私が八神純子さんを初めて見たのは、歌謡界の超人気番組『ザ・ベストテン』(司会:久米弘&黒柳徹子)の「今週のお客様」のコーナーでした。
『水色の雨』を歌われたのですが、その声の美しさや透明な響き、音楽のセンスにものすごく感動して、「ああ、この人、スターになるな」と思ったら、一夜にして注目の的に。
その後、数年は、屈指のヒット・メーカーとして大活躍されたのでした。
今でも「歌の上手い人」はたくさんいますけど、「歌を聴かせる人」は稀ですよね。
パンチやボリュームはあるけれど、抑揚に欠ける――とでも言うのでしょうか。
「カラオケの女王」みたいなのではなく、「この人、プロだわー」って感嘆させられるような喉の持ち主がめっきり減ったように感じます。
たいていの流行曲は、十年も経てば古くさく感じるのですけど、八神さんの歌は今聴いても十分通用するのではないでしょうか。
また何らかの形で日本の歌謡界で活躍して頂きたいですね。
こちらは、八神さんのデビュー曲、『思い出は美しすぎて』
アコースティック・ギターの伴奏だけで、ここまで歌える人も希有でしょう。
曲も歌詞も美しくて、ほんと、聞き惚れます。
私は『想い出のスクリーン』が一番好きだった。
愛しているのなら 愛していると 言葉にすれば よかった
少し素直な私を もう一度 見つめて
という歌詞が、痛い経験を思い起こさせます。
八神さんは声もいいけど、歌詞も素晴らしいものをお書きになるんですよね。
『ポーラ・スター』も私のお気に入り。
よくここまで伸びのある高音が出るものだと感心します。
カラオケのレパートリーに入れてますけど、すごく調子の良い時でないと歌えません(汗)
純子さんの代名詞ともいうべき大ヒット曲『パープル・タウン』。
ベストテンでも長いこと1位の座をキープしていました。
「ニュ~ヨ~ク 紫に煙る夜明け」という歌詞に、まだ見ぬNYに思いを馳せた人も多かったのではないでしょうか。
歌う時、「パープル・チャウン」のように、「T」の発音を強調するのがポイントです。
歌謡界に衝撃を与えた八神さんのデビュー曲第二弾。(第一弾は『想い出は美しすぎて』)
ベストテンのお客様のコーナーに登場したと同時に世間の注目を集め、あっという間にスターダムを駆け上がりました。
こちらはアイドル的な売れ方をしていた八神さんが、新しい可能性に挑むように打ち出してきた全盛期ちょっと後のヒット曲。このあたりからどんどん歌の傾向が変わって、アメリカに行ってしまわれた経緯は上に書いた通りです。
売れすぎたがゆえの苦悩があったのでしょうね。
こちらがおすすめのベスト盤。
「ポーラ・スター」「Mr.ブルー」「アイム・ア・ウーマン」など、懐かしのヒット曲が収録されてます。
八神さんが語る過酷なアイドル歌手の宿命と、やっと手に入れた幸福。
今がどんな形であれ、八神さんが幸せに感じるならそれでいい。
楽しく音楽が作れるなら、ファンも嬉しいよね、きっと
情報提供、山本さん、ありがとうございました。
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Comments
トムソンさん、コメントをありがとうございました。
八神純子さんがデビューされた時の衝撃は今も忘れられません。
「上手い」とか何とか、月並みな言葉で表現できるレベルじゃないですよね。
もう50歳になられるのですか・・
アメリカに移住されてから、日本ではほとんど聞くこともなくなって、本当に淋しく感じますね。
今の若い子なんて、知らないでしょう。もったいない・・
また何かのきっかけで注目されたらいいですね。
CMなんかに使われないかしら♪ なんて思います。
初めまして。純子さんの熱烈?なファンの一人です。
純子さんをヨイショしてもらって自分の事のように嬉しいです。
歌が上手く、曲も歌詞も美しいという事は完璧ですね。私もこの曲を聴くと身体中がジーンとして、まさに全身さぶいぼ状態です。ほんと聞き惚れますよね。
これほど歌が上手くて、心の琴線を揺さぶるシンガーはそうそうはいません。
純子さんは来年でちょうど50歳、デビュー30周年と言う事で、まだまだ現役で活躍できそうなんですが残念ながら現在音楽活動休止中です。それどころか日本に住んでいなくてファンは多少もどかしく悶々とした生活を送っている状況です。(ちょっとオーバー・・・)
初めまして。「思い出は美しすぎて」は、何度聴いてもいいですね。八神純子さんの曲の中で一番好きです。1978年、この曲がリリースされて、かれこれ、30年も経っているのに、今、聴いてもまったく色あせていませんね。
学生の頃、初めてこの曲を聴いたとき、本当に驚きました・・・澄み切ったハイトーンの歌声、これは何というか・・・もう人間技ではないと思いました。それに、歌詞と曲のマッチングの絶妙さ・・・切なさが心を揺さぶります。メロディが大好きなボサノバ風なのでなおさら気に入りました。加えて、バックの演奏が秀逸です・・・とりわけ、サンタナを彷彿とさせるリードギターは泣かせます。イントロから、エンディングまで、どこをとっても素晴らしい。その上、想定外のサンバホイッスルが鳴り響いたときには・・・全身に衝撃が走り抜けました。
この曲にまつわるひとつの思い出があります。この曲がリリースされた年の4月、付き合っていた彼女と大井川鉄道に乗ってハイキングに行きました。塩郷という小さな無人の駅で下車。しばらく歩くと、行く手にすごく長い吊橋の前に出ました。ゆれる吊橋を渡りきって振り返ると、辺り一帯に桜が咲き乱れ、その中を大井川がゆっくりと流れて行きます。少し上流の方には、川の中に突き出した小さいな半島みたいなところがあり、木立が風にそよいでいました。すべてが絵に描いたような美しさで、なんだか水彩画の中に迷い込んだような錯覚がしてきます。川原に下り、半島まで歩いて行き、そこで、ラジカセから流れる「思い出は美しすぎて」を聴きながら、2人でいつまでも景色を眺めていました。
申し訳ありません。通りがかりの者なのに、個人的なことを長々と書いてしまいました。お赦しください。
Steveさん、丁寧なコメントをありがとうございました(^^)
私は初めて聴いた曲が「みずいろの雨」だったのですが、やはり衝撃でしたね。
声の美しさ、作曲のセンス、どれをとっても希有な才能を感じます。
「思い出は美しすぎて」は歌詞も抜群に優れていますよね。
今はもうほとんど日本の歌謡界にも顔を出されないのが惜しまれます。
こういう曲こそ若い人に聞いて欲しいと思うのですが。
Steveさんの思い出も美しいですよね。
その場面も、相手のことも、美しい絵になって心に残っているのでしょうね。
素敵なお話をありがとうございました。
また遊びに来て下さいね。
こんにちは、二度めのおじゃまです。
前に来た時より曲数が増えていますよね。嬉しいです。
>よくここまで伸びのある高音が出るものだと感心します。
これがキンキンしていなくて心地いいんですよね。
>すごく調子の良い時でないと歌えません
彼女の曲は難しいですよね。普通、調子良くても歌えません。彼女は他人も歌いやすいようになんて事を考えてません。GOING MY WAYです。ユーミンや中島みゆきさんと違って提供曲少ないですもん。基本的にシンガーなんですよね。
彼女の良き理解者であった故宮川泰さんは、今後望むこととして、もっと狭い音域で誰でも歌えるように曲を生み出してほしいと言っていたそうですが・・・。
私は純子さんらしくていいと思います。
>「パープル・チャウン」
おもしろい、優月さん、おもしろいです!!
女性の方は、(優月さんは別として)純子さんの上品なお色気を感じさせる歌い方って反発しちゃうんですか。
なんとなく同性のファンは少なそうなので・・・
今日は純子さんの50歳の誕生日です。
今年は活動再開とか再評価とかあるかなあ、ないでしょうねえ。近況報告ぐらいはどこかのテレビ番組で企画してほしいなあ。
長くなってすみませんでした、それでは。
トムソンさん、度々のご訪問をありがとうございます!
純子さんの歌は本当に難しいですよね。
カラオケ文化花盛りの現代の風潮からは考えられないような職人であり、プロであると感じます。
でも、それが純子さんらしくて、ますます好きになってしまうんですよね。
私の友達はみんな「パープル・チャウン」と意識して歌っていましたよ(笑)
Townの「T」の発音がミソですよね。
少なくとも、私の周りではすごく人気がありました。
活動を再開されたら、私の年代の女性=バブル期青春世代はすごく喜ぶと思うのですが、またぜひ、出てきて欲しいですよね☆
あれは高校2年生の頃、バイト先の社員に片思いして、告白できずつらかった私が聴いていたのは八神純子さんのベストでした。(今のは違うかも!?)
「夢見る頃をすぎても」「夜間飛行」
今聴いても懐かしくて涙が出てしまいます。
彼女の歌唱力は素晴らしいですね。
確か現在はアメリカ在住だと思いますが、今でも活動してるんでしょうか?
ああ、また聴きたくなってきた!
純子さんは歌もいいけど、歌詞もいいんですよねー。
「愛しているのなら 愛していると言葉にすれば・・」のくだりは私のバイブルですよ。
「夜間飛行」もロマンチックな曲でした。
時々、日本に帰って、ちょろっと歌手活動されてるみたいですけど、また人気を盛り返して欲しいですよね。
JI1Vさん、コメントをありがとうございました(^^)
八神さんの歌を初めて聴いた時の衝撃は本当に忘れられないですね。
あの頃はアイドル全盛期で、「カワイ子ちゃんがついでに歌ってる」という感じのが多かったですが、八神さんは正真正銘の『歌手』で、世の中にこんな歌の上手い人がいるのか!と陶然としたものです。
八神さんのポッチャリしたお顔も男性から見たらそそられるのでしょうね。
私もデビュー当時のボサノヴァっぽい曲の方が好きでした。
だんだん流行歌的な作りになってきて、「アレ?」と思い始めた頃にアメリカに行ってしまわれたので、ご本人も意識するところがあったのかもしれませんね。
サンバホイッスル! それは重いでしょう。
つい「キャプテン翼」を連想してしまいました・・。
でも、音はいいですよね。
それはそうと、山海堂が倒産してしまったのですか!!
私が海洋工学に興味を持っていたころ、山海堂の書籍には本当にお世話になって、骨太な出版社だワと尊敬していたのですが。
また一つ、日本の貴重な知的財産が失われたような気がいたします。。
まりや先生のベスト盤も楽しみですね。
うちのサイトでも「駅」と「Oh no, Oh Yes」の特集をしたいなぁと思っていたのですが。
山下達郎先生のCDも一枚だけ持っています。
時々、ミスタードーナツと、あの頃大好きだった人のことを思い出しながら聴いていますよ♪
初めまして。八神純子、で検索してここにたどりつきました。当時いたいけ?なロック少年だった私はロッキンfという雑誌でこういう歌手がデビューすると聞いてなんとなく興味があったのですが、ラジオでデビュー曲を聞いてビックリ。外見も含めてすぐ好きになってしまいました。最初に動く八神純子を見たのは、多分「銀座NOW」というテレビ番組。そしてみずいろの雨、の大ヒットによりその後はヒットチャートの常連でしたね。八神さんはどの歌も好きなのですが、私も「思い出のスクリーン」はかなり上位で好きです。
トムソンさんも書かれていますが、当時朝日新聞の夕刊記事でヒット歌謡を宮川泰さんがコメントするのが連載されていて、八神さんを絶賛していたのを覚えています。若妻のお色気、みたいな記載があったような?
デビュー当初はボサノヴァが好きって言ってたと思いましたが80年代半ばになると黒人音楽に傾倒していってて、それもそれでいいのですが、個人的には前のほうが「より」好きでした。ちなみに80年代前半にサンバホイッスルを買ってぶら下げていた手合いです。ホンモノは重すぎて、途中で軽量なコピーものに変えましたけど。
優月さま
高い音がきれいに出るひとは、それ以前にも森山良子さんとか、いらしたのですが、曲が全て好きという訳ではなかったところで、八神さんはメロディのセンス、当時のニューミュージック界の有名どころの演奏と抜群のアレンジ、歌っていないときのはつらつとしたしゃべり、色気のあるくちびると愛らしい顔立ちに一気にマイってしまいました。
デビュー当時に、これまた朝日新聞の夕刊の音楽欄で「ハヤリではないボサノヴァが好き」と紹介されていた事も覚えています。当時からスティービー・ワンダーが好きと公言してましたので、黒人音楽に傾倒していったのもわからなくもありません。ボサノヴァっぽいのは散々やって飽きちゃったのかな、とも思っています。
サンバホイッスルのホンモノは¥5Kくらいしましたが、真鍮の削り出しで大きくて重くて…音はいいのですがタマラズに小さくて軽いコピー品に変えました。安いのはどこにいったか分かりませんが、ホンモノは未だに手元にあります。ちなみにナニに使ったかというと、引越しのアルバイトの時にトラックのバック誘導で使った程度です。
Blogをご覧になっていただけたのですね、ありがとうございます。そうなんですよ。山海堂さんはそうなってしまいました。
まりやが独身の頃はほとんど興味がありませんでした。当時は女性ヴォーカルといえば八神純子に目がくらんでいた頃ですので。ちなみに1982年初頭にアルバイト先で八神さんをお見かけしたことがあって、サインをいただきました。これも手元にあります。
達郎のドーナツ・ソングは、渋谷センター街のダンキンドーナツをイメージして作ったんだそうです。最近ラジオでそう言ってました。
YOUTUBEを観ると、彼女がいかにヒットアルバムを出し続けていかなければならない重圧に耐えていたかが分ります。これを観ると、プレッシャーが相当なものであったと判ります。
彼女と同世代のシンガーとしては、松任谷由美、中島みゆきが連想されますが、やはり、彼女の歌唱力、ボーカルの才能は、群を抜いていたように思います。日本語の詩に絞り、彼女の持ち味を引き出せる歌を、第三者の力も借りて、作り続けていれば、更に大きい不動の地位を築いていたかもしれません。
彼女がアメリカを意識していた事、子供を設ける事は、彼女自身の切なる願いであったとコメントがあります。我々ファンは、これを温かく受入れ、今後も見守り続けていくことが、彼女との接点をうまく理解できることになると思います。
http://jp.youtube.com/watch?v=5jdw7o0URj8
http://jp.youtube.com/watch?v=_1gyjMT7cM0&feature=related
山本さん、こんにちは。
Youtubeのリンクをどうもありがとうございます。
ご自身で「生き方が不器用だった」と仰っていますけど、あの若さで、あんな状況で、器用に生きられる方が怖いですよ。
(「曲が出来る前に発売日が決まっている」……というのが酷いですね。)
そういう見地から言うと、松任谷由実や中島みゆきは、常人には想像のつかないような強さ、たくましさの持ち主なのかもしれないですね。
もう一度、日本の歌謡界に本格的にカムバックする……ということは無いかもしれませんが、八神さんの作品は若い世代にも伝わって欲しいですよね。