十代から二十代の若い方にはあまり馴染みがないかもしれないが、私が高校生の頃は、ちょっと年上の、車持ちの彼氏と付き合って、ユーミンやハウンドドッグ、竹内まりあや杏里のダビング・テープを聞きながら(当時はまだそれほどCDが普及してなかった)、神戸にデートし、夜は六甲山頂に上がって、百万ドルの輝きと称される神戸の夜景を見るのが、ちょっとしたステータスだった。
彼氏が大学生と聞けば、きゃー。
車持ちと聞けば、いいなー。
神戸でデートしたと聞けば、き~っ、羨ましー。
中でも、私たち女子高生が最高に憧れたのが、
「彼氏と二人でオフコースを聞くこと」。
小田和正が、甘く、切なく歌い上げる『愛を止めないで』『さよなら』『Yes-No』あたりを聞きながら、彼氏に優しく髪を撫でてもらったり、「大好きだよ」と囁いてもらう……そんな場面を想像するだけで、かーっと頬が熱くなるほど、私たちはロマンスに憧れていた。
そう、まさに、恋に恋していたのである。
そんな私たちにとって極めつけの曲といえば、『I Love You』。
小田さんが、9月に結婚する予定の恋人のことを思いながら作った、とされるこの曲は、二通りのバージョンがあって、シングルカットされた方には、子供の大合唱が入っているが、同名のアルバムに収められた方は、ピアノソロが中心の、それは甘くて優しい、大人の名曲だった。
当然、私たちの人気は、アルバムに収められた大人バージョンの方に集中し、誰かが『I love you』のレンタルLPを借りたと聞けば、我も、我もとテープを持って押しかけ、休み時間になれば、仲間の一人が通学カバンに忍ばせたウォークマンを取り出し、皆で教室の片隅で団子状になりながら、イヤホンを使い回して聞き惚れたものだった。
そして、授業が始まれば、興奮さめやらぬ同級生から、回し手紙。
背中を突かれて、後ろの子に振り向けば、「サトちゃんから」と、机の下越しに、ノートの切れ端を小さく折りたたんだ手紙を渡される。
「昨日、○○先輩としゃべった~。Lucky
! いつか一緒にオフコース聞きたいよ~ (>_<)
今日はクラブBoxの前で待ってまーす(^-^)/」
すると、私もノートの端を定規で切って、お返事を回すんだけど、そのあたりの感覚は、今時の携帯電話と変わらない。
休み時間に話せばいいものを、わざわざ授業中にメッセージのやり取りをするところが面白いのだ。
(ゆえに、私は、授業中にメールのやり取りをする女子高生の気持ちがよく分かる。良いか悪いかは別として)
ところで、この『I Love you』。
アルバムに収録された大人バージョンの間奏には、男声による英語のナレーションが吹き込まれているのだが、私たちには、その内容が、全く聞き取れずにいた。
「これ、空港のアナウンスじゃない」
「外国に新婚旅行に行った時、向こうのニュースを録音したのかも」
「ちがうよ、外人のバックコーラスが祝福のメッセージを言ってるんだよ」
勝手な憶測が飛び交う中、私たちは必死に聞き取ろうとしたけれど、学年きっての秀才で、国立大英文科志望のオーちゃんでさえ、ついにその英語の部分を理解することは出来なかった。
オーちゃんは、私たちの期待の星だったのだけど――。
そうして、時が流れ、ポーランドに来てからも、一人で家に居る時、こっそり聞いていたのだが――オフコースを聞くと、高校の時に大好きだった先輩のことを思い出すので
――今もって、この英語のナレーションの部分が聞き取れず、「ほんと、何を言ってるんだろなー」と思っていたら、ある日のこと。
夫と郊外にドライブに出かけ、日も暮れかけた頃、自分で作ったベスト盤のCDをカーステレオで聞いていたら、一番最後に、『I Love You 』が録音されているのに、腰が抜けそうになった。
車内に高らかに鳴り響く、小田さんの、
「流されて、流されて、僕のところへ~」とか、
「あなたは僕を幸せにしてるよぉ~」とか、
聞くも恥ずかしい、甘い歌詞のオンパレード。
それも横で運転しているのが、高校の時に大好きだった先輩ならいざ知らず、夫とは互いの靴の匂いまで知っているような間柄である。
それが今さら、
『どうしたの、不安になるの、愛しているよ』もあるまい。
いや、でも、彼は日本語は分からんのだし、私の秘めた想いも分かるわけがない。大丈夫、大丈夫――、と自分に言い聞かせながらも、まるで、高校時代に書いたラブレターがひょっこり出てきたような気分で、モジモジ聞いていたら、
「あっ、これ、ジョン・レノンの死亡のニュースだ」
と、夫
そう、私や、私の友人や、秀才オーちゃんまでもが悩み苦しんだ、謎の英語パートは、ジョン・レノンが暗殺された時のニュース速報だったんですね。(オフコース・ファンの方、知ってました?)
私なんか、高校生の頃から十数年も聞き続けて、ニュース速報はおろか、ジョン・レノンの「ジョ」の字も聞き取れなかったのに。
なんで、あんたは、一発で分かるねん。
……ちょっとムカつきました。
ともあれ、十数年来の謎が解けて、嬉しいやら、淋しいやら、複雑な心境だったのだが、方や、小田さんの甘ったるい歌詞にドキドキし、方や、英文パートしか分からないという、何とも滑稽な私たち。
ま、それが国際カップルの宿命と言えばそれまでだけど、やはり共通の文化、共通の背景、「オフコース」と聞けば、誰もが思い出す、ある種の追想や印象を分かち合えないというのは、ちょっぴり淋しいものです。
オフコースに限らず、ユーミン、サザン、冬彦さん、オレたちひょうきん族、挙げたらきりがないですけど……。
高校時代の男友達に話したら、
「げー、お前、まだオフコースなんか聞いてんのかー。アホや~」
「えっ、そんなことないよ~、小田さん、素敵や~ん」
と、なるんですけどね。
だけど、オフコース&小田和正、わけても、『I Love You』は名曲中の名曲。
今日も、久々に、聞いてしまいました。
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