Notes of Life

Think different、make difference、「違い」とは何か

2012年1月10日

10年ほど前、アメリカの親戚に、中高校生向けの「歴代・アメリカ大統領 百科」を見せてもらったことがある。

巻頭に寄稿していたのはジョージ・ブッシュ元大統領。「若い君たちへのメッセージ」の最後の締めくくりは「make difference」。

「歴代のアメリカ大統領はみなそれぞれにユニークだった。誰の真似でもない、独自の人生を創り出しなさい」みたいな内容だった。

それよりもう少し前、スケルトン調の可愛いiMacが世界中を魅了した時、毎日のようにTVで流れていたコマーシャルがこちら。

Appleのキャッチフレーズも「Think different」。

日本語訳は、

クレイジーな人たちがいる。反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。
四角い穴に丸い杭を打ち込むように、物事をまるで違う目で見る人たち。
彼らは規則を嫌う。彼らは現状を肯定し­ない。彼らの言葉に心をうたれる人がいる。
反対する人も、賞賛する人も、けなす人もいる。
しかし彼らを無視することは誰にもできない。
なぜなら、彼らは物事を変えたからだ­。
彼らは人間を前進させた。
彼らはクレイジーと言われるが、私たちは天才だと思う。
自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが、本当に世界を変えているのだから。

スティーブ・ジョブズの死後、スタンフォード大学で行われた卒業スピーチの締めの言葉、「stay hungy, stay fool」がにわかにクローズアップされているが、私は「Think different」というキャッチフレーズの方が100倍ぐらい好き。このCMも流される度にTV画面に釘付けになった。これほど人の心を鼓舞する言葉もあるまい、と思う。もし、あなたが、独創的なアイデアを持っているとしたならば。

ところで「違い」とは何だろう。

周りがみんなスマートフォンに買い換えても、オレはガラケー派と頑張ることか。

みんながゆるかわウェーブを始めても、私はトサカにワンレンを通すことか。

一目見て「あの人、違うね」と分かるような違いは大して問題じゃない。

まして、持ち物とかライフスタイルとか言動とかにおいて、人と差を付けて目立てばいい、というものでもない。

私が思うに、「ここぞ」という時に自分を主張できる強さだと思う。

それこそ誰が見てもクレイジー、成功するわけがない、というようなアイデアに、自分を懸けられることだ。

人と違う発想するぐらい誰にでも出来るし、周りに上手くアピールして自分を10にも100にも見せることも簡単だ。

でも、世間の総スカンにあっても自分の主張を貫くのは勇気が要るし、その為に地位や財産やキャリアを失うかもしれないとしたら、途端に保守的な選択をする人が大半だ。

Think differentもmake differenceも、まさに人生をかけた一人称の世界。

昨日今日の思いつきで実践できることじゃない。

でも、実際には、そこまで気負う必要ないのよ。

分かる人には分かるものだから。

「これはレジェンドになる」──そういう確信があるから、命をかけても主張し、実行し、敵の銃口に心臓を向けるような真似が出来るわけで、別に頑固でも、やけっぱちでも、何でもないのね。ほんと、確信犯。

よほどのバカでもない限り、何の予感もない事に命を懸けたり、全財産を注ぎ込んだりするようなことはないよ。

もうね、彼らには自分やアイデアが「選ばれた」ってことが分かってるの。あえて口に出して言わないだけで、確信があるのよ。人はそれを「信念」とか「意志」という言葉で表現したがるけどね。

だから、特別になるために──違いの分かる人になるために──わざわざ訓練や工夫などしなくても、とにかく目の前のやるべき事、やりたい事に集中する、それが第一だと思う。心の奥に「どうしたらいい?」という執念みたいな疑問と意欲を持ち続けて。

そのうち、ふと、トイレでしゃがんだ瞬間に「コレだ!」と閃くでしょう。

通勤途中、なにげに目に入った雑誌の吊り広告に神の啓示のような一言を見出すかもしれません。

「違い」は神様からのギフト、それを実行するのは人間の業です。

でも、神の啓示を待つ間、たいていの人は退屈するか絶望するかで、ゴールの三歩手前で引き返しちゃうんですよね。。。

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