青春はバブルと共に潰え ~『おやじギャル』の中尊寺ゆつこさんを悼む / 「ドリフターズ」から「ひょうきん族へ」バブルとお笑い

最近、「婦人公論」のバックナンバーで、今は亡き中尊寺ゆつこさんのお母さまの手記を読みました。
中尊寺さんは、幼い子供を残して、42歳で亡くなっているんですね。
同世代のお姉さま的存在だけに、その死が今も悼まれます。

中尊寺さんの作品は、単なるOL漫画の域を超えて、バブルという時代を象徴するキャラであると同時に、同世代の女性のホンネや葛藤を代弁してくれる、頼もしい存在でもありました。
生き続けて下さったら、もっと面白い話が聞けたでしょうに。
本当に残念です。

バブル全盛期、それまでオヤジの領域だった居酒屋、競馬場、パチンコ屋に堂々と出没し、巧みな男操作でアッシー君やメッシー君を使い分ける一方、ディスコのお立ち台でガンガン踊りまくって、スタミナ・ドリンクをぐいぐい飲み干すようなハイテンション・ギャル=「おやじギャル」という流行語を生み出した伝説のOL漫画。
あの頃の若い女性は本当に元気で、「欲しいものは自分で掴み取る」という気概にあふれた人が多かったかな。
この漫画の主人公、『白井麻子』ちゃんも、ワンレン、ボディコン、プアゾンといったバブル期の必須アイテムをしっかり抑えていて、出勤用のスーツは総額40万円、オトコはジャニーズ系の若いツバメからゴルフ大好きのおじ様まで色とりどりで、「自分ほどいい女はこの世にいない」と信じきっている、ものすごいタカビーな女なのだけど、根は単純で、案外マジメ――というのが魅力でした。
「円高差益を利用して香港までブランド物を買いだし」――なんて、ほんと、懐かしいです(笑)

以下のテキストは、2005年、中尊寺さんの訃報を知った時に書いたものです。

中尊寺ゆつこさん急死「オヤジギャル」で人気博す

中尊寺ゆつこさんの「お嬢だん」が好きだった。

ワンレン、ボディコン、グルメにゴルフ、円高差益を利用して香港で買ったブランド品で身を固め、丸の内を闊歩する無敵のOL、白井麻子(しらいまこ)は、今現在、三十代後半から四十代前半の女の活力そのものだった。

あの面白さは、バブルに青春時代を過ごした女でないと分からない。

ブラックデビルやホタテマンのような、バカなお笑いを主にした「オレたちひょうきん族」が、オーソドックスなお笑いの「ドリフターズ 八時だよ!全員集合」を打破し、「THE MANZAI」で、ビートたけしや山田邦子、島田伸助といった新手のお笑い芸人がきら星のごとく現れたあの時代。
若者は、ヘラヘラ、フワフワとして、何を言っても通じない「新人類」と呼ばれていたけれど、社会は完全な売り手市場で、大学には求人があふれかえり、面接に行けば、豪華な幕の内弁当や手土産でもてなされ、新人研修は軽井沢の高級リゾートで……なんていうのが当たり前の時代だった。

ゆえに、女たちも怖いものなし。

それまでタブーとされてきた競馬場、居酒屋、パチンコに堂々と顔を出し、ファッションでもグルメでも、己の享楽の為なら、何十万円の出費も厭わない、強気のキャラクターでぶいぶいならしていた。

恋愛も、アッシー、メッシー、本命、トモダチと、場面に応じて巧みに使い分け、軽四に乗った男なんて男じゃないと目もくれず、ひたすら三高(高収入・高学歴・高身長)ゲットを目指して、自分磨きにいそしんでいた。

あの頃も、「純愛」というのが流行ったけれど、それはセカチューや冬のソナタのように、トロトロ、ジメジメした、お涙頂戴のメロドラマではなく、「ブランドのネックレスやクリスマスイブのスイートルームにこだわらず、一人の男と付き合う」、いわば、手作りのプレゼントに感動する気持ちが純愛だと、単純に考えていたように思う。

その底抜けの明るさ、自分第一のたくましさ、ビンボーで背が低くて三流大卒の男には目もくれない貪欲さは、今の十代、二十代の若い女性に比べて、はるかにバイタリティに満ち、単純で、分かりやすい。

今でこそ、「心の傷」とか「自分探し」という言葉は市民権を得ているけれど、私たちがぶいぶい言わせていた頃は、「傷ついた」とか「癒されたい」などという人は、「ネクラ」と呼んで、徹底的に嫌っていたのだ。

それが十年も経たないうちに価値観がひっくり返り、「2万円で素敵にコーディネートを楽しむ」とか、「未熟でビンボーな年下君を可愛がる」のが主流になって、イケイケ、ピチピチのはずの若い女性が、温泉だの、ヒーリングだの、リフレクソロジーなどに夢中になって、口を開けば、「疲れた」とこぼしている。

これで世の中、面白いわけがない。

私たちがバブルを謳歌していた頃も、受験戦争や過労死など、暗い側面はあったけれど、猛烈な受験勉強や、「二十四時間、戦えますか」の多忙さが、私たちの生活に弾みを付けていたのも事実だ。

いわば、「よく遊び、よく学ぶ(働く)」、メリハリががあったからこそ、虚しさも疲れも知らず、弾ける時には思いきり弾けて、自分らしい生活を楽しんでいたように思う。

大阪に住んでいた頃、通勤電車の中で、女子中学生が二人、将来について話し合っているのを聞いていたら、
「今は不況だから、何をやっても先が見えてるよね」「大学行っても、仕事があるかどうか、分からないしねえ」
なんて、しみじみ語り合っているのに愕然としたことがある。

私が中学生の頃は、「一流大学→一流企業→天下太平」の図式が明快で、人も社会もこれからどんどん豊かになるという上昇気流の中で生きていた。
恋も、仕事も、結婚も、自分が「落ちる」なんてことは考えもせず、大多数の人が、右肩上がりの明るい羅針盤を、何も考えずに、一直線に駆け上がっていったような気がする。

もし、自分の将来に、暗いこと、落ちることしか待ち受けていないと分かったら、年寄りはともかく、若い人は萎んで当然だし、「何のために生きているのか」と、自身について懐疑的になるのも致し方ないだろう。
受験地獄や過労死で、突然自分を失うのも悲劇だけど、中途半端な豊かさや幸福の中で、ゆっくり死んでいくのも耐え難い苦痛に違いない。

もっとも、死ぬか生きるかを決めるのは、本人次第だけれど。

中尊寺さんが亡くなって、これでいよいよ私の青春も終わったなあと、淋しく感じた。

そして、バブルの華やかな面影もますます遠ざかり、バブルの兵たちは、都心に買ったマンションで、酒井順子の「負け犬の遠吠え」を読みながら――、あるいは高台にある二世帯住宅のリビングで、VERYやCLASSYを読みながら――、どっちにしても、もう二度と帰らない、華やかなりし日々に思いを馳せるのである。(多分)

中尊寺さんのご冥福を心からお祈りします。

楽しい漫画を、本当にありがとうございました(^^)

§ お笑いの変遷

1970年代、土曜日の夜8時からライブで放送されていた、オーソドックスな笑いの人気番組。
常に高視聴率を誇り、「お化け番組」とも呼ばれていました。
子供の頃は、これを見ないことには一週間が終わらなかったものです。
で、ドリフの後は、「Gメン75」→「影同心」or「ウィークエンダー」と見る番組が決まってましてね。
土曜日の夜だけは午後11時ごろまで起きていてもOKだったので、本当に楽しかったです。

こちらはドリフのお得意のホームコント。
この頃は、キャンディーズ、西城秀樹、桜田淳子といった歌謡界のアイドルが総出演して、ドリフと一緒に楽しいコントを繰り広げてくれたもの。
まさにオーソドックスなお笑いです。

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しかし、高視聴率を維持していた人気お笑い番組も、1980年代に始まった「オレたちひょうきん族」(番組を手掛けたのは、「笑っていいとも」や「The Manzai」等で世相に大きな影響を与えたフジテレビの名プロデューサー横沢彪さん)の前に次第に影が薄くなり、ついには番組終了へと至ります。
(「オレたちひょうきん族」は、TBSの「8時だよ!」に対抗するように、同じ土曜日の夜8時から放映されました)

世間の好みが、オーソドックスなドリフターズの笑いから、「軽薄短小の時代」を象徴するような、意味不明のバカバカしいギャグへと移り変わっていった、実に象徴的な出来事でした。

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「ひょうきん族」では「たけしとさんま」、「笑っていいとも」では「タモリとさんま」がゴールデン・コンビで、この頃、トーク番組で、たけしやタモリがさんまちゃんに、「お前はどっちの味方なんだ」なんて、よく突っ込み入れてましたね。
で、さんまちゃんは、その時々で、「僕はたけしさんの犬です、ワンワン」とか答えたりして、すごく面白かったもんです。

ひょうきん族では、さんまの「愛人ギャグ」が秀逸でした。
時々、ギャグか本音か分からないような台詞もあって、楽しかったですよね。

意味不明ギャグのはしり。他にも、「ほたてマン」「蜂の一刺し」「吉田君のお父さん」とか

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ちなみに、私が一番感動したのは、「タケちゃんマン」のコーナーにサザンの桑田祐介が出演して、「あみだババア」の歌をギターで弾き語りされたこと。
さんまが歌う、「あみだくじ~、あみだくじ~、どれにしようか、あみだくじ~」というアホな歌が一転して、バラード調の、きゅーんと切なくなるような歌に早変わりし、桑田さんて、本当に天才なんだなーと、しみじみ感じ入った一こまでした。

あと歴史的回が、ダンカン、山田邦子らの踊る、マイケル・ジャクソンの『スリラー』でしょう。
あの難しい振り付けを、太目のダンカンがマイケルに肉迫するシャープな踊りを披露しただけでなく(これは本当に凄かった。相当練習したらしい)、ゾンビ達のメイクや踊りも本物そっくりで、もはやパロディとは思えないような素晴らしい出来映えでした。

ちなみに、『スリラー」の中には、山田邦子にそっくりなゾンビが登場すると巷で話題だったんですけど、それをいち早く取り入れ、「本当に邦子に踊らせた」センスが抜群でしたよね。

【追記:スリラーのパロディはこちらでご覧になれます。
マイケル・ジャクソンの何がそんなにスゴかったのか (ひょうきん族のパフォーマンス付き)

似たような話に、『インディ・ジョーンズ 失われたアーク』のパロディ版があります。
「インディ」の悪役に桂文珍にそっくりな役者さんが登場するんですけど、それも本当に桂文珍が演じて、とても話題になりました。

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