映画

ポール・ニューマンを偲ぶ ~さよなら、ハリウッドの星~

2010年4月28日

「ポール・ニューマンか、スティーブ・マックィーンか?」と訊かれたら、私は迷わず「スティーブ・マックィーン」に手を挙げるタイプだったので、マックィーンの方が、ニューマンより20年以上も早い1980年に悪性腫瘍で亡くなった時には(50歳の若さだった)、中学生ながら恋人を亡くしたような騒ぎで、泣いて、泣いて、彼の訃報を伝える週刊誌の記事をお守りのように大事に持っていたものだった。
そして、その後もポール・ニューマンが元気で活躍されているのを見る度に、「どうしてマックィーンだけが死んじゃったの??」と、得も言われぬ悔しさを感じたりもしたものだが、この9月26日に訃報を聞いた時には、ついにハリウッドの銀幕が永遠に閉ざされたような気がして、今も悲しさと淋しさがいっぱいに渦巻いている。

『ハリウッド・スター』と呼ぶにふさわしいスター。

そういう俳優が本当に少なくなった……と痛感する。

ただ単に私の感性が古くさいだけの話かもしれないけれど、1980年代になって、アーノルド・シュワルツネッガー、ブルース・ウィリス、トム・クルーズ、ハリソン・フォードなど、『A級アクションの看板になれる俳優』がスターとして注目を浴び、映画そのものも、手の込んだCGや派手なカーチェイス、過激であればあるほど上等とされるような体質に変わってから、その『存在感』だけで観客をうならせるようなオーラを持った人が本当に居なくなってしまったように思う。

だから、どんな「超大作」も一度見たらお腹いっぱいで、その演技を見るために何度も何度もDVDをかけよう……という気にはならないし、俳優そのものに陶然と見入ることもない。

いわば「誰が演じても一緒」、他の人でもいいんじゃない、というような存在感の薄さが、今のハリウッド映画全体に漂っているような気がするんだな。

その点、1960年から70年代にかけて、茶の間のロードショーで見たスティーブ・マックィーンをはじめ、ポール・ニューマン、テリー・サバラス、チャールズ・ブロンソン、ロバート・レッドフォード……etc。

彼らのなんと強烈にして甘美なハリウッド・スターのオーラよ。

子供心にも頭がクラクラするような男らしさ、たくましさ、賢さ、上品さといったものが、ふとした微笑みにぎゅっと凝縮されていて、ロードショーを見た夜には、布団の中でいつまでも彼ら勇姿を反芻しながら眠りに就いたものだ。

もし、俳優という仕事が「人々に夢を与える」(もちろん映画も含めて)のが目的だとしたら、彼らこそ、次元を超えた本物の『星』であり、自分を「見せる」ために生まれてきた人たちだったように思う。

今は、そこまで惚れさせてくれるような『俳優の色気』をもった人が本当に少なくなったけれども。

*

ポール・ニューマンの訃報を聞いて、「これでハリウッドの最後の星が消えた」と真っ先に思った。

子供の頃、欠かさずに見ていた淀川さんの日曜洋画劇場や土曜のゴールデン劇場が遠く、懐かしく感じられた。

自分の人生の下地になったのは紛れもなくハリウッドの名作であり、ブラウン管の向こうでキラキラと輝いていた
マックィーンやポール・ニューマンのおかげだと、今も痛いほど想う。

映像の中では、今も、若く美しいままの姿で微笑みかけてくれるのが切ない。

*

ハリウッドではこれからも「超大作」と呼ばれる作品が作られ、その度に、主役級の俳優が注目を浴びるのだろうけど、マックウィーンやニューマンのように、存在そのもので見せてくれるようなスターは再び現れるのだろうか。

現代のヒット作も面白いけれど、俳優の演技を舐め尽くすように十回でも二十回でも見たいとは思わない……顔と名前も幾らか経つと忘れ去ってしまうような今時のハリウッドの顔ぶれを考えると、「スターがスターらしくあった時代」はもう終わったのだと感じずにいなのは私だけだろうか。

名作不在の今、つくづく感じるのは、「世界全体の小粒感」である。

だが、映画に限らず、音楽でも、舞台でも、小粒なスターを生み出しているのは、他ならぬ視聴者の私たちかもしれない。

ポールの代表作

タワーリング・インフェルノ

ポール・ニューマンと言えば、ロバート・レッドフォードと共演した『明日に向って撃て!』が有名だが、私の一押しは何と言ってもマックィーンと共演したパニック映画の傑作『タワーリング・インフェルノ』。

主役の二人はもちろんのこと、ウィリアム・ホールデン, フェイ・ダナウェイ, フレッド・アステアなど、当時の大物俳優がずらりと顔をそろえている。

物語は……

地上138階の世界一の超高層ビル『グラス・タワー』の落成式には、サンフランシスコ市長夫妻をはじめ、各界の大物が多数招待され、最上階のダイニングルームでは華やかなパーティーが催されていた。

しかし、社長の息子が経費を浮かすために、設計士ロバーツ(ポール・ニューマン)の指定したものとは違う安物の電気ヒューズを使用したために、ビル全体で消費される巨大な電力を支えきれず、ついに火災が発生する。

消防士による必死の消火活動にもかかわらず、火炎はついに最上階にまで達し、勇敢な消防隊長オハラハン(マックィーン)とロバーツの命を懸けた救助作戦が始まる……というもの。

誰が、どうやって生き残るのか、最後の最後まで息をつかせぬ展開で、CGをいっさい使わない映像にも関わらず、最高層に閉じ込められる人々の恐怖と火力の勢いが十分に伝わってくるパニック映画の名作。

マックィーンが、冷静かつ情熱的な消防隊長を男臭く演じていたのに対し、ニューマンは知的で柔らかな物腰の中に、プロの設計士としての意志と責任感の強さをにじませるように演じ、まさに相異なる二人の俳優の持ち味が見事に融合した作品だった。

名士を装って上流階級のパーティーに潜り込んだ詐欺師フレッド・アステアの切ない恋の結末や、事業家としての野心から大災害を招いてしまったウィリアム・ホールデンの苦渋(パーティーを中止するように求めたロバートの進言を退けた)、深く静かに描かれるフェイ・ダナウェイとポール・ニューマンの大人の恋など、俳優たちの演技だけでも一見の価値がある。

今のリメイク・ブームの中にあって、この作品がリメイクされないのは不幸中の幸いというか、ひとえにマックィーンとニューマンを超えたカリスマ性を持つ主役級の俳優が見つからない、というのが大きな理由でしょうなあ。

映像の古くささは否めないにせよ、これは絶対に必見の映画。

マックィーンのオハラハンに惚れ惚れ。


これもブルーレイになりましたね。映像特典もたくさん収録されて、ファンには嬉しい限り☆

*

ポール・ニューマンと言えば、やはりコレ。

当時、コレを真似して自転車で転倒した男性は数知れないと思う。

歌詞も素敵。

雨に濡れても   BJトーマス

Raindrops are falling on my head
and just like the guy whose feet are too big for his bed,
nothing seems to fit
those raindrops are falling on my head, they keep falling
雨が頭の上に落ちてくる
ちょうどベッドに収まるには足が長すぎる男みたいに
すべてしっくり行かないみたいだ
雨が頭の上に落ちてくる 落ちつづける

so I just did me some talking to the sun,
and I said I didn’t like the way he got things done,
sleeping on the job
those raindrops are falling on my head they keep falling
だから太陽に向かってちょっと一言
どうもお前のやりかたは気に入らないと言ってやった
照りもしないで寝てるんじゃないよって
雨が頭の上に落ちてくる 落ちつづける

But there’s one thing, I know
the blues they sent to meet me won’t defeat me.
It won’t be long ‘till happiness steps up to greet me
でも一つだけわかっていることがある
向き合ってみろばかりに雨がよこした鬱な気分に俺は負けない
そのうち幸せの方が俺に挨拶しにやって来るだろう

Raindrops keep falling on my head
but that doesn’t mean my eyes will soon be turning red.
Crying’s not for me, ‘cause
I’m never gonna stop the rain by complaining
because I’m free
nothing’s worrying me
雨が降りつづける
でもだからといって俺の目が赤くなってしまうわけでもないし
泣くなんて自分の好みじゃない なぜって
文句を言ったところで俺は雨を止めることはできない
なぜって俺は自由
何も心配ごとなんてない

It won’t be long ‘till happiness steps up to greet me
そのうち幸せの方が俺に挨拶にやって来るだろう

Raindrops keep falling on my head
but that doesn’t mean my eyes will soon be turning red.
Crying’s not for me, cause
I’m never gonna stop the rain by complaining
because I’m free
nothing’s worrying me
雨が降りつづける
でもだからといって俺の目が赤くなってしまうわけでもないし
泣くなんて自分の好みじゃない なぜって
文句を言ったところで俺は雨を止めることはできない
なぜって俺は自由
何も心配ごとなんてない

訳: HideS さま

なつメロ英語
http://www.eigo21.com/03/pops/raindrops.htm

ちなみに、Pixerの大ヒット・アニメ『カーズ』で、ゴーマンかつ自己中な新人レーサー、ライトニング・マックィーンに訓戒する伝説のカー・レーサー「ドック・ハドソン」の声を担当していたのがポール・ニューマンだった。

どうしてポールがアニメの声優を、しかもドック・ハドソンの役なのか……と思っていたら、ポール自身、プロのレーサーとしても鳴らしていたんだね。

ドック・ハドソンは、その昔、「弾丸ハドソン・ホーネット」と呼ばれ、ピストン・カップを三回も制覇した最速のレーシング・カー。
しかし、レースの最中に大事故にあい、引退を余儀なくされた。

作中の、

「オレは見捨てられたんだ。あの事故から復帰して、レースに戻ろうとしたら、周りに言われたよ。『お前の時代は終わった( You are history.)』。まだ走れたのに、みんなはもう他の新人に夢中だった……」

という台詞がまさに老境に入ったポールの心情にぴったり。

まるでポールその人を見るようだったドック・ハドソン役。

もしかしたら、これがポールらしい最後の仕事だったかもしれない。

初稿:2008年9月29日

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