『労働相談苦情処理システム』に関する覚え書き

よく教育の現場で「社会で生きて行く力を身につけよう」と言いますね。

社会で生きて行くには、いろんな能力が必要ですが、一つには、『労働相談苦情処理システム』のようなパンフレットが読めて、自分に保証された権利と社会サービスの内容が理解できて、なおかつ、そうした情報を自分から取りに行ける能力が大きいと思います。

端的に言えば、「読める」「理解する」「行動する」です。

何かといえば社会が悪いという話になるけども、よくよく調べてみれば、労働者の権利も条文化され、保証されている事が多いです。

また、行政にはそれを救済する義務があるし、それを専門的に勉強している人もたくさんいる。

しかし、どれほど権利を条文化し、社会サービスを整えても、利用する側が「パンフレットに書いてある意味が解りません」「漢字が読めません」「三行以上の長文が読めません」「役所が何所にあるか知りません」「調べ方も分かりません」では、話にならないわけです。

行政がどれほど立派な施策をしようと、それを一軒一軒訪ねて歩いて教えてくれる余裕はないし、知らない人の肩を叩いて教えてくれるわけでもない。

理想としては、「家でじっとしていても、行政サービスが口の中に入ってくる」ですけど、現実は決してそうはならないし、そんな事を実現しようとしたら、どれほどの予算と人出が要るか分かりません、だから「困ったことがあれば、役所に問い合わせて下さい」というのが向こう側のスタンスなのです(役所まで行かなければならない or 公式オンラインサービスが充実している の違いはありますが)。

私もこのサイトで繰り返し書いているけども、「権利」というのは、誰の頭の上にも平等に存在するけれど、それを行使もしくは享受するには、自分で窓口で申請したり、書類を送付したり、アクションを起こさないと通用しないのです。

たとえば、外国に住むには『居住権』が必要です。

母親が我が子と一緒に暮らす権利は当然至極のものですが、現実には、自分で面倒な書類を揃えて、役所に行って、手続きして、自治体の認可が下りなければ、権利として認められません。たとえ生みの母親であっても、居住権がなければ、我が子と一緒に暮らすことさえ出来ないのです。

「そんなの、おかしいじゃないですか。実の親子ですよ」と文句を言っても、通用しません。

即ち、『権利』というのは、社会的に認められて初めて、効力を発揮するものなのです。

その権利が侵害された時、私たちはどうすべきか、という話になると、やはり社会的に申し立てないといけない。

非常に面倒だけども、黙ってても、誰もあなたの権利を実質的に保障してくれないのです。

居酒屋で友達とブチブチ文句を言い合ってても、権利が天から降ってきて、日銭を運んでくれるわけではないのです。

その為の『勉強』です。

学校で「読み書き」を学ぶのは、役所に置いてあるパンフレットを理解し、自分の権利を正しく知る為です。

「条文化された権利を理解できない=読めない」「申し立ての書類が作成できない=書けない」では困るからです。

読めない・書けない人が増えて、自分に与えられた権利さえ理解できない人が続出すれば、悪人にとってこれほど愉快なことはないし、それではまともに教育も受けられず、奴隷市場に引っ立てられる暗黒時代の未開人と同じ扱いでしょう。

利用者が理解できない権利は、名ばかりの権利です。

どうしても勉強が苦手で、微分積分ができない、化学式が憶えられない、etcでも、最低限、この世に流通している書物、刊行物、その他、「読みこなす力」だけは身につけて欲しいと思います。

そうでなければ、どんな立派な施策を立てても、利用者に意味が通じなければ価値も半減するからです。

そして、行動する力。

別に、街頭でシュプレヒコールしたり、ハンガーストライキしたり、そんな難しい事はできなくていいんです。

でも、最低限、自分で役所や公的サービスに出かけて、市民にはどんな権利があるか、どんなサービスが受けられるのか、調べるだけの行動力は持って欲しいと思います。

経営者は「電話一本」でビビる

これは労使問題に詳しい先生から聞いたのですが、どんな経営者も、労働問題を監督する公的機関から「電話」や「通知」が来ると、たいていビビるそうです。

行政の担当や労使問題の専門家から「あのー、おたくの従業員さんが賃金のことで相談に来られたのですが」と聞いただけで態度を改め、次の日には「もう一度、じっくり話し合おうじゃないか」みたいに、昨日までの横柄も引っ込め、手の平返したように優しくなる人もあるそうです。

一般の人は、すぐに「調停」とか、難しいことを想像しがちですが、案外、電話一本で効力あるらしいですよ。

何も変わらなくても、公的に記録は残る

あなた一人が相談所に出かけても、何も変わらないかもしれません。

でも、一つだけ、大きな足跡を付けることができます。

それは、あなたが然るべき窓口に申し立てたことは「公的な記録として残る」という事です。

あなたの一件は、結局、うやむやにされ、流れて行くかもしれない。

でも、二年後。

またあの会社から別の人が相談に来た。よくよく話を聞けば、二年前のあの人と状況がそっくりだ。

おかしい。

それがきっかけで調査が入るかもしれません。

あなたは捨て石になるかもしれないけれど、「一石を投じた」と思えば、納得行く部分もあるかもしれません。

また、後に続く人にとって励みや参考になるかもしれない。

どんな行動も全く無意味ではないですし、一つの小さな石も、千になり、万になれば、巨木も倒す力になるのではないでしょうか。

みながみな、共産党ではない

「労働問題」とか「団体」とか言葉を聞いただけで、すぐに共産主義や共産党に結びつけ、党員獲得の為のプロパガンダみたいに言う人もありますが、みながみな、共産主義や左思想にかぶれて労働者の支援活動に打ち込んでいるわけではありません。

まして市役所など公的機関に務めている人が、これみよがしに「共産党」の看板をぶら下げて、いきなり演説や勧誘なんかしないですよ。そんな事をしたら、逆にその人自身が問題になるわけですし。

公的機関に限っていえば、自治体サービスの一環として機能している部署が大半ですので、流布に惑わされず、相談、もしくは、どんなサービスがなされているのか調べるだけでも違うと思います。

難しい専門用語に惑わされるな

法律の世界でも、どこの世界でも、立場の弱い者の側に立って支援してくれるホワイトナイトと、悪人に悪知恵を授けるブラックデビルと、二種類あるものです。

言い逃れする悪人に共通する特徴は、「わざと難しい専門用語や専門知識を散りばめて、相手を煙に巻く」ということです。

普通の人は、法律の条文がどう、とか、聞いたこともないカタカナ語とか、難しいことを言われると、それだけで萎縮するでしょう。

「知らないあなたが悪い」という方に話を持っていって、心理的に圧力をかけて、相手の闘う意欲を削ぐのです。

もし、相手が専門知識や専門用語を振りかざして高圧的に迫ってきたら、「それ、どういう意味か、素人にも分かるように噛み砕いて説明して頂けませんか。一般の従業員が簡単に理解できない仕組みを作っている事自体が責任逃れじゃないんですか」という風に切り返しましょう。

基本的に、労働者は経営者に勝てない。

なんだかんだで、雇用する側の方が圧倒的に強いです。

それを分かって、向こうは確信犯的に振る舞ってるわけだから、本当にタチが悪いです。

それでもね。

電話一本でビビらせる方法もある、ということを、頭の隅に留めておいて下さい。

先生いわく、本当に「強烈」らしいですよ。

その後で、みな開き直るんでしょうけどね。

Site Footer