタイの山岳地帯で育ったセンラーは、もはや生きているだけの屍と化していた。実父にわずか八歳で売春宿へ売り渡され、世界中の富裕層の性的玩具となり、涙すら涸れ果てていた…。アジアの最底辺で今、何が起こっているのか。幼児売春。臓器売買。モラルや憐憫を破壊する冷徹な資本主義の現実と人間の飽くなき欲望の恐怖を描く衝撃作

映画化もされた非常にセンセーショナルな作品。評価も真っ二つに分かれています。
小説も映画も見てないので私の感想はないですが、一度、読んでみたい作品です。

※ 読みました・・Amazonのレビューにもありますが、くどいほどの性描写に耐えられるか、ですよね。でも、児童の人身売買にまつわる、えげつない手口と、それを買う客の気味悪さ、子供に無理矢理ホルモン剤を投与してまで快楽を得ようとする実態に吐き気満開です・・作品としては読み応えがありますが、読後感爽やかな、救いのある話ではありません。

イスラームの国々では、男と女はどのように裸体を絡ませ合っているのだろう―。「性」という視点からかの世界を見つめれば、そこには、性欲を持て余して戒律から外れる男女がいて、寺院の裏には神から見放された少女売春婦までがいる。東南アジアから中東まで旅し、土地の人々とともに暮らし、体感したあの宗教と社会の現実。戦争報道では分からない、もう一つのイスラーム報告。

これもチョット興味あります。

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