女性と恋愛

さようなら、オスカル ~少女から女へ変容の時

2010年5月6日

私が初めて「ベルばら」と出会ったのは、小学校四年生の時だ。テレビの劇場中継で、夢に見たようなお姫様が、大広間の階段を滑るように降りてきて、「マリー・アントワネットは、フランスの女王なのですから」と、ばっと扇を広げるシーンにしびれたのがきっかけだった。

その夏、家族で、母の親戚を訪ねた際、中学生の従姉の部屋に単行本全巻を見つけ、姉と貪るように読破した。
ところが、その直後、ぼーっとしながら道を歩いていたせいか、車にはねられ、入院。お見舞いに来た近所のおばさんに、「何か欲しい物はない?」と聞かれ、「ベルばら」と答えたことが、私のベルばら道の始まりとなった。

物心ついた時から、「オトコ女」と呼ばれ、いつも男の子の取り巻き数人を引きつれては、男のように遊び、男のように振る舞い、「私はお嫁になんか行かないの。一生、好きな仕事をして、自由に生きるのよ」と広言してはばからなかった私にとって、軍を指揮し、男社会の中で颯爽と生きるオスカルは、まさに私の理想そのものだった。

そして、オスカルが、女性にとって一つの天王山である結婚話を蹴り、父のジャルジェ将軍に、「感謝いたします。女でありながら、これほどにも広い世界を……人間として生きる道を……」と告げた時から、それが私の志となり、座右の銘となった。

しかし、人の世に揉まれ、一人で生活を立てて行くことは、決して容易いことではなかった。世間を見たいと欲を出した、温室育ちの花の行方は、失敗と赤恥の連続であった。

それでも、己の苦しさに意義を見出し、常に自身の選択を肯定的に受けとめてこられたのは、「オスカルのように生きたい。私も、泣いて、愛して、この世で経験した全てのことに感謝して死にたい」という思いがあったからだ。

オスカルがいなかったら、意志をもって生きることの素晴らしさに、そこまで自信がもてなかったかもしれない。

そうまで憧れたオスカル――。
目の前に燦然と輝き続けた不滅のヒロインに、思いがけなく、別れを告げる時がやって来た。

あれは結婚して間もない頃。
台所の片隅で、何年かぶりにベルばらの単行本を読み返していた時のことだ。
あんなに大好きだったオスカルに何のときめきも感じず、それまでほとんど興味のなかったマリー・アントワネットに己を重ね見て、滝のように涙を流しているではないか。
それどころか、天翔るペガサスのようなオスカルの肩にぽんと手を置き、「無理すんなよ」と声かけする自分がいる。

これは一体、どうしたことだろう。
私は人間が変わってしまったのだろうか――?

まったく予期せぬ心の体験に、しばし茫然としながら、もう一度、じっくり読み直してみたが、やはりオスカルは遠い夢のようにしか感じず、マリーの哀しみばかりが波のように打ち寄せ、心をふるわすのだった。

私にとって、マリー・アントワネットというのは、「囚われの女性」だった。
好きでもない男性に嫁がされ、人間として正直に振る舞う自由もなければ、自分らしくいられる場所もない。しきたりに縛られ、好奇の目にさらされ、たえず偽りの笑みを浮かべながら、見せかけの自分を生きる……。

「こうはなりたくない」。それがマリーに対する長年の印象だった。

その姿は、運命に翻弄される、受け身の女そのものに見えた。
 
当時、「自分の生きたい人生を生きる」ということが絶対的正義だった私にとって、好きでもない男性と結婚させられたり、遊んで、恋して、はたと気付けば断頭台……などという生き方は、どう見ても、「流された生き方」にしか思えなかったからだ。 

しかし、年齢を重ね、精神的にも肉体的にも、女性という性を経験し、子供を持って家庭に入ってみれば、ペガサスのように自由に羽ばたいて生きることだけが「積極的な人生」ではないことが分かってきた。
思うにならぬ状況ときっちり向かい合い、身動きとれないなりにも、その足元に深く根ざす生き方も、一つの開拓であり、受動の中の積極性である。
本物の『意志』とは、高らかに宣言されるものではなく、深く、静かに突き進む闘いなのだ。

そうして得た新しい視点からマリーを読み直してみると、その人生は決して「流されっぱなし」ではなく、性根の据わった、闘う女の姿が見えてきた。
それは、オスカルの表立った闘いに比べて、地味で、静かで、凡々としたものかもしれないが、それ故に、ひとたび意志が根を下ろせば、微動だにしない強さを発揮する。
お姫様ゆえの愚かさもあっただろうが、最後は潔く運命を受け入れ、フランスの女王として死んでいったマリーのことを思うと、ここにも一つの強い生き方がある――と、共感せずにいないのである。

思えば、オスカルを胸に抱いて、ひたすら自分の道を邁進していた頃、私は『生きる』ということを頭では理解していたが、どこか覚束ないものがあり、人生は、実践ではなく、哲学の対象だった。
『女』と名の付くものであっても中性で、その本能に目をつぶりながら、若さや美しさを謳歌していたような気がする。

が、ある時期を境に、女性としての本能に素直になり、「家庭」という一つの地にどすんと根を下ろしてから、哲学は実践となり、女性という性は、母性という新たな道を歩き始めた。母と呼ばれる側になった今、求められるのはペガサスの羽根ではなく、大地の強さである。

そうなって初めて見えてくる、人の強さや美しさがあり、以前は見向きもしなかったマリーの生き方に共感できるようになったのも、世界を、少女と母親の両面から見つめられるようになったからではないか、と思う。

一生を、ペガサスのように自由に天翔けて生きることは、おそらく、鼻先がつんと上を向いた女の子の共通の願いであろう。
しかし、いずれその身体の奥深くから、女性という『性』が目覚め、天翔ける望みとは正反対に、この大地に根ざそうとする強い本能を意識することと思う。
その時、迷いや戸惑いを感じるかもしれないが、どんな生き方を選ぼうと、意志ある限り、私たちは自分が選んだ場所で精一杯、命の花を咲かすことができるし、一見、縛られたような人生にも、意志する自由は与えられているのである。

オスカルは、親の庇護から旅立ち、アンドレと結婚の約束をして、いよいよこれから己の独立した人生を地から積み上げようとした矢先に死んでしまった。
私にとって、彼女は、永遠なる少女であり、彼女にとって、私は、「その先」を見てしまった女である。
少女時代の心の友は、いつの間にか、「ちょっぴり話の噛み合わない女友達」になってしまったようだ。

あるいは、心のオスカルにそっと別れを告げ、マリーの哀しみに涙するようになった時、人は少女の殻から抜け出して、豊饒たる女の人生に足を踏み入れるのかもしれない。

池田理代子のおすすめ本

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