お相手が外国人ということ

2月 3日, 2003年 in 海外生活エッセー blog

私は「外人」という言葉があまり好きではありません。

とりわけ、彼と付き合うようになってからは、決して良い言葉ではないな、と思うようになりました。「外人」というと「外の人」、私たちとは違うのよ、外から来た人なのよ、というニュアンスがとても強く感じられるからです。

日本に居た時、私のBoyfriend――英語圏では、この言葉は“恋人”を意味します。日本では単なる男友達、女友達のことをボーイフレンド、ガールフレンドと呼びますが、英語圏でそう言うと、恋人だと勘違いされるようです――が、ポーランド人だと知れる度に、

「えー、彼氏って、ガイジン? どこの人? えっ、ポーランド、何処それ?」

「あんた、ガイジンと付き合ってるの。そんな人、大丈夫なん?危ないんちがうの。何してる人?何処に住んでるの?ポーランド?戦争のあったとこやん。そんな所の人とよう付き合うわ」etc

本当の親友を除けば、一度だって、好意的な目で見られたことはありませんでした。

ポーランド側のご家族や友人諸君が、無条件に日本人である私を受け入れて下さったのとは大きな違いです。

確かに、旅先のアバンチュールで病気をうつされたり、お金を盗られたり、結婚詐欺にあったり、ガイジンに弱い若い女性がとんでもない目に合った事例は数知れません。だからといって、日本男性には無いソフトな物腰や甘い言葉についつい気を許してしまう彼女たちの全てが悪いというわけではなく、そういう女性の心理につけ込んで食い物にしてしまう男も男だと思います。もっとも、それは外国人の男性に限ったことではありませんが・・。

私のBoyfriendがポーランド人だと分かった時、周囲の者が、そうした事例を重ね合わせて非難したり、忠告したり、決して良い方には考えなかったのも仕方のないことだとは思います。

まして、私たちは、三~四ヶ月に一度、それも数日を一緒に過ごすだけで、大半は電話とEメールのやり取りだけだったからです。

それでも私は自分の目に確信を持っていたし、なにより、初めて会った時から、自分の意志や判断を超えた「何か」の力を強く感じ取っていたので、周囲の声に惑わされることはありませんでした。似たような経験をされた方なら共感して下さると思いますが、自分の伴侶になる相手って、本当に会った瞬間に分かるものなのです。

そんな中で、周囲の人が一番興味を持ったのが、「ガイジンと付き合うのってどんな感じ?」という事でした。

一言で返せば、同じ日本人と付き合うのと何も変わりはありません。

ただちょっと言葉や習慣が違うだけで、男性はどこの国の人でもみな同じだと思います。

決定的に違うことがあるとすれば、私の知っている外国の男性は、日本男性のように女性や母親に甘えてないということ。

自分で食事を作ったり、洗濯をするのはもちろん、ベッドメイキング、子供の送り迎え、家の修理、アイロンがけ、何でも女性と同じように一通りこなします。

アメリカでは、「家の主人は女性だ」と言われるほど徹底しているようですが、そこまで男女平等にこだわらないにしても、『女性を敬う』という点では、「東洋の婦道」に並ぶものがあります。

何もかもがボーダーレスになりつつある今の時代、世界にはたくさんの国際カップルがおられると思います。もちろん、日本にも、外国人の伴侶を持った方は大勢いらっしゃいます。

どこの国の人が結びつこうと、結局は、人間対人間のこと。もし、上手く行かなくなるとしたら、それは言葉や習慣や価値観のせいではなく、お互いを受容できない心の問題に他なりません。

人と人が出会い、お互いに惹かれ合う過程は、とても神秘的なものです。

たとえ両者の間に大きな文化的あるいは社会的差異があったとしても、心はまた違う次元で働きかけるものです。

私も、彼も、出会った頃は、会話らしい会話などほとんど出来ませんでした。でも、気持ちは分かりました。その「気持ちが分かる」という事、すなわち、その人の心に限って感じ取れる、という事自体が、相性であり、愛情の神秘であるような気がします。そして、それは、相手が外国人だろうが、日本であろうが、何ら変わりはないのではないでしょうか。

極端に言えば、日本には、日本語を話す日本人しか暮らしていません。

過去の歴史においても、他民族に完全に支配されたり、日本という国土国家が消滅したり、民族全てが日本列島を離れて大移動したりという事はありませんでした。

これは世界中見渡しても非常に珍しいことだと思います。

たいがいは、支配したり、侵略されたり、国境が変わったり、国家そのものが消滅したり、と、あらゆる民族、あらゆる文化が同じ大陸の上で融合と分離を繰り返しながら、今日にいたっているものです。

その点、日本は、四方を海に囲まれ、諸外国から極端な支配や侵略を受けることなく、独自の文化を育み、発展を遂げてきました。日本以外のもの、「ガイジン」を警戒するのは、黒船襲来の後遺症なのかしりませんが、ともかく海に守られた御殿の中で、日本人だけで生きてきた私たちの本能であり、民族性なのかな、という気がします。

そして、私たちが、異なる文化や習慣、宗教を持った外国の方と付き合うということは、日本という卵の中から這い出て、外の世界を知ること、そしてまた改めて日本という国を見つめ直すことだと思います。外に出て初めて知る外の世界と内側を見比べながら、私たちは次第に自分と外国との接点を見出し、一つに結ばれるのではないでしょうか。

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