自分を愛することから始めよう

皆さま、こんにちは。
第一回目の配信はいかがだったでしょうか。
私の感触として、今度のメルマガは若い女性がたくさん購読してくださっているように思うのですが、もし、男性の読者の方がおられたら、男性からみた『愛』に対する考えなどを聞かせていただけたら嬉しいです。

ちなみに、私が青い目のboy friendと付き合い始めた頃、彼から聞いた『愛』に対する考えは、

Love is not the feeling ” I really really like you! ”
I say to someone “I love you”,
when I feel that I do anything to make you happy with all my heart.

愛は“君のことがホントにホントに好き”という気持ちとは違う。
僕が誰かに“愛してる”という時は、
“君を幸せにする為ならどんな事でもする”と心から感じた時だ。

・・という感じでした。
外国人は、ハリウッド映画みたいに、『I love you 』を連発するのかと思っていたら、とんでもない。
いずこの国の人にとっても、『愛してる』の一言は、とてもとても大きくて、特別なものなんですよ。

■□■ 自分を愛することから始めよう ■□■

作家“マドモアゼル愛”さんの著作に『自分を愛することから始めよう』というタイトルの本があります。
本屋に行くと、たいてい癒し系エッセイの書架に並んでいます。私も他の著作を何冊か読んだことがありますが(マドモアゼル愛さんって、男性なんですね)、最初、どうして「自分を愛することから始める」のか、さっぱり理解できませんでした。
そもそも「自分を愛する」という意味が分からなかったのです。
だから、私の愛は、いつまでたっても始まらなかったのかもしれません。

だけど、今、愛に悩んでいる人がいたら、私も同じ事を言うでしょう。
「自分を愛することから始めよう」と。

他人を愛するのも、他人から愛されるのも、すべては自分が自分の事をどれぐらい誠実に愛しているかで決まります。
それは利己主義とは違いますし、鏡に映った自分を愛するナルシス的な愛とも違います。
自惚れることでもなければ、尊大になることでもありません。

自己中心的な愛は、他人の賞賛や愛情を得るために、自分の優れた点だけを見つめ、誇張しますが、本当の意味で自分を愛することは、ウソや虚飾を必要としません。
もっと自然で気楽なものです。

たとえ他人があなたの容姿や欠点を笑っても平気です。
知人があなたより出世したり裕福になっても、自分を惨めに感じたりしません。
嫌なものは嫌とはっきり言うことができますし、他人が「NO」と言えば自分の「NO」と同じ重さで受け止めることができます。
自分に対する本物の自信は、意地や妬みとはまったく無縁です。

自分で自分を誠実に愛するとは、自分自身を理解し、受け入れることです。
穴だらけでも、泥だらけでも、それを良しとして、前向きに生きてゆけることです。

私も子供の頃は、コンプレックスの塊でした。
「おまえは駄目だ」「おまえは間違っている」
そういう否定的な言葉を浴びて育ちました。
いつしか、私には何の価値も無い、愛されるに値しない駄目人間だと思うようになっても、それが誤った思い込みだとは誰も教えてくれなかったのです。

私は、人の関心や賞賛を得るためなら、どんなことでもしました。
嫌な用事を押しつけられてもにっこり笑って引き受けました。
勉強も、お稽古ごとも、人一倍がんばりました。
時にはピエロになって皆を笑わせることもありました。
だから、子供時代の私を知っている人は、たいてい口を揃えて言います。
「マリは、明るくて素直で本当に良い子だった」。
その明るい笑顔の下でもがき苦しんでいたにもかかわらず。

それから成人して、独り立ちもしましたけど、私は相変わらず空っぽでした。
いつもニコニコしているので、職場でも可愛がられていましたが、どこにも本当の自分の居場所は無いような気がして、淋しい思いばかりしていました。

だけど、どうしてそう思うのか、自分ではさっぱり理由が分かりませんでした。
深く考えることもありませんでした。
心の中には、ただただ、自分をこんな風にしてしまった親への恨みばかりがつのり、恋をしても捨てられる恐怖感ばかりが先走って、何一つ上手くやれなかったのです。

そんな私がやっと自分と向き合う勇気を持てたのは、手術をして何ヶ月も自宅療養していた時のことです。
身体は不自由でも、なにせ時間だけはたっぷりありますから、毎日のように図書館に通い詰めてはいろんな本を読みあさりました。
それも今まで手にしたことのないようなエッセイや詩集です。

その中には、マドモアゼル愛さんの著書もありました。
当時はまだ「癒し系」「ヒーリング」という言葉はそれほど知られていませんでしたし、不況の嵐が吹き荒れる以前でしたから、その手の本もどちらかといえば屋のあまり目立たない所に並んでいるような感じだったんですね。

けれど、自分が必要だと意識するようになれば、突然、目に飛び込んでくるものなのです。
きっと以前からそれらの本は刊行されていたはずなのですが、私はずっと素通りしていました。
自分が必要としていない時は目にも入らないし、意識もしないからでしょう。

そうして、徐々に、自分の姿が見えるにつれて、私ははっきりと悟ったのです。
自分を不幸にするのも、幸福にするのも、自分の心次第だと。
人間は、自分の心が見たままに、世界を受け止めます。
今まで不幸でいっぱいだと思っていたのは、実は自分の心が不幸な思い込みでいっぱいだったからで、自分の心象風景が明るくなれば、目の前の世界も幸せに染まるんですね。

私には、その真理が、長い間分かりませんでした。
ただ親が悪い、世間が悪いと思うだけで、自分の誤った思い込みが自分に不幸な出来事を連れてくるとは微塵も考えませんでした。
辛い、苦しいと騒ぐだけで、自分自身を変える努力は一つもしなかったように思います。

本当はもう少し早く気付けば良かったのでしょうけど、人間って、落ちる所まで落ちてみないと分からないのかもしれませんね。
とりわけ、私は我の強い人間でしたから。

それから何年もかかって、私は自分の中の恨み辛み――特に両親に対する怒りや憎しみ――を洗い流し、誤った思い込みを正し、行動を改め、心象風景を明るく美しい色に変えるよう努めました。

自分の弱さや間違いや欠点を真っ向から見つめるのは、とても苦しいし、勇気の要ることですが、それをやらなければ決して幸せになれないと思ったからです。――それまで私は「幸せになりたい」と思うことさえなかったのですよ。

そうして、自分なりに必死に心の努力を重ねた末に、私は「自分を愛する」ということがどういうことか、「幸せになる」と決意することがどれほど大切か、そして「愛」が人間にとってどんなに大きな意味を持つか、おぼろげながら理解するようになりました。

フランスの思想家ジャン・ジャック・ルソーの有名な言葉に、
「人は二度生まれる。一度目は存在するために、二度目は生きるために」という言葉がありますが、私の場合、それは三度目の誕生でした。幸せになるための、新たな心の誕生日です。

今、幸せでない人――というより、心の中に恨みや憎しみや妬みや劣等感といったマイナスのエネルギーをいっぱいに溜め込んで、自分の不運な境遇や孤独を他人や社会のせいにばかりしている人――は、一度、自分自身としっかり向き合って、「自分を愛すること」から始めて下さい。

いたずらに自分を卑下するのではなく、責めるのでもなく、ありのままの自分、穴だらけ、泥だらけの自分をしっかり見つめて、受け入れるのです。

誰だって、美しいヴィーナス、たくましいアポロンでありたいものです。
完璧に強く、美しく、優れていれば、誰にでも愛されるような気がしますからね。

だけど、実際に、人が愛するのは人間です。
女神ヴィーナスでも太陽神アポロンでもありません。
「ヴィーナスになれば愛される」「アポロンになれば認められる」と思い込んでいる人には、それが分からないのです。
欠点だらけのただの人間でいるのが嫌だから、自分には価値がないと思っているから、無理をしてヴィーナスやアポロンになろうとする・・・その結果、自分とは違う仮面の自分に嫌気が差して、よりいっそう自分を憎んでしまうのです。

自分を嫌い、憎んでいる人が、どうして同じように人を愛せるでしょうか。
怒りもすれば、泣きもする、欠点だらけの他人を、どうして理解し、受け止め、愛を注ぐことができるでしょうか。

自分を嫌い、憎んでいる人にとって、他人は脅威でしかありません。
大好きな恋人でさえ、彼らにとっては敵なのです。
なぜなら、その人はいつかあなたの偽りの仮面を引っ剥がし、あなたの醜い実像を知って、去っていくに違いないからです。

自分の弱い所も駄目な所も受け入れ、自分を愛することができる人は、そうした恐れを抱きません。
たとえ相手が自分の駄目な一面を知ったとしても、本当に愛していれば完全に嫌ったりしないと知っているからです。

自分で自分を愛することのできる心の健全な人は、むしろ、あなたの欠点ゆえにあなたを愛します。
そういう人は、あなたが思っているほど、あなたの欠点を気にしていないものです。
人が自分の欠点を嫌うかも知れないと脅えるのは、あなた自身が自分の欠点を憎み、拒絶しているからではないですか。

そのように考えれば、なぜ「自分を愛すること」が大切なのか分かっていただけるのではないかと思います。
もし今、あなたが孤独なら、何をやっても上手くいかないと思い悩んでいるなら、とりあえず『自分を愛することから始めよう』。
それが奇跡への第一歩です。

§ マドモアゼル愛の本

「マドモアゼル愛」さん、男性なんですよね。全然知らずに読んで、男性だと知った時は本当にびっくりしました。
でも、語り口調がとても優しくて、愛情にあふれた本です。(女性が書くと高飛車になりがちなところも柔らかく・・)
機会があれば、ぜひ手にとって読んでみて下さいね。

Site Footer