女性が仕事に生きること

私は、ガチガチの独身主義という訳ではなかったけれど、「三度の飯より仕事が好き」「子供の世話より趣味に走る」等の弊害が予想されたので、夫と子供のために結婚はしない方がいい、とずっと思っていました。

三十過ぎるまで、結婚にも恋愛にも、ほとんど興味がありませんでした。

母が心配して訪れた有名な占い師も、
「この人は独立心が強いので、四十過ぎるまで結婚はありません」
と言い切ったぐらいです。

占い師によると、通常は、伴侶となる相手の顔がおぼろげに見えるそうなのだが、私の場合、相手の顔がまったく見えなかったとのこと。

まあ、ポーランド人だから。
対象を日本人に絞れば、そりゃあ相手の顔は見えないでしょう。
名うての占い師も、さすがに世界規模では力が及ばなかったと見えます。

もし、この占い師に、「占いは当たりませんでしたね、いい加減ですね」と言ったら、「それは、途中であなたが運命を変えたからです」と答えるんでしょうね。
まるで世界滅亡の予言が外れた、新興宗教の教祖みたいに。
「私が祈ったから、世界は救われたのです」というノリです。

……話は逸れましたが……。

そんな感じで、恋愛や結婚からは超越したような私でしたが、もちろん、男性の存在は必要に感じていました。広い、大きな心で、支えになってくれる男性が側にいたら、どんなに楽だろうといつも思っていました。

だけど、二人で共同生活するとなると、どうなるか。
仕事中心に回っている自分のライフスタイルを考えると、とても維持できないのではないか。私の仕事熱が原因で家庭が崩壊するくらいなら、最初から結婚しない方がいいのではないかと、一人で結論づけていたのでした。

それから小説ばりの不思議な経緯をへて今の旦那に出会ったのですが、すっかり落ち着いている所を見ると、やはり相性が良いのでしょう。
彼に決めた時、「この人が好き」という気持ちより、「この人なら私に合う」という観点で決めたので、それが幸いしたのかもしれません。

それにしても、仕事と結婚生活を両立させるのは、思った以上に気力・体力を要するものです。

よく「女性は仕事が出来ない」と言われますが、それは仕事をする能力が無いからではなく、女性は、男性以上に、あっちにもこっちにも気を配らなければならないからです。

さあ仕事をしようと思っても、ベランダを見れば洗濯物の乾きが気になるし、近所の奥さんが布団をパンパン叩いているのを聞くと、ベッドシーツを最後に替えたのはいつだったかしら、と考える。
トイレに立って、鏡台の埃が目に入れば、何日も見て見ぬ振りはできないし、冷蔵庫を開けて、彼の好みのチーズや飲み物が切れていれば、やはり買いに走らずにいられません。

それは、オフィスで仕事をしていても同じでしょう。
書類を作成しながら「今夜のおかずは何にしようかしら」。
伝票計算しながら「今日はスーパーで、お肉と醤油とトイレットペーパーを買って……」。
気になることを数え上げたら、本当にキリがありません。

女性は、「ながら仕事」が得意といいます。
集中力が無いというよりは、気を配らなければならないことが余りにも多すぎて、一つのことだけにかかずらっておれないからです。

もちろん、仕事を優先して、その他のことは無視するという方法もあります。
旦那が帰ってきても、玄関まで向かえに行かない。
冷蔵庫が空でも、「忙しいから」と無視する。
旦那がソファでくつろいでいても、知らんふり。
「月・水・金はあなたが家事をやってね。不公平だから」……etc

が、それをやると、間違いなく夫婦は崩壊するでしょう。
公平とか不公平とか、女性の権利だとか言う前に、基本的な男女の役割や本質は変わらないからです。

男性も、口ではどんなに「君の好きなだけ仕事をしていいよ」と言っても、「ただし家庭内のやるべき事はちゃんとやってね」というのが前提にあります。
いくら男女平等だ、家事・育児分担だと言っても、男性の中身は、女性が考える以上に保守的で、プライドの高いものではないでしょうか。

女性だって、仕事に集中したいし、社会的に評価されたい、結果を出したいと思う気持ちに変わりありません。
出来れば、男性と同じように自由な時間と環境を与えられ、今夜のおかずを気にすることなく仕事に集中できたら、どんなに幸せだろうと思います。

実際、私が彼に対して「クソ!」と思うのは、彼が「お皿を洗わない」「洗濯物を干さない」という不満ではなく、朝から晩まで時間をフルに活用して仕事に専念できる事への妬みなんですね。

もし、女性が結婚して、子供を産んでからも、男性と同じように仕事に打ち込める時間と環境を与えられたら、さぞかし業績も上がるでしょう。
が、それにはやはり限界があって、女性は女性なりに自分の時間と環境を作り出して頑張るしかないようです。

かといって、私はその現実を不公平だとは思わないし、社会の不備とも思いません。
なぜなら「女性」だから。
いくら社会が進歩しようと、その役割や本質は永久に変わらないし、男性や社会に「どうにかしてくれ」と懇願することでもありません。
女性であることの現実を超えて何かを追い求めれば、一方で失うことを覚悟しなければならないのが筋ではないかと思うのです。

となると、仕事で身を立てたい女は、断じて結婚なんかすべきではない――という結論に走りそうになりますね。

が、それもまた間違いで、女性は結婚して精神的安定を得た方が、かえって物事に集中できるものなのです。

今は、「結婚すると自由がなくなる」「今は仕事に専念したい」といった理由で結婚を先延ばしする女性も多いようですが、私の経験から言わせてもらえば、そういう人こそ早く結婚して、仕事の足場となる人生の礎を築くべきだと思うんですね。

確かに、仕事というのは、それに専念できる時間と環境が無ければ、成果を上げるのは難しいし、「今夜のおかずは何にしようかしら」と考えながらでは質も落ちます。
仕事に必要な『絶対的孤独』を確保する上で、結婚生活が足枷になる事実は否めません。

が、女性には、時間と環境に加えて「精神的安定」というものが必要で、これを欠けば片輪の車と同じ、その場でぐるぐる空回りするだけで、前には進みません。
ただでさえ月に一度は心と身体の変調をきたすのですから、女の生理を無視して力任せに突き進んでも、やはりどこかで無理が生じるのではないでしょうか。

そんな時、自分のココロとカラダに素直になれる女は強いです。
意地を張れば張るほど、幸せは遠のいていきます。

ますます社会が多様化して、競争も激化する今だからこそ、若い女性に「女のココロとカラダの現実」というものをしっかり教えてやって、人生の礎を築くことの大切さを学ばせればいいと思うのですが、いかがでしょう。

『仕事か結婚か』――21世紀においては、もう古いです。
『フェミニズム』『非婚主義』――いいかげん、疲れませんか。

これからの時代は、『愛を糧にする女』。

変に気張らず、粋がらず、淋しい時は淋しいと言い、素直に女の本能に身を任せ、愛からどんどんパワーを吸収して、男も仕事も家庭も会社も、みんなまとめてハッピーにする、女性面を生かした女性が新しいように感じます。

精神的安定さえ得れば、女性は、どんな困難な境遇にも打ち克ってゆけるのですから。

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