坂本龍一『ラスト・エンペラー』『戦場のメリークリスマス』

2016年8月25日映画

私の高校の吹奏楽部のOBに、東京芸大で学んだYさんという大先輩がいて、しがない高校バンドの私たちからすれば仰ぎ見るような存在だったのですが、その方の土産話の一つが「あの坂本龍一と同期」というもので、「キャンパスを歩いているところを何度か見かけた」とか「学科は違うけど、噂には聞いていた」とか言われる度に、「ウッソー、スッゴー、キャー」の大合唱。

実のところ、何がどうスゴイのか自分でもよく分かってなかったけれど、今、思い返せば、坂本龍一その人より、「あの世界的な有名人と同期」という点にキャーキャー言っていたような。

そんなミーハーの私と坂本龍一の初めての出会いは、あのYMOの時代。

私の姉が友達からレコードを借りてきて聴かせてくれたのがキッカケだ。

『増殖』というタイトルのLPレコード。音楽というよりは、ジョークのような、ちょっと理解不能だったけど、それまでクラシックやスタンダードしか聞いたことのなかった私には、インパクトは大きかった。

今じゃテクノ・サウンドなんて巷にあふれかえっているけれど、YMOが出てきた時って、シンセサイザーだけでンチャンチャやってるのって、本当に斬新だった。個人的には、それ以前に、富田勲さんの『惑星』(これもまたホルストの名曲をシンセサイザーにアレンジしたもので、非常に素晴らしい)』に親しんで、ああいうコンピューター・チックなサウンドに馴れてはいたけれど、YMOは、そこにもっと現代的な要素が盛り込まれて、なんか「宇宙から来たローリング・ストーンズ」みたいだったの、私にとっては。

そんでもって、あっという間に、「ライディーン」とか「テクノポリス」が大ヒットし、刈り上げのような「テクノ・カット」とかファッションも流行して、いきなり時代が20年も30年も進んだような印象。洋楽では「ELO エレクトリック・ライト・オーケストラ」なんてバンドも人気があって、なんか、世界中がピコピコしだしたような記憶がある。

でも、坂本龍一と言えば、『オレたちひょうきん族』でさんまちゃんやビートたけしと絡んで、おとぼけギャグやってる教授の方が好きだったし、『いけないルージュ・マジック』で忌野清志郎とスリリングなキス・シーンを披露したりとか、そっちの方に興味があって、映画『ラスト・エンペラー』でアカデミー主題歌賞を受賞された時も、なんかピンとこなかったのね。『戦場のメリークリスマス』もみんな騒ぎすぎ! (ネコも杓子も楽譜買ってからに)な部分で、ちょっと距離おいてたわけ。

でも、最近……ホント、ごくごく最近になって、改めて聞いてみると、『ラスト・エンペラー』も『戦場のメリークリスマス』も、本当に綺麗ないい曲じゃないの。どちらも映画見たから余計で胸に迫るというか、「ああ、この作品には、このメロディだな」と、心の底から思わずにいない。

なのに、どうして今まで距離を置いてたんだろう? それはきっと周りの「騒ぎすぎ」が気に入らなかったからだろう。

坂本龍一のことは、影でこそっと聴くのが一番いい。スタンス的に。

周りがイイ! イイ! と騒げば騒ぐほど、俗っぽさにまみれて本当の良さが分からなくなるから、こういう人の音楽はマニアックに聞き込むのが一番落ち着くような気がする。

映画『ラスト・エンペラー』

1950年。5年間にわたるソビエト連邦での抑留を解かれ送還された中国人戦犯の中に、清朝最後の皇帝、ラスト・エンペラ―宣統帝愛新覚羅溥儀がいた。わずか3歳で清朝皇帝の地位につきながらも、近代化の嵐にもまれ、孤独な日々を送らざるを得なかった溥儀。彼が即位してから文化大革命以降に至るまで、文字通り激動の生涯をあますところなく描き出した珠玉の名作!

言わずとしれたベルトリッチ監督のアカデミー受賞作。ジョン・ローンの代表作でもあり、「世界のサカモト」として名を高めた記念碑でもある。

中国の近代史に通じていないと理解の難しい部分があるが、紫禁城の塀の中で二千人の宦官にかしづかれ、絶対的な『清朝皇帝』として暮らしていた「溥儀」が、時代の流れと共にその地位を追われ、時には利用され、最後は「一人の中国市民」として王朝の歴史を閉じる様は、まるで悠久の大河が露と消えるが如く、哀れとせつなさを感じさせる。

かつては王侯貴族しか出入りを許されなかった紫禁城が、今では有数の観光地として一般に開放され、皇帝の玉座も歴史的見世物となっている。そして、それらの観光客に混じって、人民服姿の溥儀が幼い子供につぶやく、

おじさんは、昔、あそこに座っていたんだよ(That is where I set.)

あの一言ほど、歴史の非情さと儚さを感じさせる言葉もない。
またそこで秋の風のようにしんみりと流れる坂本龍一の音楽が泣かせるんだなあ。


この作品も見所が多いのだけども、私が一番印象に残っているのが、戦犯として収容されてなお自分で靴紐を結ぶことができなくて、お伴の人が「まだ自分で結べないのですか!」と溥儀の足元にかがむ場面。これは溥儀の無能さや贅沢ぶりを批判するものではなく、「自分で靴紐も結ぶ必要もない環境」に育った溥儀が囚人として収監される、この落差と衝撃にあると思う。普通の人間なら戦犯になるだけでも大変な衝撃なのに、中国においては神にも等しい皇帝だった人が、歴史の流れから、突然、囚人扱いされるというのは、普通の人間が耐えうる試練を超えているのではないだろうか。実際、溥儀が自殺を図るエピソードもあるけれども。

そして、今、坂本龍一のアルバムをいろいろ聞き比べながら思うのは、喫茶店のBGMみたいなピアノ・ソロより(それも素敵なんだけれども)、民族音楽の要素を取り入れた曲の方が断然いいな、ということ。ラスト・エンペラーがアカデミー音楽賞に選ばれたのも、本来の持ち味と映画の舞台が上手くマッチしたからではないかなー、なんて思ったりもする。

ジョン・ローンの名演ともども、後々まで残るでしょう。

こちらがサウンドトラック。

ベルトリッチ監督のアカデミー音楽賞受賞作。音楽を担当しているのは,坂本龍一,デヴィッド・バーン,スー・ソンの3人。ひと言で表現すれば,坂本はドラマティック,バーンはユーモラス,ソンはシリアス,といったところか。音楽だけでも充分に楽しめる。

映画『戦場のメリークリスマス』

1942年、ジャワの日本軍俘虜収容所。まだ夜が明けきらない薄闇の中、日本軍軍曹ハラは英国軍中佐ロレンスを叩き起こす。朝鮮人軍属が白人俘虜を犯すという破廉恥な事件が起きたため、ハラが独断で処分する立会い人として、日本語を自由に操るロレンスが必要だったのだ。そこに収容所長のヨノイ大尉の気合が響く。隙を突いて朝鮮人軍属は銃剣を自らの腹に突き立てる。ジャカルタの軍事裁判で英国軍少佐セリアズが裁かれている。彼に熱い視線を送るヨノイ。茶番の処刑劇を経て、セリアズは収容所に移送される。そして、それがすべての厄災の始まりだった……。

今ドキの腐女子が泣いて喜びそうなオール・イケメン・キャスト。デヴィッド・ボウイと坂本龍一の演じるスリリングな男の愛(?)にそそられる。どうせなら、唇にして欲しかったのにぃ~~☆ 

映画の冒頭から、ヨノイ大尉の切ない片想いで、まさに「君に胸キュン、キュン!」状態。
それを察して、チューしてあげるセリアズ少佐もとってもスウィート。

BL小説がそのまま抜け出してきたような妖しさで、女殺しの作品だよね。
ヨノイ大尉の倒れ方もまるで少女漫画の王子様みたいだし(坂本龍一、上手だわ・・)。

それにしても、デヴィッド・ボウイが美しすぎる。。。あの年齢で、パブリック・スクールの制服姿が似合うのも、世界広しといえど、デヴィッドぐらいではなかろうか。もう溜め息ものです♪♪


正直、坂本龍一の音楽ばかりが先行して、肝心の映画、しいてはL. ヴァン・デル・ポストの原作『影の獄にて』がどうしても影が薄くなりがちなのだけども、この作品は、やはり原作を読まないと、「ん? なんでデヴィッド・ボウイは命を懸けてまで仲間を救おうとしたの?」という肝心の部分が響いてこない。

学生時代、幼い弟を見捨てたことに対するセリアズの奥深い苦悩と贖罪に物語の核があるのだけれど、やはり映画は時間の関係もあって、そこまで描ききれてない。

映画だけチラっと見たら「ケンカして、キスして、みんな死んで終わり」みたいな印象しか残らないけど、原作を読むと、セリアズのキスの本当の意味が分かるよ。独房でロレンスと語り合う場面も、原作はもっと掘り下げているしね。

それでも、戦争に対する大島監督のメッセージは随所に散りばめられていて、やはりラスト、ロレンスが明日に処刑を控えたタケシの独房を訪ね、「苦い勝利だ」と語る場面は胸にしみる。戦争が終わっても、イギリス人捕虜と日本人将校の立場が入れ替わっただけで、誰も幸せになってない。「nobody is right(誰が正しいわけでもない)」というのは本当にその通りだと思う。

タケシもいい顔して演技してるよ。今、改めて見ると、良さが分かる。

Wikiを読んでいると、ビートたけしも坂本龍一も「客観的に参加していた」とかで、お互いに「演技がヒドイ」なんて自嘲してるけど、あれはあれで良かったように思う。
演技達者な人が前面に出てきたら、あまりに生々しくて、映画全体が重くなったかも。
たけしや教授が出てるから、どこかファンタジックな要素があって、フィクションとして味わえるけども。

映画の原作として読むなら、こちらがオススメ。私も誕生日プレゼントにもらった。ミーハー的にデヴィッド・ボウイのファンになってしまう。

坂本龍一、デヴィッド・ボウイ、北野武の豪華ハイライト・シーン…。大島渚監督が描いた映画の感動がスチール写真と読みやすい文章で甦る。

このサウンドトラックも改めて聴くと、西洋的なものと東洋的な響きが見事に融合して斬新だな、と思う。
一時期、ネコも杓子も楽譜を買って、「戦メリ!」とかってピアノを弾いてる人が多かったから(私の周りでは)、ちょっと興ざめだったけど、今なら「いいな」と素直に思える。特に、キス・シーンのあの音楽。

大島渚監督,デビッド・ボウイ,ビートたけし共演の『戦場のメリー・クリスマス』はカンヌ映画祭にも出品され惜しくもグランプリはのがしたものの大変な評判を呼んだ。殊にボウイと坂本龍一のラストのキス・シーンは話題になったものだ。一枚はオリジナル・サントラ,そしてもう一枚は全曲ピアノ・ヴァージョンとして新たに録音し新曲「JAPAN」「CODA」を追加収録。メイン・テーマ「メリー・クリスマス・ミスター・ローレンス」は日本の伝統音楽と東南アジアの民族音楽を融合した感がする。

§ その他のアイテム

坂本龍一のことなら、この3部作を一気に聴くのがよろしいか、と。究極のベスト盤ですね。

「癒しの一枚」という感じ。綺麗だな、とは思うけど、やっぱ教授の真骨頂は上記にあるような。

この曲もめちゃくちゃヒットした。