愛と死の世界・ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』に酔う / ルネ・コロ&カルロス・クライバーの名演

この記事は、1998年、初めてホームページを立ち上げた時、一番最初に作成したものです。

STORY

楽劇 「トリスタンとイゾルデ」は、1857~59年、ドイツ出身の作曲家リヒャルト・ワーグナーによって作曲され、1865年、ミュンヘンの国立宮廷劇場にて初演されました。
中世の情熱恋愛神話ともいうべき「トリスタンとイゾルデ」の物語をベースに作曲されたこの楽劇は、究極の「愛と死(エロスとタナトス)」を描いた大作です。

【第一幕】

コーンウォールのマルケ王に仕える騎士トリスタンは、アイルランドの姫イゾルデを王の花嫁に迎えるべく、船を一路コーンウォールへ走らせています。
しかし、花嫁となるイゾルデの心は嵐のように波立ち、立派な騎士であるトリスタンに憎しみさえぶつけます。
姫の身を案じる侍女ブランゲーネは、少しでも胸の苦しみを和らげようと、姫に優しく問いかけました。
するとイゾルデはトリスタンの深い罪について語り始めます。

トリスタンは、かつての婚約者モロルト公を討った憎い仇でした。
なのにトリスタンは、モロルト公との激しい戦いで負った傷を癒すため、名を「タントリス」と偽り、霊薬を扱うイゾルデの前に現れたのです。
彼女は「タントリス」がトリスタンだと気付きながらも、その眼差しにうたれ、モロルト公の仇を討つことができませんでした。そして、彼の傷を霊薬で癒し、国に帰してやります。

タントリスは「トリスタン」として再び彼女の前に現れました。
しかし、それは彼女をマルケ王の花嫁としてコーンウォールに連れ帰る為だったのです。

イゾルデは愛してもいない王に嫁がねばならない恥辱と、トリスタンへの愛の苦悩から逃れる為、死の薬でもってトリスタンに復讐することを誓い、ブランゲーネに死の杯を用意するよう命じます。
しかし、トリスタンもまた王への忠義からイゾルデへの愛を胸の奥にひた隠しにしていたのでした。

トリスタンは罪を償い、愛の苦しみから逃れる為に、イゾルデの差し出した死の杯をあおります。
そしてイゾルデも彼の手から杯を奪うと、その半分を飲み干します。
ところが二人に訪れたのは死ではなく、めくるめくような愛の悦びでした。
ブランゲーネが杯に注いだのは、死の薬ではなく、愛の媚薬だったのです。

船は、愛に酔う二人を乗せて、コーンウォールに到着します。

【 トリスタンとイゾルデ】J.W.ウォーターハウス Jhon William Waterhouse
【 トリスタンとイゾルデ】J.W.ウォーターハウス Jhon William Waterhouse

【第2幕】

マルケ王はトリスタンの忠義を称え、イゾルデを優しく迎えます。
しかし、分かちがたい愛の絆で結ばれた二人は、もう一時も離れていることができません。
二人は昼の光が消え去るのを待って、夜の園で逢瀬を重ねます。

「おお、降り来よ、愛の夜を、
我が生きることを忘れさせよ。
汝のふところに我を抱き上げ、
現世から解放せしめよ」

「こうして私たちは死ねばよい、
離れずに、永遠にひとつとなり、
果てなく、目覚めず、不安なく、名もなく、
愛に包まれ、我らかたみに与えつつ、
愛にのみ生きるために!」

「名づけることなく、別れることなく、
新たに知り合い、新たに燃え、
無限に永遠に、一つの意識に、
熱く焼けた胸の至上の愛の歓楽!」

(第二幕 より抜粋)

しかし、二人の愛の夜も、臣下メロートの策略によって王の前に暴かれます。
二人の裏切りを知ったマルケ王は、深く嘆き悲しみます。
メロートと剣を抜き合ったトリスタンは、メロートの剣に自ら身を投げ出し、深い傷を負うのでした。

 Liebe ‐【 愛 】グスタフ・クリムト Gustav Klimt
Liebe ‐【 愛 】グスタフ・クリムト Gustav Klimt

【 第三幕 】

トリスタンの忠実な従者クルヴェナールは、傷ついたトリスタンを故郷カレオールの城に連れ帰り、イゾルデに使者を送ります。
トリスタンの深い傷と苦しみを癒せるのは、この世にただ一人、イゾルデだけだからです。
トリスタンは半ば「夜の世界(=死)」に入りながらも、イゾルデへの強い想いからその中に安らぐことができません。
身悶えするような苦しみの中で、イゾルデの到着を待ち焦がれます。

が、ついにイゾルデを乗せた船がカレオールに到着しました。
トリスタンは輝く陽に向かい、歓喜の声を上げます。
そして彼はイゾルデの名を呼びながら、彼女の腕の中で息絶えるのでした。

イゾルデの後を追って来たマルケ王は、トリスタンの死を知り嘆き悲しみます。
侍女ブランゲーネから愛の媚薬の事を聞かされた王は、二人を夫婦として祝福する為にやって来たのです。
しかし、トリスタンの亡骸にすがるイゾルデには、もう誰の声も届きません。
イゾルデは神々しい光に包まれながら、トリスタンの魂を追って「愛の死(=Liebes Tot)」に至るのでした。

§ 聖母被昇天(アスンタ)

私の大好きなティツィアーノの名作「聖母被昇天(アスンタ)」です。
制作されたのは、1516~18年。
ヴェネツィアのサンタ・マリア・グロリオーサ・デイ・フラーリ聖堂の主祭壇画として描かれました。
690×360cmもの大作です。
聖母マリアの魂と肉体は、死後三日目、輝く光と歌声に包まれながら、たくさんの天使によって父なる神の待つ天国に運ばれて行きました。
画面の下には、驚愕と悲しみのうちにこの様を見守る十二人の使徒が描かれています。

聖母被昇天 ~ティツィアーノ
聖母被昇天 ~ティツィアーノ

§ 創作の背景

1857年、ワーグナーはチューリッヒの絹織物商オットー・ヴェーゼンドンクから仕事場兼住居を提供され、歌劇『ニーベルングの指輪』の第2章『ジークフリート』の作曲に没頭していました。
しかし、オットーの妻マティルデと心を通わすようになるにつれ、
「私は生涯においてまだ真の愛の幸福を体験したことがないゆえに、このすべての夢のもっとも美しきものに、記念碑を建てたい」
という思いから、『ジークフリート』の作曲を第2幕で中断し、『トリスタンとイゾルデ』の作曲に取りかかります。

が、やがてこの恋は周囲の知れる所となり、二人は別離を余儀なくされます。
恋に破れたワーグナーは一人ヴェネツィアに赴き、『トリスタン』を完成させました。
「愛の死」に至る「女神のごときイゾルデ」が、最終的に彼の中で明確に像を結んだのは、おそらくこのティツィアーノの「聖母被昇天(アスンタ)」に出会った時だといわれています。
晩年、ワーグナーは生涯を共にした妻コジマに、 「アスンタは聖母じゃない。愛によって浄化されたイゾルデだよ」と語ったそうです。

引用・参考文献
ジョゼフ・ベディエ編 「トリスタンとイズー物語」 岩波文庫
名作オペラブック「トリスタンとイゾルデ」 音楽之友社
サントリー音楽文化展82’ 記念出版「ワーグナー」 TBSブリタニカ

海を見つめるイゾルデ
海を見つめるイゾルデ

私の好きな「この一言」

愛の秘薬を誤って飲みかわしてしまった王妃イズーと王の甥トリスタン。この時から2人は死に至るまでやむことのない永遠の愛に結びつけられる。ヨーロッパ中世最大のこの恋物語は、世の掟も理非分別も超越して愛しあう“情熱恋愛の神話”として人々の心に深くやきつき、西欧人の恋愛観の形成に大きく影響を与えた。

ワーグナーのオペラとは内容が違っているが、本作を理解するには欠かせない一冊。恋愛を超えた、生と死の哲学が感じられる。非常に美しい名著。

【Amazonレビューから】
ワーグナーのオペラで有名な「トリスタンとイゾルデ」。
もともとはケルト伝承で、べディエというフランスの研究者が、様々な異本を比較検討して纏めたのがこの訳の底本ということだ。しかしこれは現代人が読んでも十分面白い。佐藤輝夫の訳はなかなかの名訳で、読みやすいし、格調も高い。名作と呼ばれる後世の作品の中にも、影響を見ることが出来るし、西洋的「対幻想」の原型として、一度は読んでおくべきだと思う。娯楽教養小説としてもいけるし、「指輪物語」風に映像化することも十分可能だろう。
死を齎し、死後も絶えて消えることのない西洋的「永遠の愛」の原点である。

「トリスタンさま、イズーさま、
あなた方のお飲みになりましたのは、
それは死でございますよ!」

媚薬を飲んで陶然と向かい合う二人に、侍女ブランジャンが叫ぶ言葉です。
二人が愛し合うことは、現世の掟に背くこと。
媚薬によって胸に秘めた愛が発露した瞬間から、二人は現世を離れ、死に向かいます。
なぜなら二人の愛は「死」によってのみ完全となるからです。

ひっきょう、恋とは隠しきれぬものである。

その想いを隠せるうちは、まだ本物ではありません。
恋とは、胸から、瞳から、自然に溢れ出すものだから。

恋人よ、われらはかくこそ。
我なくば、御身なく
御身なくば、我なし! (マリ・ド・フランス)

「我なくば、御身なし」――愛し合う二人にとって、まさに究極の言葉です。

トリスタン様、このお腕をしっかりと抱きしめて下さいませ。
二人の心臓が裂けて、抱擁の中で、いっそ死んでしまいとうございます。

愛し合う二人が真に一つになろうと思ったら、もはや「死」しかありません。
名前も、地位も、肉体も、二人の魂を隔てる一切のものを脱ぎ捨てる以外に、完全な結合は有り得ないからです。
愛極まれば死に至る、といったところでしょうか。
「神曲」で有名なダンテも、「愛こそは我らを死にぞ導きぬ」という言葉を残しています。

【運命】ウィリアム・ウォーターハウス
【運命】ウィリアム・ウォーターハウス

MY ESSAY

『トリスタン』を聴くたびに私は思い巡らす。
ワーグナーはどんな想いでこの曲を作ったのだろう、と。

恋と作曲は同時進行したというのが大方の見解だが、私には虚構が現実を支配したように思えてならない。
“愛”への強い憧れを抱いていた彼が、トリスタンという虚構と同化するうちに、イゾルデと同じ立場にある現実の女性に、憧れさながらの愛を抱くに至ったのではないかと。
もちろん、彼は彼女のことも愛していただろう。
だが、もっと愛していたのは“愛”そのもの……自分の憧れから生まれ、音楽の中に形を現した、あの狂おしい響きそのものではなかったか、と思うのだ。

ところで、私はもう一つのこんな物語を考える。
イゾルデは、己の心情を欺いて生きようとする最愛の男を自分の海に沈める為に、死の杯を装って媚薬を飲ませるのだ。
そしてトリスタンも、イゾルデの差し出した杯の意味に気付きながら、魂を解き放つ為に杯を手にする。
トリスタンが杯に酔うと、イゾルデはその身も心も自分の中に取り込む様にして、恍惚と彼を抱きしめるのだ。
元来、女は人を愛するのに媚薬なんて要らない。< 強い渇望を抱きながらも、理性によって自分のすべてを愛に投じられない男の為に、こういう薬が必要なのだ。
イゾルデは媚薬をもって、名誉や忠義でがんじがらめの孤独な男の魂を解放し、真の光の中へと連れて行った。
それはまた愛深き女の胎内に渇えた男が帰って行くというイメージを喚起させる。
媚薬を味わうべきは、憧れてるくせに、浪漫を鼻で笑う朴念仁の世の男どもだ。
媚薬は女の手の中に有る。
深い夜の懐に抱かれに、一生に一度は味わってはいかが?

『音楽の友』95年11月号に掲載されたものを補筆しました。

『トリスタンとイゾルデ』のCD・DVD

楽劇『トリスタンとイゾルデ』に関しては名盤ぞろいと言われています。

が、ワーグナーに関しては、個人の好みによると思います。私も強固に自分のジークフリート像、ジークムント像を持っていますしね。権威ある人がなんと言おうと、ジークフリート=イェルザレム君、ジークムント&ローエングリンはホフマンさま、なのです。

とりあえず教養として聞いておきたいのが、稀代のヘルデン・テノールと称されるヴォルフガング・ヴィントガッセンと、「空前絶後のブリュンヒルデ」で知られるビルギット・ニルソンを配し、歴史的名盤と呼ばれるカール・ベーム版。

演奏は堅実、声も素晴らしいし、これぞ模範的トリスタン、という感じです。

ただ私の世代感覚では、新御三家(ルネ・コロ、ペーター・ホフマン、ジークフリート・イェルザレム)より一世代前なので、やはり「昔の演奏」という印象が拭えません。(あくまで素人感想なので気にしないように)。キルステン・フラグスタートやフルトヴェングラーまでいくと、もうついて行けない・・

ワーグナーは他人の批評より自分の感覚で選ぶのが一番です。

Amazonで試聴できるので、興味のある方はぜひ。

『トリスタンとイゾルデ』全曲 ベーム&バイロイト、ニルソン、ヴィントガッセン、他(1966 ステレオ)(3CD)

こちらは80年代から90年代にかけてルネ・コロと人気を二分し、将来を嘱望されていた「バイロイトのトシちゃん」ことペーター・ホフマンと、現代最高のドラマティック・ソプラノのヒルデガルド・ベーレンス(彼女のブリュンヒルデは最高でした)を配したバーンスタイン版。あり得ないほどスローテンポで有名です。
クライバー盤よりダイナミックで、はじけるような演奏が特徴。
「これこそ現代の名盤」という人もあり、好みによります。私も持ってますけど、繰り返し聴きたい!という感じではないです。

『ミュンヘンでの演奏会形式のライヴ録音。バースタイン初のワーグナーは,ベーレンス,ホフマン,他の歌手陣のこれ以上は望めない出来に支えられ,美しさも陶酔をもすべて呑み込んでしまう熱い炎におおわれている』とのレビュー。

こちらはMP3です。Amazonでほぼ全曲試聴できるので、興味のある方はどうぞ。曲単位での購入も可能。
Wagner: Tristan und Isolde 【バーンスタイン】 MP3アルバム 3900円

公開録画の模様。


Part2はこちら→https://youtu.be/PyjXlBwpJuQ

こちらに詳しい関連記事があります。
バーンスタインの「トリスタンとイゾルデ」テレビ放送  by euridice様

他にもキルステン・フラグスタートを配したフルトヴェングラー盤とか、クナッパーブッシュ盤とか、他のクラシックの楽曲からは考えられないほどの名演が目白押しですが、私の一押しは『現代最高のヘルデン・テノール』と称されたルネ・コロ&カルロス・クライバー盤です。(今はイェルザレム君に鞍替えしちゃったけども)

最初の一音から最後の一音まで、この演奏にはものすごい電流が流れている。前奏曲の弦の激しい軋みに「!」と気がついたが最後、感電したかのように、この演奏の魔力の呪縛から逃れることはできない。ぐいぐいと息もつかせぬ迫力で、ワーグナーの音楽に直接に切り込んでいくこの演奏には、天才的霊感が宿っている。死とエロスの真髄に迫るこの偉大なワーグナーの傑作の周りに立ち込める霧を、カルロス・クライバーは天下の名刀を用い、見事な剣さばきで払いのけていくかのようだ。
コロのトリスタンやプライスのイゾルデをはじめとした歌手たちも、透徹したカルロスの世界に同化し、青白い炎のように純度高くすべてが完全燃焼している。めくるめく官能に溺れ、危険で妖しい香りを漂わせ、ワーグナーの”毒”が最強度に発揮された、これほどの「トリスタン」…。聴き手をワーグナー中毒患者に至らしめる、文字通りの劇薬といえるだろう。
カルロスの”奇跡”伝説の頂点にある名演として、永遠に輝き続けるディスクである。(林田直樹)

クライバー盤の魅力は、内側に沈潜するような音の響きである。
「愛と死」という、ともすれば派手なドラマになりがちな世界観を、夜の海のように深く、静かに演出している。
太い歌唱力が要求されるドラマティック・ソプラノのイゾルデ役に、あえて繊細で女性的なマーガレット・プライスを配した点が大きな聞き所の一つだ。
また、最盛期のルネ・コロの声は、天高く響き渡る天使の金管のように張りがあり、愛の英雄を甘く、切なく歌い上げている。
おそらくクライバー盤が苦手な人は、この「狙ったような」演出が気に入らないのだろう。
しかし、「楽劇」という形にこだわらず、純粋に「愛の音楽」として聴けば、内側に染み入るような官能の響きを味わうことができる。
文句なしの名盤。

楽劇『トリスタンとイゾルデ』の魅力

第1幕終盤。
そこに「愛の媚薬」が入っているとも知らず、ともに死の償いの杯を口にするトリスタンとイゾルデ。
恍惚とした沈黙の後、内に秘められていた二人の愛が、鍵の外れたパンドラの箱のように一気に噴き上げる。

「トリスタン」
「イゾルデ……」

「Treuloser Holder ! 不実にして優しき人!」

「Seligste Frau! 至高の人!」

胸の波は高まり、五感が歓びにふるえる。
憧れの愛が 豊かに花咲き、
狂おしい恋が 幸せに燃える。
胸の中の激しき 歓楽の叫び。
イゾルデ! トリスタン!
この世を逃れ あなたは私のものとなる。
あなたばかりを思う こよなき愛の歓喜!

O Wonne voller Tucke!   たくらみの喜びよ!
O truggeweihtes Glucke! 欺瞞の生んだ幸いよ!

この箇所の聞き所は、ルネ・コロの「Seligste Frau!」でしょう。
それまで抑えに抑えていた恋の感情が媚薬によって花開き、天にこだまするという感じ。
私もFaruと呼ばれてみたい。。
そして、クライマックスの二重唱。
「この世を逃れ あなたは私のものとなる」。
このセリフに痺れない人はないでしょう。
溜め息が出ます。
そして、「たくらみの喜びよ! 欺瞞の生んだ幸いよ!」というルネ・コロの絶唱。
恋の甘い苦しみが伝わって、本当に切なくなります。

そして、死をも超える愛の力で結ばれた二人は、夜の園で逢瀬を重ねます。

おお、降り来よ、愛の夜を、
我が生きることを忘れさせよ。
汝のふところに我を抱き上げ、
現世から解放せしめよ

胸と胸をつけ 口と口をつけ
息もひとつに通わせ
歓びに盲しいて 眼も見えず
世も闇におおわれ 色も消えて行く

愛する人と身も心もとけて一体となりゆく歓びが美しい二重唱で歌われます。
「世も闇におおわれ 色も消えて行く」というのは、まさにこの世を離れ、純粋に愛の為のみに生きる桃源の世界を意味するのでしょう。
まるで仏教の涅槃にも通じるような、素晴らしい宇宙観です。

しかし、二人の愛も、臣下メロートの策略によってマルケ王の前に暴かれます。
心優しき伯父にして、命を捧げて仕える王の深い嘆きは、トリスタンの心を苦しめます。
とはいえ、もはや強い愛の力に捕らえられたトリスタンがイゾルデを思い切れるわけもなく、メロートと剣を抜き合ったトリスタンは、自らその剣に身を差し出すのでした。

忠臣クルヴェナールの助力により故郷カレオールの城に帰り着いたトリスタンですが、その傷は深く、死が待ち受けるばかりです。
しかし、イゾルデへの想いから、トリスタンは死の世界に入ることができません。

その時、海の彼方に、イゾルデを乗せた船の帆影が見えます。
傷口の包帯を外し、歓喜して迎えるトリスタン。

O diese Sonne
Ha, dieser Tag
Ha, dieser Wonne
sonnigster Tag !
Jagendes Blut
jauchzender Mut !
Lust ohne Masen
freudiges Rasen !

おお、この太陽 
この昼
歓びの 輝かしい昼!
はやる血潮 歓喜する心
限りなき快楽 喜ばしき狂乱

この傷を永遠に閉ざす女が 英雄の如く
祝福のために近づく
世界が滅びるとも 急いで行くのだ!

Tristan !

Wie, hor ich das Licht ?
Die Leuchte,ha ?
Die Leuchte verlischt !
Zu ihr ! zu ihr !

私は光を聴くのか
光はここに!
光は消える!
彼女のところへ!

「O diese Sonne !」に痺れます。
イゾルデを迎えたトリスタンの狂喜を、ベルリン・ドイツオペラの来日公演では朝の太陽のように輝かしく演じてくれました。
そして、「私は光を聴くのか」の「Licht」の発音が素敵。。
Ha の声もいいし、Zu ihr も味わい深く……(溜め息)

トリスタンはイゾルデの腕の中で息絶え、イゾルデもその場に崩れてしまいます。
イゾルデの後を追って来たマルケ王は、二人を祝福するために訪れたのですが、もはやイゾルデの耳にマルケ王の声は聞こえず、彼女のまた「愛の死」に至るのでした。


Mild unt leise wie er lachelt,
wie das Auge hold er offnet
seht ihr’s, Freunde?
Seht ihr’s night ?
Immer lichter wie er leuchtet
stern-umstrahlet hoch sich hebt ?
Seht ihr’s nicht ?
Wie das Herz ihm mutig schwillt
voll und hehr im Busen ihm quillt ?
Wie den Lippen, wonnig mild,
suser Atem sanft entweht
Freunde! Seht!
Fuhlt und seht ihr’s nicht ?
Hor ich nur diese Weise,
die so wunder-voll und leise,
Wonne klagend, alles sagend,
mild versohnennd aus ihm tonennd,
in mich drignet, auh sich schwinget,
hold erhallend um mich klignet ?
Heller schallend, mich umwallend,
Sind es Welln sanfter Lufte ?
Sind es Wogen wonniger Dufte ?
Wie sie schwellen, mich umrauschen,
soll ih atmen, soll ich lauschen ?
Soll ich schlurfen, untertauchen ?
Sus in Duften mich verhauchen ?
In dem wogenden Schwall,
in dem tonennden Schall,
in des Welt-Atems wehendem All
etrinken, versinken,
unbwust hochste Lust !

穏やかに 静かに 彼が微笑み
口を優しく開けているのが 
あなたがたには見えないのですか?
しだいに 明るく輝きをまし 
星の光に包まれつつ 空高くのぼり行くのが
あなたがたには見えないのですか?

彼の心が 雄々しく盛り上がって
豊かに気高く 胸に湧き出るのを?
唇からは陶然と柔らかく 快き息が静かに出てくるのを
友だちよ、 それが感じられないのですか?

私にだけその調べは聞こえるのか
すばらしく そして 静かに 歓びを訴え
すべてを語りつつ 優しく慰めるように
彼から響きでて 私の中へ入り 高く舞い上がり
優しい音で このまわりに響く 冴えた響きで

私のまわりを漂うのは 穏やかな風の波なのか
歓びの香りの ふくれあがる波なのか
それらの波が盛り上がり まわりに寄せるのを
私は呼吸すべきなのか
聴くべきなのか
すすり飲むべきか
身をひたすべきか

波打つ潮の中に 高まる響きの中に
世界の息のかよう万有の中に
溺れ 沈み
意識なき
至上の快楽よ――!

オペラの舞台

こちらはバイロイト劇場で収録されたジャン・ポール・ジュネ版。
まるで童話の世界のようなロマンチシズムあふれる演出が印象的でした。
トリスタンのルネ・コロはともかく、イゾルデ役のヨハンナ・マイアーがいまいち。
舞台としては上出来だけど、演奏に色気がない上、あの有名な『愛の死』をトリスタンの夢オチにした解釈も受け入れがたい。なまじ演出がいいだけに、惜しいですね。


こちらはゲッツ・フリードリヒ演出によるベルリン・ドイツオペラの来日公演の模様(NHKホールにて収録)。

無駄な装飾を一切排し、「愛(エロス)と死(タナトス)」の極限の世界を表現したフリードリヒの演出は、地味ながら非常に惹きつけられるものがあります。
ルネ・コロの歌唱は上記のバイロイト版よりはるかに上出来。
まさに円熟期のトリスタンが堪能できます。
でも、イゾルデ役のギネス・ジョーンズがいまいち私のイメージではないんですね・・。


こちらはワルトラウト・マイヤーのイゾルデ「愛の死」。
二十年ぐらい前はバレンボイム版の「ワルキューレ」で、ブリュンヒルデの妹役を好演。
上手だなあと思っていたら、やはりバイロイトでイゾルデを歌うまでになられましたか。
私個人としては、ワルトラウトさんのようにマイルドで優しい声が好き。

考えたら、最後の最後に「愛の死」があるわけですから、歌手にとってはしんどいでしょうね。
全幕歌い通してヘトヘトになったところに最高の見せ場があるんですもん。
ここでコケたら、今までの熱演も帳消しになってしまう。
大変なプレッシャーだと思いますよ。


世界中が感動した名手ビルギット・ニルソンの『愛の死』。
近年お亡くなりになったのですが、訃報もひっそりとして、歴史に残るドラマティック・ソプラノの死とは思えなかったくらいです。
「空前絶後のブリュンヒルデ」と言われた『ニーベルングの指輪』などは非常に聴き応えがあり、その歌唱は今も色褪せません。

『トリスタンとイゾルデ』のDVD・CD

NHKホールで収録された日本公演の模様。なんとブルーレイになって復活しました。もう永遠に廃盤かと諦めていたのですが。
(いったん製造中止になり、一時期、マーケットプレイスで1万円近い値段がついてました)

で、肝腎の内容ですが。

第二幕あたりまではよかったが、終盤、ギネス・ジョーンズが息切れしかけて、ちょっと苦しい。
ルネ・コロの演技と歌唱はバイロイト版よりはるかに上出来。熟年の魅力がにじみだしています。
特に第三幕の瀕死のトリスタンは非常に見応えあり。
演出も、ジャン・ポール・ジュネのような華やかさはないが、人物にフォーカスした、深く沈み込むようなトーンが印象的。
ゲッツ・フリードリヒらしい官能的な舞台です。

すでに廃盤となり、再販の見込みがたってないのが残念です。まさに幻のDVD。
以前のジャケット写真はこちら。
楽劇「トリスタンとイゾルデ」ゲッツ・フリードリヒ演出 ルネ・コロ主演 ギネス・ジョーンズ

確かに演出は素晴らしい、バレンボイムの指揮も悪くはないが、ヨハンナ・マイアーのイゾルデがいまいちだし、ルネ・コロに関しては上記のNHK&フリードリヒ版の方がはるかにいい。トリスタンも年を重ねないといい味が出ない。

関連する書籍

ワーグナー研究の第一人者による、文字どおり「決定版」といえる新訳。ドイツ語と日本語が同時に目に入ってくる画期的な組み方。もう、オペラを聴きながら訳文を見失うことはありません!「精読派」「学究派」にも満足のいくブロックごとの翻訳。

オペラの歌詞をいつでも気軽に楽しみたいならこちらの書籍がおすすめ。
創作の背景、上演の歴史など雑学もたっぷりで、オペラの世界が十分に楽しめる。

ワーグナー トリスタンとイゾルデ (オペラ対訳ライブラリー)

ワーグナー トリスタンとイゾルデ (オペラ対訳ライブラリー)

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三宅 幸夫 サントリー文化事業部 1992-11

バブルの名残で「リング全幕」の来日公演があった頃に発刊された(確か)豪華本。
オールカラーの写真・イラスト入りで、ワーグナーの生い立ち、音楽家への道、マティルダとの恋、ルードヴィヒ2世との出会い、バイロイト歌劇場設立、臨終までをマニア好みのエピソードを取り入れながら華麗に紹介。
各作品の上演の歴史、古今のワーグナー歌手などもピックアップされ、一冊丸ごとワーグナーの世界を堪能できる本だったのですが・・すでに廃刊。本当に残念です。
これは本当にオススメの逸品。私の家宝です。

ワーグナー 三宅 幸夫 サントリー文化事業部 1992-11

ワーグナー 三宅 幸夫 サントリー文化事業部 1992-11

ワーグナー 三宅 幸夫 サントリー文化事業部 1992-11

ワーグナー 三宅 幸夫 サントリー文化事業部 1992-11

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