父の死を見つめて ~スティングの『ソウル・ケージ』&『ワイルド・ワイルド・シー』

§ ソウルケイジについて

どれほど進歩的な人間も、いざとなると思わぬ保守性に足がすくむものである。

こんな事をして、妻子はどうなるんだ、老後はどうするんだ、貯金も底をついたら何を食べて生きて行けばいいのか、その時、世間の人間は何というだろう、etc。

馬鹿げた思い付きが何度も頭を掠め、その度、自分こそ選ばれた人間ではないかと自惚れたりもする。

でも、よくよく考えてみれば、今の安定した生活を捨てられるわけもなく、それはやはり自分にとって空想に過ぎないことを悟る。

所詮、自分の人生はここまでだったのだ。何か出来るような気でいたけれど、この町で終わる運命だったのだ、と、半ば自嘲しながら。

そうして飛び立つことを諦めた一羽の鳥は、せめて自分の巣だけでも立派に育みたいと願う。

たとえ自分自身はここから飛び立つことはなくても、自分の羽を分けた小鳥は遠くまで羽ばたく日が来ないとも限らないから──。

スティングがそういう父親に育てられたかどうかは分からない。

でも、小さな港町でひっそりと生涯を終えた父は、野心的な彼の目には、凡庸を絵に描いたような保守的かつ退屈な人間に映ったかもしれない。

いくらか成長し、自分の親の人生を思う時、私たちはそこに自分自身の未来を占うことがある。

こうはなりたくない、ここだけは似たくない。そうした思いは、誰の中にも少なからず去来するのではないだろうか。

親とは、自分が辿る道であり、切り離せぬ宿命でもある。

より遠く、より力強く、世界に羽ばたこうという時、檻に繋がれたような親の姿が自分自身の暗い未来となって心に映ったとしても、それは責められることではない。

ある意味、親という宿命を振り切って、自身に流れる血をリニューアルすることが、子の、子たる所以という気もする。

そう考えると、スティングというアーティストは、ソウルケイジに閉ざされた父の魂を道連れに、過酷なショウビジネスの世界を憑かれたように駆け抜けてきた男、と言えなくもない。

もっとも、それは、アルバム『ソウル・ケイジ』に書かれた数々の幻想的な詞を元に、私が頭の中で思い描く彼の人生であって、現実はまったく異質のものだろう。

だとしても、『ソウル・ケイジ』に流れる哀愁は、父を亡くした淋しさより、むしろ鎮魂に近いものがある。

いまださまよえる魂は、生涯かけても慰めきれない陰影をおび、父の人生を思う時、叶えられなかった夢への痛みが全身にほとばしる。

利己的に、野心のままに、ショウビズの世界を駆け抜けてきたスティングだからこそ、とらわれの哀しみは誰よりも深く心に響く。

今、彼に出来ることと言えば、大海原を前にした少年時代に戻り、もう一度、父と共に歩くことだ。

決して「理解し合えた」とは言い難い関係であっても、触れた愛は本物である。

そして、父の魂を詞に書く時、以前は埋められなかった心の距離が一気に埋まってゆくような気がする。

振り返り、振り返りしながら思う。

父の人生もまた尊かったことを──。

表題の『ソウル・ケイジ』よりIslands of Soulsの方が好きでした。それまでの流れから大きく舵を切って、いきなりケルティックなサウンドを出してきた点でも。

*

ということをイメージさせてくれるアルバムです。

昔からのディープなファンで、1stアルバムの「アウトランドス・ダムール」から通しで聞いてきた人には、ここらで転機をを感じるんじゃないでしょうか。

そこまで名盤と称えられるアルバムではないですが、曲の一つ一つに味があります。
聞く度に新しい魅力を発見する一枚です。

アルバム『ソウル・ケイジ』の思い出

1990年、このCDを買った時のことは今でも鮮明に覚えている。

当時、私は生真面目な看護学生で、毎日実習、実習で追いまくられ、まさに息つく暇もないほどだった(看護学校の実習は毎年脱走者・ノイローゼ者が出るほど厳しい)

TVもない、個室も持てない、4人一部屋の寮生活で、唯一自分の空間と言えば、カーテンで仕切られたベッドの中。学生寮で持ち込みを許されていたメディア機器と言えばラジカセだけだったから、みんな枕元にCD付きのプレイヤーを置いていた。

ベッドに潜り、カーテンを閉め、ヘッドホンを当てると、ようやく一人に帰った安らぎと、友達にさえ打ち明けられない不安や淋しさがどっと胸の中にあふれる。

米米クラブや爆風スランプや久保田利伸の何気ないラブソングが無性に心にしみたっけ。

私も大人の男性に憧れる、ませた一人の女の子だった。

わけても、スティング(&ポリス)は最高の憧れだった。

本物に逢えたら死んでもいいや、と思ってた。

ヘッドホンの向こうに彼のハスキーな歌声を聞きながら、人生を共に闘うなら、絶対にこんな男性がいいと頑なに思い込んでいた。

そんな時に飛び込んできた「スティング、ニューアルバム発売」のニュース。

まるで空からラブレターが舞い降りてきたような心境だった。

あの日の福岡は曇り空で、今にも泣き出しそうだったっけ。

実習が終わると、急いで私服に着替え、西鉄電車の急行停車駅町に急いだ。

いつもは必ず立ち寄るバイト先のお店も、この時ばかりは素通りし、駅前の小さなCDショップに直行した。

そして、洋楽コーナーの「s」の並びに、入荷したばかりの「ソウル・ケージ」のケースを見つけた時はどれほど嬉しかったか。

予想に反して、ジャケットの表紙は抽象的な絵画で、「ナッシング・ライク・ザ・サン」のような憂いのあるポートレートを期待していた私はちょっとガッカリだったけども、それでも本当に嬉しかった。ああ、またあの音楽の続きが聞けるのだ、と、胸が高鳴って。

でも、そうして手に入れたCDはすぐには聞かないんだ、あまりのもったいなさに。

特別なものは、特別なオケ-ションで聞く。

すべてが整わないと、聞く気にならない。

とはいえ、4人一部屋の寮生活で、自分の世界にひたれるチャンスなどあるはずもなく、買ったCDはそのまま枕の下へ。

それから実習のレポートを仕上げ、ルームメイトとたわいもない会話で1日を終わった頃には11時を回っていた。

あ~、明日も実習だ。

今度はどの看護婦さんに突っつかれるんだろ(←軍隊なみに厳しい)

あの患者さん、ちょっと苦手だな。

○○ちゃんのフォローもしないとな。

早く免許を取って、独り立ちしたいな、etc。

思うこといっぱい、でも口には出せない。

誰かに言ったら、そのままくず折れそうな気がするから──。

そういう気持ちを受けとめてくれるのがスティングで、実際に彼が側に来て、ウンウンと話を聞いてくれるわけじゃないけども、彼には私にないエゴがあり、強さがあり、知性がある、それを感じるだけで、この世のいろんなこと、乗り切ってゆけるような気がした。

そして、頑張って、頑張って、すべての辛いことを乗り切ったら、いつか、きっと、スティング(=伴侶のイメージシンボル)に出会える、って。それを心の支えにしてた。

彼の音楽と存在に、いっぱい夢見てたんだよね。

だから、皆が寝静まってからパッケージのビニールを破き、ピカピカの、今にも指が切れそうな新品のディスクを取り出し、プレイヤーにかけた時、大海原を彼と旅するようなイメージだった。

前作「ナッシング・ライク・ザ・サン」が「母なるもの」「女性」をイメージしたアルバムであるのに対し、「ソウル・ケージ」は亡き父に捧げられている。

寂れた港町ニューキャッスルで、遠く旅立つ船影を見送りながら一生を終えた父は、必ずしも「彼の理想とする男」ではなかったが、心の支えであり続けた。

そんな父の思い出を、物語に登場する父子の姿に重ね合わせて謳ったのが「ソウル・ケージ」であり、ここでは『シンクロニシティ』で見せたような「やんちゃ」な情熱も、『ブルー・タートルの夢』のシャープなセンスもなりを潜め、まるでケルト神話を思わせるようなアルバムに仕上がっている。

とりわけ白眉のものが「ワイルド・ワイルド・シー」。

煙るような海を渡る白い船と、それを幻のように追う僕。
あてもなく吹きつける風の中に、僕自身まで見失いそうになる。
周りを見渡しても誰もいない。
迷子になりそうな不安の中で見上げる父の顔。
でも何かを答えてくれるわけじゃない。
誰か僕の為に祈って欲しい。
僕の赴く所が間違いじゃないってことを。

そういう印象の歌。

スティングがこういう路線で来たのはちょっと意外だったが、新しい魅力を発見した秀作である。


後にこれがクラシック路線に発展するとは夢にも思わなかったけれど。

もしかしたら、このあたりから、血気盛んな若い時代には別れを告げて、もっと高次な世界へと歩み始めちゃったのかもしれないなあ。

こちらはアルバム・タイトル曲の「ソウル・ケージ」。

この曲もやはり海、港町、父親をテーマにしています。

旅立つことを夢見ながら魂ごと檻に閉じ込められた男、それがスティングの父親のイメージなのかな、と思ったり。

総括すれば、けっこうトーンの暗いアルバムなんですよね。

これをベストに挙げるファンはきっと少ないと思う。

私の中でも異色の存在だし。

でも、これ以降、スティングはホントに変わった。

変わった……というより、時の流れなのだけど。

私も次作の「テン・サマナーズ・テイルズ」以降はもう買ってない。

こちらは20年以上連れ添った『ソウル・ケージ』のライナー・ノート。だいぶ黄色くなっちゃった。
そして、私の気持ちも、20年前で止まったまま。
今でも聴くのはやっぱり「シンクロニシティ」であり「Every little thing she does is Magic」なんだなぁ。。

スティング ソウル・ケージ

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