Notes of Life

「夫婦のベッドに子どもは入れない」 日本のセックスレスと家庭崩壊の原点

2010年12月14日

日本では子どもが産まれると母親と添い寝して、親子3人川の字になって眠るのが、「幸せ一家」の情景として語られますが、この話をアメリカ人やポーランド人にすると、きまって怪訝な顔をされます。

面と向かって「気持ち悪い」とは言われないけれど、目が物語ってるんです。「じゃあ、夫婦生活はどうするの?」と。

周知の通り、「欧米では子どもが産まれると、乳児の頃からベビーベッドに寝かせ、子どもの自立心を育む」といったことが知られていますが、それは理由の半分にもならない。本音は「夫婦生活をジャマされたくない」、この一言に尽きると私は思います。

ここで言う「夫婦生活」とは、メイクラブはもちろんのこと、夫婦の語らい、スキンシップ、恋人のような甘い一時、それらすべてを差します。

でも、夫婦のベッドに子どもが割り入って、物理的にはもちろん精神的にも「夫婦だけの時空間」を持てなくなると、やがて心が疎遠になり、ついで身体も離れます。

もちろん、夫婦別室や添い寝状態でも心が繋がった仲良し夫婦は多いかもしれませんが、それはあくまで妻の主観であって、夫はそうでない場合も少なくない。

そして、夫は肉体的精神的不満から、以前のように妻のことが「かわいい」「いとしい」とは思えなくなるし、その気配を察すると、妻はますます孤立感を深め、些細なことでヒステリックになる、結果、夫にますます疎遠にされる。

子どもが夫婦の間に割って入ると、双方が心と身体のデフレスパイラルに陥り、育児にも家庭にも悪影響を及ぼす恐れがある──というのが、添い寝しない考え方のベースにあるわけです。

実際、育児ストレスの大半は「夫ストレス」だし、彼らが定時に帰宅して、お風呂や食事、寝かしつけなど手伝えば、状況はずいぶん改善するんですよ。

そんでもって、恋人時代のように優しくいたわってくれたら、それだけで「子ども三人でも、四人でも、どんとコイ!」と元気がでる。

女性もそういう面で単純だから、ちょっとの工夫で育児なんていくらでもラクになるわけです。

ところが、物理的なヘルプはもちろん、精神的なサポートもなく、まして夫婦二人だけの時間も会話もなくなって、お互いにとって「働くだけの人」「家事と育児するだけの人」になってしまうと、油の切れた歯車と同じ、ギスギスするだけで愛情も枯れていってしまう。

そんな親を見て育つ子どもも幸せなんて感じないし、世の中が楽しい場所だとも思えなくなる。

何にもいいことはありません。

だから、夫婦二人の時間と空間を大切にしよう、せめて眠りに就く前の10分、20分ぐらい、夫婦二人で語らい、身体を寄せ合って、お互いの愛情を確認し、共に生きる気持ちを高めましょう──というのが、夫婦のベッドに子どもは入れない理由の最たるものなんですね。

ところが、こういうことは、日本ではほとんどといっていいぐらいクローズアップされない。

育児相談も、「母親であるあなたが息抜きしながら、頑張りましょう」、そんなのばっかり。

育児アドバイザーも問題の本質をもっと別の角度から捉えて「夫婦二人だけの時間を大切にしていますか、ちゃんと心と身体で繋がっていますか」ぐらいのことを言えばいいのに、結局、母子繋がりばかり強調して、「夫」は蚊帳の外、それでいて「イクメン」なんて言ってる、本末転倒です。

たとえば欧米で大人気の『スーパーナニー』という育児番組を見ていると「添い寝主義の夫婦のベッドから子どもを排し、夜中に子どもが入ってきても、必ず子供用ベッドに連れ戻し、絶対に添い寝はさせない」という方策を取って、子どもの自立心はもちろん、夫婦関係の改善にもつとめるアドバイスが積極的になされている点から見ても、日本の夫婦関係というのは、ずいぶんなおざりにされているような印象が拭えないのです。

ところで、私がよくチェックしている「サイゾーウーマン」の「女性誌速攻レビュー」というコーナーで、『妻とのセックスは近親相姦!? 「VERY」の「イケダンの真実」が怖すぎる!』という記事があるのですが、その中で、「イケダン(イケてる旦那)」の告白として、次のような言葉が紹介されていました。

「気分は『近親相姦』です。タブーですよ(笑)」
「同じ女性といつまでもセックスするなんて、生物学的にみても『変態』なのではないでしょうか?」

全女性を敵に回すような言葉ではあるけれど、夫婦という男女の結びつきに子どもが割って入れば、そうなってしまうのも致し方ないでしょう。

日本の母親って、「結婚して、子どもが産まれても、『女でいたい』」という欲求が強いけれど、それは「夫に対して」ではなく、ママ友とか、ご近所とか、周囲に対してそう見られたいという気持ちの方が強い。

自分の「女」を夫に対して使おうとは思わないのだから、夫が上記のようなことを考えたとしても文句は言えないと思います。
(妻側も「夫に触られただけで鳥肌が立つ」とか言ってるんだし)

そして、そのトリガーを引く一つの原因が『子ども中心』の育児観であり、「添い寝」→「夫婦のベッドに子どもを入れてもOK」→「夫婦生活が失われても構わない」という考え方だとしたら、「親子3人、川の字」は、必ずしも幸せの情景とは言えないんじゃないでしょうか。

私も結婚生活してつくづく思うけど、夫婦というのは一度崩れだしたら本当に脆い。

親子関係とは比較にならないぐらい、脆いものをもっています。

だからこそ、欧米のカップルは、「夫婦のベッドに子どもを入れない」という考え方を堂々と優先するし、育児アドバイザーもそれを主張する。

子どもの自立うんぬんより、「夫婦関係の維持」の方がはるかに重要なのです。

ある意味、夫婦関係が良好で、両親がいつも満たされ幸せだからこそ、子どもが安心して自立できる、という一面もありますしね。

私も「VERY」の特集記事を実際に読んだわけではないので、これ以上のことは言えないけども、日本の家庭崩壊の原点って、どう考えても夫婦生活にありそうな気がするのは私だけでしょーか??

ちなみに、上記で紹介した記事、面白いですよー。(というか、この女性誌レビュー企画そものもがスゴすぎるんですけど)

今月の「VERY」、イチオシページは「2011年NEW YEAR お履き初め 『美黒パンプス』を新調しよう」です。
何と言っても、「お履き初め」という語彙センスに胸打たれました。
シーン別にアイテムが紹介されているのですが、写真に添えられた「卒入園式は控えめデザインで”みんな一緒”から脱出」「悪目立ちは避けたい場所ではシンプル美を追求」などの短いフレーズに「VERY」読者の特徴がギッシリ。
隙あらば出し抜いて目立ちたいけど、反感を買うのは避けたい」……同性からの監視に雁字搦めにされた学生時代、OL時代を卒業し、主婦になってもなお、自己顕示と協調性の狭間で揺れる女心。
一歩踏み出せば、なんてバカバカしいことに悩んでいたんだろうと気付くんでしょうが、人間、その最中にいるときは問題の本質を見抜けないものです。

おまけに・・

 まずは大特集の「感動のコスパブランド新勢力図」。ここでも、企画趣旨のリードから、自意識過剰が目に付きます。
「(略)今やファストブランドは見逃せないワンジャンルに。でも飛びついて買うと失敗したり、私たちのワードローブの定位置を担うにはまだまだ、というイメージも」
おおっと、来ましたよ、上から目線が……。

<中略>

「VERY」読者は家事に、子育てに、仕事に大忙し。ただでさえ忙しいのに、みなさん「自分時間」とやらを無理やり作って、読書やら通信教育やら、ゴルフレッスンやらでさらに大忙し。たまにいますよね、「手帳を埋めることに一生懸命」な人。時間が空くと、「私の人生、主婦業だけで終わっちゃうのかしら?」って不安になることを阻止したいのでしょうが、たまには「見栄張って、お洋服とお受験のことばっかり考えていていいのかしら?」と考える時間も作ってほしいものです。

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