成長とは醸成なり。子どもを育てるには時間がかかる

もうすぐ七ヶ月になる娘が、つかまり立ちを始めた。

ハイハイをすっ飛ばして、歩行モードに入っているようだ。

が、当然のことながら、極めて不安定なつかまり立ちである。

なぜなら、足の後面の筋肉が鍛えられていないからだ。

ハイハイをしていない娘は、バレリーナのように爪先で立つ。

そして、腕全体で身体を支える。

なんとも危なっかしい立ち方である。

「これではいかん」と、ハイハイの練習もさせるべく、うつ伏せにしたりもするのだが、そうすると嫌がる。そして、すぐ立ちたがる。抱っこしていても、何をしていても、すぐ、つかまり立ちの態勢をとるのだ。

ハイハイが先やろ!!

……と思うのだが、娘は、立つのが相当に好きらしく、一日中、つかまり立ちの練習に余念がない。

一足飛びに何かを成そうとする姿は、まさに、私の娘らしい。

そして、今日はついに、台所に置いたベビーベッドの中で、一人で立ち上がり、流しの縁をつかみながら、歩行の態勢にはいった。

こらこらこらっ!!

ハイハイを飛ばして、歩けるわけがなかろう。

が、新しい姿勢を取ることが出来た娘は、もうプレ伝い歩きに夢中だ。

よほど嬉しいのか、流しの縁にかじりついて、喜んでいる。

これでもう、台所にベビーベッドを置くことはできなくなった。

今に、柵を跳び越えて、転落すること必至だからだ。

子どもの成長は早い。

……というより、乳児期は、単に、展開が早いだけなのだが。

それにしても、ぐらぐらしながら、つかまり立ちしている娘の姿を見ていると、成長のワンステップを抜くと、こんなに不安定なものかと考えさせられる。

「よその子より、早く出来るようになった」からって、それが何だろう。

ワンステップ抜いたものは、「出来る」というだけで、万全ではない。

鍛えられるべきものが鍛えられ、必要なものが全て揃って、初めて、次のステップに進むことが出来る。

歩行に限らず、トイレでも、食事でも、なんでもそうだ。

「出来る」という事だけを追えば、それに伴わないものを見逃す。

物事には、醸成する「時」というものがあって、その時計は一人一人、違う。

それを、見栄や競争や焦りから、無理に時計の針を進めようとすれば、何かを欠いたまま、突っ走ってしまう。

そうすると、元から、ゴールに必要なものが揃っていないのだから、途中で力不足で挫けてしまう。

もう一度、元からやり直そうと思っても、それもなかなか難しいものだ。

時間はかかっても、一つ一つ、確実にステップを踏んだ方がいい。

一足飛びは、たとえ、自慢の種になっても、本人の為にはならない。

そんな事を考えながら、娘のぐらぐらつかまり立ちを眺めているのだが、一度、立つ喜びを覚えたものは、今さら、地べたに這いつくばって、ハイハイすることなど望まないんだろうな。

……そんな雰囲気だ。

とはいえ、赤ちゃんにとって、「立つ」ということは、ぐんと視界が広がり、精神的にも肉体的にも、大きな革命的事件だろうし。

まあ、好きにさせながら、成り行きを見守ろうと思う。

それにしても、トウ(爪先)が強い。

さすが、ロシアの名バレリーナから名前を拝借しただけのことはある。

最初の靴は、トウシューズか。

いつか、娘がバレエに興味を持ったら、一緒にバレエ教室に通うのが夢だ。(体型を直しにな)