看護記録に学ぶ論文・小説の書き方

2017年3月10日

看護学校というと、世間一般には「注射の打ち方や包帯の巻き方を習う」というイメージがありますが、本質は『論理的思考』の訓練です。

論理的思考というのは、患者の状態から、必要なケアを選択し、実施しながら自らの看護行為について考察する、いわば「看護計画の立案と評価」の回路です。

傍目には、お医者さんの側でくるくる包帯を巻いているように見えますが、専門知識のないボランティアと、訓練を受けた看護師では、観察点や手法が全く異なります。包帯一つといえど、巻き方が不適切であれば、血行不良で疼痛や症状悪化の原因になります。くるくる巻いているようで、実際は、患者の状態や解剖生理学を意識しながら、適切な場所に、適切な方法で、巻き付けているわけですね。

それを判断する際、必要とされるスキルが「情報収集」と「分析」、次の学びとなるステップが「評価」と「考察」です。

この思考のプロセスを徹底的に教育する機関が看護学校です。

ゆえに、看護界でもトップクラスのエキスパート・ナースになると、論文や看護の手引きがスラスラ書ける、『執筆上手』が非常に多いんですよ。というより、論文を書く力がなければ、幹部にはなれません。どこの世界もそうだと思いますが、看護界はそれが如実に地位や給料に反映される、ライティング実業界なのですよ。世間一般にはあまり知られていませんが。

幹部でなくても、看護業務の4割から5割くらいは『看護記録』と『業務報告』です。

患者さんの看護もやるけど、詰め所で看護記録を作成したり、看護研究の下書きに当てる時間も半端なく、経理や営業といった一般的な事務職より、『書く時間』はるかに長いです。(看護研究マニアやマニュアル作りが好きな人もいる)

ここでは、その論理的思考のメソッドを、執筆に活用する方法を紹介します。

厳密には「看護記録」と「看護計画」は似て非なるものですし、「アセスメント」「SOAP」「看護診断」などいろんな種類がありますが、専門的な話になるとややこしいので、ここでは分かりやすく「看護記録」に統一します。

情報収集・分析・実施・評価・考察のプロセス

一口に「胃がんの手術」といっても、糖尿病と高血圧の患者では観察のポイントが異なるし、40代の比較的若い患者と80代の高齢者では、対処の仕方も大きく異なります。いくら術後観察が必要でも、糖尿病の患者の血圧ばかり測ってもあまり意味ないですよね。それより血糖値の変動の方が気になります。また80代より40代の方が体力的に強いのは明白ですが、ヘビースモーカーだったり、医師の指示を守らないなど治療に非協力だと、思わぬところで合併症を引き起こすことがあります。(80代の方が経過良好の事がある)

では、その判断の根拠は何かといえば、『情報収集』です。

年齢、性別は言うに及ばず、日頃の健康状態はどうか、アレルギー体質か、職業とライフスタイル、家族関係は良好か、社会的保護を必要としないか、それらが全て「患者理解」の為の情報源となります。

年齢や既往歴といった一般情報に加え、高血糖や高血圧の危険因子があれば、さらに踏み込んだ情報収集が必要となります。それぞれの症状に即した検査結果や別の専門医の見解などです。

情報が一通り揃ったら、そこから必要な看護を導きだします。

重要な観察ポイント、この患者から引き起こされる確率の高い合併症、年齢や症状に合った離床のスケジュール、術後観察に必要な設備や器具、等々。

そして、実際に行ってみると、思わぬ問題が生じることもあります。

理論的には出血が止まるはずなのに、いつまでも血性の排液が続いている。他の合併症が考えられるのではないか。

術前は意欲満々に見えたのに、術後はひどく痛がって、まったく動こうとしない。

呼吸が苦しそうなので、いろいろ体位を変えたが、あまり効果がなく、不眠を訴えている。

実施しながら、さらに情報収集と分析を進め、最善の方法を模索する。これが看護のプロセスです。

そして、ようやく峠を越し、状態が一段落したら、これらのプロセスを振り返って、考察と評価を行う。

果たして、80代の患者に適切だったのか。今後、同様のケースにはどう対処すべきか。

この流れを体系的にまとめたのが看護記録であり、さらに考察を深めて、新たなメソッドに高めたものが看護研究です。

この思考回路と、分かりやすい看護記録を短時間で書き上げる文章力が身につかないと、現場では「役立たず」の烙印を押されるのです。

執筆における情報収集と分析

たとえば「織田信長」の小説を書きたいとします。

出身地や生年月日など、漠然とした一般情報を集めても、オリジナリティは出ません。

織田信長の、何が書きたいのか。

その人生を通じて、何を訴えたいのか。

このテーマが無ければ、どれほどディープな知識をひけらかしても、「つまらない」と言われて終わりです。

百科事典みたいな、カタログ小説ですね。

でも、テーマがしっかりしていれば、情報の集め方も違ってきます。

たとえば、「織田信長を現代のサラリーマン社会に置き換え、リーダーシップとは何か、組織とは何かを問いかけたい」というテーマの場合、織田信長のみならず、同じ戦国時代を生きた武将の生き様や哲学、また現代の名経営者の手法などを調べると役に立ちますね。

他にも、政治学、経営学、経済学など、サラリーマン社会に連なる雑学を仕込めば、自分なりの主義主張が固まり、織田信長と徳川家康の違いや、サラリーマンが参考にすべき点など、いろんな結論が導かれると思います。

文章の端々に見え隠れする「あなた自身の主義主張」が、小説と作家の面白さですよね。

また「織田信長が用いたとされる神剣をモチーフに、読者がワクワクドキドキするよう冒険譚を書きたい」とするなら、当時の戦国武将が身につけた甲冑や馬具、日本刀の作り方や、世界各地に伝わる剣の神話などが参考になるかもしれません。政治学や経済学を取り入れても面白いですが、どちらかといえば、民俗的な情報の方が反映しやすいでしょう。金属学や鉱物学を絡めてもいいですし、地学的に近畿よりも中部地方の方が良質な鋼が生産できる、という科学的事実を加味すると、SFファンタジーでも説得力が出ますよ。

この時、重要なのは、「集めた情報をどのように解釈するか」ということです。

織田信長が27歳の時、桶狭間で今川義元を破ったのは、日本中の誰もが知っています。その時、首を討ち取ったのは誰か、桶狭間の地形は、武将や足軽の装備は、etc、いくらでも情報は見つかります。

でも、集めた情報をグダグダ並べても、個性は出てきません。

「27歳といえば、俺と同じ年齢だ。当時の27歳はどれぐらい大人だったのか。現代の27歳の知見はどの程度か」

「今川義元は油断していたというが、今川は当時の織田をどのような目で見ていたのか。警戒した中での油断か、それともウサギとカメみたいに完全に見下していたのか。あるいは油断したと見せかけて急襲するつもりが、裏をかかれたのか」

「当時の甲冑は20キロの重さがあるというが、自分で実際に装着したら、とても身動きできなかった。当時はあれほどの粗食で、どうやってマッチョになったのか。特別な薬草でも煎じて飲んでいたのか」

解釈を膨らませば、そこに従来とは異なる信長像が浮かんできます。それが「あなたの視点」です。

物語が面白くなるなら、信長はマザコンでもいいし、虫も殺せぬ心優しい男でもいい。実際に桶狭間に赴いたのは影武者で、本物の信長は怖くて納屋に隠れていた……という設定でもいいんですよ。

ただ、あまりに史実から逸脱すると読者がしらけるし、テーマに全く無関係なオレさまファンタジーでは話が続かない。

マザコンにするなら、マザコンを説得する理由がないと成り立ちません。

たとえば、実母に当てたラブラブの手紙とか、濃姫に対する態度はまるで赤ちゃんだったとか。

それはユーモラスな場面かもしれないし、心を刺すような愛憎の物語かもしれない。それが筆力であり、描写です。

いわば、設定を説得する材料と、独自の解釈が生まれた時点で、作品としては八割成功したも同じ。

「一子相伝の暗殺拳」「腐海」という概念だけで、オリジナルの世界観を構築できるわけです。

なおかつ、「一子相伝の暗殺拳」には「核戦争後のマッドな社会」、「腐海」には「自然を滅ぼした歴史と巨大な虫たち」という風に、そのアイデアを説得する材料が揃えば完ぺき。

ただ、それを活かす為には、確固たるテーマがないといけない。単に武闘を描いても、似たような話はごまんとあるわけですから、読む方も退屈です。

そうではなく、極限化での人間の優しさ、男の誇り、兄弟の葛藤など、誰もが心引かれるテーマの上に描かれているから、暗殺拳の面白さが生きてくるわけです。

よく小池和夫先生が「キャラ立ち」という言葉を使われますけども、その逆で、「キャラ死に」してしまう作品は、情報収集が弱く、解釈が平凡なのだと思います。

織田信長の記録を読んでも、刀を振り回す姿しか思い付かない。

「この振る舞いは現代社会では完全にアウトだろ」「この点では武田信玄の方がはるかに勝る」「信長もこう考えれば成功したのではないか」といった独自の解釈や、「これを伝えたい」というテーマを欠いたまま、織田信長のことなら何でも知ってます、みたいなノリで、雑然と知識だけ並べるから、キャラの台詞にも行動にも何の説得力もなく、うすっぺらい印象しか持たれないのだと思いますよ。

まずはテーマありき。次いで、それを具現化するに必要な情報収集。そして独自の解釈と視点。

これを徹底するだけで、面白さはぐんとアップすると思います。

実施=執筆

情報収集と分析の段階で、ストーリーの8割は書けたも同然ですよね(頭の中で)。

早い人なら、解釈の段階で結論まで見えて、あとは一気に書くことになると思います。

途中で詰まるケースは、情報収集や分析が中途半端なのではないでしょうか。

たとえば、織田信長の現代サラリーマン風にするなら、自分の中で結論が必須ですね。「現代サラリーマンはこう生きるべき」みたいなものです。
それを自分の中で構築するには、まず自分自身が納得しなければならない。

自分でも分からないなら、自分の中で結論が出るまで、いろんな本を読み、現場の話を聞き、ドラマやドキュメンタリーを参考にし、徹底的に情報収集して、説得の材料となるものを見出さないといけません。

自分でもどうして生きるべきか分からないのに、織田信長の生き様など、書けないでしょう。

書けたとしても、頭の中でこうこうと想像している程度に過ぎない、腹の底から「こうだ」と言い切る自信がないから、主人公に格好いい台詞を言わせても、台詞だけが空回りして、説得力に欠けるのです。

早く書き上げたい気持ちはあるでしょうけど、まずは自分の中でテーマをとことん煮詰めて、「これ」という核が見えたら、一気に書きましょう。
下書きの段階では滑ってもいいし、横にそれてもいい。途中で結論が変わることもあるかもしれません。でも、とりあえず言葉にしてみましょう。その後で、削ったり、直したり、じっくり推敲すればいいのです。テーマが定まり、主張が固まれば、執筆もうんとラクになるはずですよ(看護研究はその最たるもの)

推敲=考察と評価

「推敲」というのは、文法の誤りを直すことではありません。

完全に他人の目になって、自作を読み返すことです。

誤字脱字のチェックも大事ですが、一番大事なのは、「つまらない」「わかりにくい」を自分自身で見つけ出し、修正すること。

思い入れたっぷりに書いた場面も、不要とあらば、ばっさり消す。

この行動はおかしいと感じたら、結論が曲がっても、一から書き直す。

これをやれるか否かで、成長の度合いも大きく違ってきます。

よく「あの作家はマンネリ」と言われるのも、自分と自作を客観視できないからでしょうね。

自分で自分にダメだしするのは勇気が要りますが、能力のある人ほど、それが出来るのだと思います。

映画のDVDでも、「ディレクターズ・カット(完全版)」と「劇場公開版」を見比べると、「やっぱり劇場公開版の方がテンポがいい」と感じることが多いでしょう。カットされた場面も非常に丁寧に作り込まれて、これをカットする時、映画監督も役者さんも、さぞかし悔しかっただろうけど、冷静に見比べると、やはりこの場面はカットして正解だったと(いじりまくって、だんだんおかしくなるジョージ・ルーカスのようなケースもありますが)

看護研究も、医学論文も、「独りよがりな結論に終始しない」が基本です。

この治療は正しかった! このケアは適切だった!

最初から最後までオレさま肯定の論文など、研究の意味がないですよね。

「患者の状態を考慮して、このようなケアを行ったが、かえって苦痛が長引いたのではないか」

いわば「自分を疑う」ことから、思考が展開し、論調に深みを帯びるわけです。

小説もそれと同じこと。

ワンマンな主人公に、周りの誰もが「そうだ、そうだ」と頷くだけの話など、面白くもなんともないですね。

これが正しいと主張する主人公に対し、否定的な人、無関心な人、攻撃的な人、いろんな立場の人が、様々な意見を交えるから面白い。

「否定的な人」「無関心な人」とは、すなわち、自分自身に対する懐疑です。

自身に対する客観的な視点を欠けば、論文も、小説も、独りよがりで終わってしまうわけ。

優れた論文には、あっと驚くような反証があり、読む方も考えさせられるものです。

社会派コラムでも、最初から最後まで「改革、改革」と叫ぶコラムより、「現時点では改革が必要だが、このような施策を行えば、逆に財源が圧迫される懸念もあり……」のように、(自身の信条は確固たるものだとしても)、自説に対してどこか懐疑的な視点をもつコラムの方が深みがあるでしょう。

推敲もそれと同じ。

言葉だけ直せばOKというものではないです。

主人公の行動は本当に正しいのか、この結論で間違いないのか、常に他人の目で客観的に見つめ、一度は疑ってみましょう。

その感覚が分からなければ、映画の製作秘話などを参考にして下さい。優れた作り手ほど「ああでもない、こうでもない」と試行錯誤を繰り返し、最初の絵コンテと、完成作のエンディングが、まったく違っているケースもあります。(多くの場合、完成作の方が納得いく展開になっています)

看護記録や研究でダメだしされる理由の大半は「考察が浅い」。

起承転結のある、きれいな文章が書けても、論の展開に自省や創意が見られないと花丸はもらえません。

自分で自説に鋭く突っ込めて、初めて一人前になるのです(^^)

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