女性と恋愛

『We are…』 二人で生きること

2002年4月1日

皆さま、はじめまして。

これから週2回、全30回にわたって『We are…』をお届けするMarieです。

メールマガジンの発行はこれで3度目になりますが、今回は『人間関係』、特に『二人で生きること』に焦点を絞って、愛に関する話をお届けすることにしました。

これから30回、約三ヶ月半にわたって『愛』のお話をするわけですが、皆さまは『愛』についてどのような考えをお持ちでしょうか。

重すぎる、甘ったるい、今更恥ずかしい、そんなものあるわけがない、一生無縁のような気がする、この世のいったいどこに「愛」なんてあるわけ・・・? と、思いますか。

そんなこと考えてどうするの、考えたら愛が手に入るとでもいうの、誰が愛してくれるの、愛がなければ幸せにはなれないの・・・? とでも言いたくなるでしょうか。

おそらく、多くの人が、愛の価値や美しさを知りながらも、手に入らないとあきらめて、ネガティブなイメージを持っておられる のではないかな、と思います。

私もほんの数年前まではそうでした。
私なんか誰にも愛されない、愛される価値もない、愛なんか要らない、そんな風に突っぱねて生きてきました。

だけど、頑張っても、頑張ってもなにか空しい、生きている実感 がない、つらくてつらくてたまらない・・・そんな虚ろな心がついに 力尽きて倒れた時、私は本当に奇跡みたいに一人の男性の温かい 心づかいに救われ、自分が心底欲していたものは何なのか、やっと理解することができたのでした。

結果的にその恋が実ることはなく、私は泣いて泣いて、 もう二度と立ち上がれないぐらい打ちひしがれたものですが、周りの支えもあり、なんとか立ち上がって歩き出した時、私にとって二度目の大きな出会いが訪れたのです。

もちろん、それが即、幸せを運んできたわけではありません。
ディズニーのアニメでは、白馬に乗った王子様がお姫様を迎えに来 て、「They lived happily for ever — 二人は末永く幸せに暮らしました」で終わりですが、現実は、二人が愛の城に到着したところから始まります。
そして、天下のディズニーも、「その後二人がどうやって幸せに暮らしたか」ということまでは語っていないのです。

かくして、『We are…』二人で生きることへの挑戦と葛藤が始まりました。

二人の恋が甘く美しく情熱的だったのは、知り合って間もないほんの数ヶ月の話で、徐々にお互いの事が分かってくると、馴れ、甘え、手抜き、我が侭、疑心、支配、失望、怒りetc、人間としての生々しい感情が頭をもたげてきます。

愛についてやっと肯定的なイメージが芽生え、「今度、自分の恋人を持ったら、心から愛そう」と固く誓っていたにもかかわらず、どんどん愛から遠ざかっていく自分に愕然としたんですね。

そんな危機的な状況の中で、私は『We are…』を書き始めました。
もう一度、愛について考え直す為に、そして彼との絆を見直す為に。

本文中には、厳しい言い回しも多く、読むのが辛い箇所もあるかもしれません。
私もかなりの箇所を自分への戒めとして書きました。
「愛って、もっとスウィートなものでしょ。 なんでこんなに難しく考える必要があるの?!」という人には、ただただ退屈なだけかもしれませんね。

確かに、愛はすごくスゥイートで、美しいものです。

だけど、それを維持するのは、決して易しいことではないのです。
どんなに相手を深く愛していても、あなたが「人間」である限り、 いつか人間としての限界を感じる日が来るでしょう。
この世で、完璧に愛を実践できるのは神様だけです。
親が子を思う時でさえ、完璧に愛するのは困難です。

だからこそ、人は「愛する努力」をしなければならないのだと思います。
いつか本物の幸福、本物の平安を手に入れる為に。

メルマガ『We are…』は、『愛』について真剣に考える人のために書きました。

これらのテキストが皆さまのお役に立てば幸いです。

■□■ 『We are…』二人で生きること ■□■

人間関係が充実していること――とりわけ、愛する人との関係が満ち足りたものであるかどうかは、勉強で一番になるよりも、地位を得て裕福になるよりも、人生を大きく左右する重要なポイントだと思います。

しかし、身近な大人でさえ、その重要性を説こうとしません。
「愛」という、不確かなものを追うよりも、お金、地位、仕事といった、見えやすい事柄を追う方がはるかに容易いからです。

たとえば、お金が欲しいとしましょう。多くの人は、働くことを考えるでしょう。
できれば、収入のいい仕事。安定した職場。人に認められて、やり甲斐があること。
その為に、ある人は専門学校に通い、資格を取得し、高度なスキルを身に付けるために努力するでしょう。
そして、多くの場合、そうした努力は、「合格」「採用」「昇進」といった目に見える形で報われるのではないでしょうか。

しかし、心の問題についてはどうでしょう。

あなたは、自分の人生を生きていく上で、本当に大切なものが何か分かっていますか。
自分が真に欲しているものは何か知っているでしょうか。
イライラするのはなぜですか。
いつも何かに追われているような気持ちになるのはなぜでしょう。

そうした「目に見えない問題」については深く考えることもなく、「なんとなく、分からないままに生きている」という人が大半ではないでしょうか。

どんなものでも、本当に価値あるもの、それが人間にとって重要であればあるほど、容易に手に入れることはできません。
言い換えれば、容易に手に入らないからこそ、その過程で得るものが大きいのです。

しかし、目に見えないものを探し続ける旅は、気力も要るし、辛抱もいります。
試行錯誤を繰り返して、やっとその片鱗が見えてくる頃に、多くの人が手に入れる事を諦めてしまいます。
そして、「人生なんてこんなものだよ」「人間関係なんてその程度でいいんだ」と言い訳に言い訳を重ね、悟ったような顔をして、本当に価値ある宝探しの旅から降りてしまうのです。
手に入れるための努力をするより、言い訳を重ねる方が簡単だからです。

だけど、せっかくこの世に生まれて、自分の本当の望みを知ることもなく一生を終えるなんて、あまりに淋しいと思いませんか。
あり合わせのもので自分を誤魔化して、心底から幸せと言えるでしょうか。

もし、少しでも疑問を感じるなら、今一度、立ち止まって考えて欲しいのです。

その淋しさ、空しさは、どこからやって来るのかを。

自分の本当の気持ちから目をそらすことなく、そこに真っ直ぐ向かって行けば、あなたの人生はきっと大きく変わります。
また、分かっているけど、どうしたらいいか分からない……と立ち止まっている人も、今が大きなチャンスです。
あきらめない限り、いつかきっと答えが見つかるでしょう。

このメルマガのタイトル、『We are…』を最初に口にしたのは、青灰色の瞳をした私のboy friendです。
それまで『I am…』という一人称で生きてきた私に とって、『We are…』という言葉はとても新鮮な響きでした。

I agree on that opinion. “私は”この意見に同意します。
I eat Chinese dishes tonight. “私は”中華料理を食べます。
I don’t want to go there. “私は”そこに行きたくないです。
I think her opinion not to be right.
“私は”彼女の意見は正しくないと思います。

私の人生にはそれまで『I am…』という一人称の主語しかなかっ たので――たとえ二人でいても、私自身は常に『I am…』だった ので――彼が初めて『We are…』と言った時、私は自分が二倍に なったような、あるいは何かで括られたような、とても不思議な感動を覚えたのでした。

それからしばしば二人の会話には『We are…』という言葉が登場 するようになり、それを耳にする度に、「何だか知らないけど、 私の人生を生きる人間が“二人”になっちゃったんだ」と思うよ うになったのです。

そうして、彼が初めて『We are…』という言葉を口にしてから、私は「二人で生きる」という事についてしばしば思い巡らすようになりました。
実際、これほど心の奥底まで突っ込んだお付き合いをしたのはお互いに初めてで、例えるなら、今まで手づかみで木の実を頬張っていた野生の猿が、いきなり三つ星レストランの奥座席に連れて来られ、フルコースを味わうよう命じられたようなものだからです。

それはもう、試行錯誤の連続でした。

しかも、私たちの間には、言葉の壁、太平洋、バカ高い電話料金、周囲の冷やかし、時差といった、誰も踏破したことのない山が連なっています。
こんな状況でどうやって『We are…』の絆を作っていくのか、ちょっと考えただけでもその難しさが手に取るように分かるはずですよね。
なのに、最初はお互い情熱に浮かれていたからでしょう、そんなことは微塵も考えませんでした。

そして時が経ち、お互いを知るうちに、私たちはとうとう壁にぶつかり、『We are…』で生きることにギブアップしてしまったのです。

それでも、お互いがお互いを想う気持ちに偽りはないからでしょう、私たちは相変わらず磁石のように心を寄せ合って生きています。
焦りや不安や疑問や迷い…etc
良いものも悪いものも、様々な感情を交わしながら、二人が共に幸せに生きられる道を模索しています。

そんな試行錯誤の中で、私が痛感したのは、『We are…』として生きることは、どこかに行き着く事ではなく、こうして試行錯誤しながら、お互いが幸せになる道を探す過程そのものを言うのではないかという事です。

そして、一つのカップルに必要な信頼や愛情は、親子、友人、職場、あらゆる人間関係に通じる基本であるという事。
言うなれば、カップルという一つの関係さえ充実できない人は、親子、友人 職場の人間関係も充実させることはできないし、自分のパートナーをおろそかにする人は、その他の人々についても大切にはできないのではないでしょうか。

あなたが人生の充実や心の幸福を願うなら、まず身近な人間関係 を見直すことから始めてください。
「今更、親子兄弟や仲間との 関係を見直すなんて、照れ臭いし、邪魔くさい」という人は、恋人や大切なパートナー(男でも女でも)を見つけてください。
親子や友人関係では手抜きする人も、恋人なら大事にするし、物事を真剣に考えるでしょう。

どんな恋愛であれ、特別なパートナーを持つことは、 自分自身や人生を大きく変えるチャンスです。
上手くいくか、いかないかは、あくまで一つの結果であって、恋愛の全てではありません。
たとえ失敗に終わっても、全身全霊で取り組んで、辛いことも苦しいことも全て自分の心に引き受けて闘い抜けば、それが大きな自信となって、あなたは芯から変われるし、次の幸せに進むための大きなステップになるのです。

大切なのは、逃げないこと。そして真剣に取り組むこと。
中途半端な恋は、中途半端な幸せしか得られないし、自分がみじめになるだけです。

とはいえ、私も試行錯誤の真っ最中、正しい方法や考え方に通じているわけではありません。
それでも『We are…』という新しい生き方、二人の幸せ、充実したパートナーシップについて、いつも真剣に考えています。
『We are…』は、今一人でいる人、これから二人で生きようとしている人、すでにパートナーがいる人……etc、愛について真剣に考える女性の参考になれば……と思って書きました。

あなたが、いつか、あなたの真に求めるものに巡り会えるよう願いながら、これから少しずつお届けします。

※ メルマガ配信時の「初回・挨拶文」をそのまま掲載してます。

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