バレエ&オペラ&クラシック

アンドレ・ワッツのピアノ・リサイタルに寄せて / ラフマニノフピアノ協奏曲とリスト名曲集

2010年5月2日

今、思い返しても、本当に「ピアノの脚が持ち上がる」ようだった。

いや、本当に、持ち上がってたと思う。

正直、演奏というのは技術うんぬんじゃなくて、オーラですよ。

ライブは特に。

私もいろんな演奏会に足を運んだけれど、

後にも先にも、ワッツ氏&京都市交響楽団の、あのステージに優るものはなかったです。

追記:2013年

*

私がアンドレ・ワッツ氏を知ったのは高校生の時。
京都市交響楽団が青少年向けに当時としては破格の安さで催したクラシック・コンサートで、メイン・プログラムの『ラフマニノフ ピアノ協奏曲第二番』のピアニストを務めたのがワッツ氏だったのだ。

「ラフマニノフの二番」と言えば、耳が腐るほど聴き続けた名曲中の名曲だし、リヒテルの歴史的名演で名高いレコードも繰り返し耳にした。
正直、あれ以上のものはあり得ないと思っていたし、後にも先にも、ピアニストと言えばやっぱりリヒテルでしょー、みたいな思い込みもあって(他にも優れたピアニストはたくさんいるのだが、幼少時に聴いたリヒテルの印象があまりに強烈だった)、アンドレ・ワッツがラフマニノフを弾くと聞いた時は、
「誰、それ? 青少年向けの格安コンサートに呼び出される、三流ピアニストなんしょ?」
なんて酷いことを考えたりもしていたのだ。

しかし。

あの夜、アンドレ・ワッツが弾いたラフマニノフの二番は、まさに情熱の塊だった。
コンサートで「鳥肌が立つ」ほどの激しい昂揚感を感じたのは、後にも先にも、彼のラフマニノフだけだった。

ゾウのように大きな黒いグランドピアノが、彼の二本の手の下で、まるで雷に打たれたように震えるのを何度も見たし、疾風のようなスケールに噴き上げられて、会場中が音の渦に呑み込まれる様も感じた。

あの夜は、ピアニストとオーケストラはもちろん、それこそ会場中が一体と化して、壮麗なラフマニノフの世界に「本当に」酔いしれたのである。

あれから、ラフマニノフの二番はコンサートで何度も聴いたけれど、あれほど会場を湧かせた演奏にはついにお目にかかることはなかった。
大家と呼ばれる人の演奏でさえ、鳥肌が立つほどの昂揚を覚えることはなかった。

評論家に言わせれば、歴史的名演を残すような世界の巨匠に比べれば、ワッツはその足元で淡々と自分のピアノを弾き続けるような亜流の存在なのかもしれない。

でも、「一流」とか「巨匠」とかいうタイトルは誰が決めるのだろう。

時には、それに属さぬ人が、生涯忘れ得ぬような名演を残すことだってあるはずだ。

あの夜のワッツは本当に神がかっていたし、あれほどの演奏を2千円ポッキリで聴けた私もなんと幸福だったのかと思う。

ピアノは、ピアニストだけのものじゃない。

上手く言えないけれど、そんなことを教えてくれるアンドレ・ワッツなのである。

アンドレ・ワッツのリサイタルに寄せて

九月にアンドレ・ワッツ氏のピアノリサイタルを聞きに行った。
一曲目は、私も練習したことのあるモーツァルトのソナタだった。
彼の演奏を聞きながら、ああ、この曲、こんなにきれいな曲だったんだ、と初めて思った。 

ピアノの先生は、いつもベートーヴェンは姉に弾かせ、私にはモーツァルトを弾かせた。
姉がダイナミックにベートーヴェンのソナタを弾きこなすのを傍らで聞きながら、私は何度モーツァルトに舌を出したかわからない。
ただ楽譜を追いかけるだけで、弾くほどに嫌になった。
それでも私の指にはモーツァルトの方が合っているからと、根気よく弾かせようとする先生のことまで嫌になっていった。 

いやいや、だらだら弾くものだから、上達できるわけがない。
そのうち私はモーツァルトにもピアノにも嫌われて、しまいには自在に指を動かすこともできなくなってしまった。自分の練習不足をたなにあげ、癇癪を起こした私は、とうとう弾くことをやめてしまったのだ。(本当に情けないことに)

ワッツ氏のモーツァルトはきれいだった。
その響きを聞きながら、私は胸が痛いくらい思った。
どうしてもっと努力しなかったのだろう。
そうすればこの美しさにも気付けただろうに、と。

涙があふれそうになるのを必死にこらえながら、私は夢中で彼に拍手を送った。
もう弾くことはできなくても、音楽の美しさに感動できる心をいつまでも持ち続けられるように、と祈りながら。

1998年『音楽の友』に掲載されたものを補筆しました。

Video

You Tubeに二番を弾いている動画がなかったのは残念。
こちらはかの有名な第一楽章のカデンツァ。
ワッツらしい粒のそろった、情熱的な演奏が聴ける。


こちらは私が繰り返し聞いているアンドレ・ワッツの『ラ・カンパネラ』。
他にも名演と呼ばれるものはたくさんあるのだが、結局、この演奏に落ち着いてしまう。
Amazonのレビューにもあるように、一音一音が丁寧で、水面に跳ねる光のよう。
一見、技巧派に見えて、それをひけらかさないところがワッツの魅力かも。


☆その他の動画は「Andre Watts」で検索して下さい。たくさんUPされています。

アンドレ・ワッツに関するCD

リストの名演と言えば、リスト直系に弟子と言われるホルヘ・ボレット、クラウディオ・アラウ、ウラジミール・アシュケナージなど、世界の大家が名を連ねているが、結局、私が飽きずに聞いているのといえば、アンドレ・ワッツ氏のリスト名曲集。
レビューでもあるように、技巧に走りがちなリストの難曲を一つ一つ丁寧に弾きあげる誠実なピアニズムに心を惹きつけられる。
フジ子・ヘミングさんもそうだけど、「この人に弾けないリスト」を味わうなら、大家には数えられないけれど、ワッツ氏のリストがお薦め。選曲もいい。
「パガニーニによる大練習曲」~第3曲嬰ト短調“ラ・カンパネラ”
第5曲ホ長調“狩”
調性のないバガテル
「3つの演奏会用練習曲」~溜息
など、全12曲。

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