女性と恋愛

心の旅

2002年4月18日

最近、私の友人に悲しい出来事があって、心配になって電話したら、「私には、こうやって、一人で辛い時に心配して電話してきてくれる友達がいる。それだけでも、なんて幸せなんだろうと思う」

それは私もお互い様。

辛い時、悲しい時、こうやって励まし合って、慰め合って、救われてるのは、私だけじゃない。

何かあった時、こうやって心を尽くしてくれる友達が何人かいるという事は、本当に本当に有り難いし、幸せなことです。

だけど、それも、何かを失って、悲しみの底にあるからこと分かること。

何かを必死で追い求めている時、あるいは全てが順調で慢心している時、人は「もっと、もっと」と叫んで、今、手の中にあるものの価値を忘れてしまいがち。

毎日、どんな時も、こうやって、ささやかな人の温もりや優しさに感謝することができたら、「私は不幸だ、ツイてない!」などと、いたずらに嘆くこともないのに。

人は、何かに執着したり、強欲になった途端、自分が今手にしている幸せを忘れてしまうのかもしれません。

そうして、いつかは、その幸せにさえ裏切られてしまうのね。

私も初めてメルマガをやった時は、「もっと読者が増えればいいのに」「もっと評価されてもいいのに」みたいな事ばかり考えていた時期がありました。

人間って、順調にいきだすと、あれもこれもと欲が出てくるんですよね。

だけど、今は、これだけいろんな事を好き勝手に書いてるにもかかわらず、ほとんど全ての人が創刊号からずっと読んで下さってる、って事が、すごく嬉しいし、ありがたいんですね。

この『We are…』も半分折り返して、自分でもこの先の展開は分かりませんけど(何が飛び出すか、もうしばらく、お付き合い願えたら、本当に嬉しく思います。

■□■ 心の旅 ■□■

海外旅行の良いところは、日常の雑音から離れて、自分の心の世界に浸れる事です。

日本にいたら、たとえばバスの後ろに座っているおばちゃん二人の愚痴や、ネジの切れたような女子高生の会話、店員の横柄な物言いなど、こちらが望む望まざるにかかわらず、聞きたくもないネガティブな会話が耳に飛び込んできます。そうすると、たとえ自分一人、心は晴れやかな世界に遊んでいても、どーんと地上に墜落するような幻滅を味わうんですよね。

その点、海外に行くと、聞こえるのは外国語ばかりで、彼らが何を言っているのかさっぱり分かりませんから、非常に気が楽です。

もちろん、言いたい時に言いたい事が言えないというデメリットはありますが、心の世界に遊ぶ分には、極楽のような心地よさ。

海外に行くと、心が洗われたような気になるのは、しばし俗世間の垢から離れて、自分一人の美しい心の世界に遊べるからでしょう。

そして二番目に大事なのが、違う文化に触れるということ。

以前、オランダに行った時、同行していたおばさまが、

「あなた、旅をするなら、文化の違う所に行きなさい。南米やアフリカなど、日本とはかけ離れた文化を持つ国に行くことをお薦めするわ」

と、おっしゃっていたのですが、その時は、その言葉の意味が実感できなくて、どうしてドイツやフランスなど、メジャーな国ではだめなんだろうと思っていたのですが、今回、ポーランドに旅して、ほんの少し、
その意味が解ったような気がします。

もちろん、ポーランドの人々が、手づかみで物を食べたり、藁葺きの家に住んだり、一夫多妻制をとったりしている訳ではありませんが、それでも、かつて共産主義だった所――日本とは全く違う経済基盤に立国し、資本主義とは異なる価値観にあった国――に間近に触れたことで、『私の知っている世界(日本)が全てではない』ということを、改めて認識させられたのです。

当たり前といえば当たり前の事かもしれませんが、それでも、私たちは、はたと気が付けば、自分の日常を世界の全てと思い込み、外側の世界も、人間も、自分と全て同じだ、自分と同じように考え、同じように行動するものだ、と思いがちです。

そして、その世界の中に閉じこもっている時は、外側の世界を知ることはおろか、自分の住んでいる世界を客観的に見ることさえできないものです。

だけど、旅行は、そうした日常の囚われや思い込みを、すっかり払拭して、新しい物の見方を提供してくれるのです。

一口に『旅』といっても、綺麗なホテルに泊まり、その地でしか味わえない郷土料理に舌鼓を打ち、モニュメントの前で記念写真を撮って、お土産を買いあさる・・だけが、旅行ではないと思います。

もちろん、それも、楽しいイベントには違いありませんが、はたと日本に帰ってきた時、食べたことと買ったことしか記憶に残らないようでは、ちょっと寂しいと思いませんか?

心もまた旅させてやる、って、とても大事な気がします。

自分がいつも身を置いている日常からちょっと離れて、違う視点、違う気持ちで、自分自身や身の回りの出来事を考えてみる――。

これは、いつも寝転がっているリビングのソファの上では、なかなか実践できないことです。

日本でもリフレッシュ休暇が取り入れられるようになり、皆さん、思い思いの過ごし方をされているようですが、その五日なり、十日なりの時間を、いつもの日常の中でぼんやり過ごすのは余りにもったいない。

別に、遠くに行かなくてもいいんです。

お金をかけなくてもいいんです。

ただ、上手に休暇を演出して、心を旅させてやることで、ほんの少し、
いつもの日常が変わるのです。

その中に生きている、自分の心の持ち方が。

私たちは、同じ日常を繰り返していても、泣いたり、落ち込んだり、気付いたり、喜んだり、いろんな心の変化をたどるものです。

同じ一日のうちでも、朝と夜では気分が違うように、今日と明日、今月と来月では、心の模様がずいぶん変わっています。

そうして、いろんな変化をたどりながら、ふと、心が世界を一周して、同じゼロ地点に帰っているのことに気付く時、私たちはそこに一回りも二回りも成長した自分の姿を見ることができるのです。

ある意味、人の一生というのは、心の旅の繰り返しかもしれません。

皆さんも、心の旅を続けながら、いつか永遠に心休まる住処を探し当ててくださいね。

You Might Also Like