時々、わけもなく車に恐怖を感じて、金縛りにあったような息苦しさを覚えることがある。
それこそ、「わーっ」と叫んで運転席から飛び降りたくなるような恐怖感で、そういう時は、何かにつけて動作が慎重になり、いつもなら70キロぐらいで軽快に飛ばす道も、50出すのがやっとになってしまう。
昨日も、ハンドルを握った時からちょうどそんな感じで、「体調が悪いから? それとも、先日の、左折すれすれ事件のせい?」など、いろいろ思い巡らせていた。
それから公営プールで一泳ぎして、お腹の贅肉を1グラムほど落とし、その後、空腹に負けて、売店でチョコレートバーを買い、また1グラム補充してから、そろそろとパーキングを出ると、道の先が双方とも数珠つなぎで、「こんな時間に、こんな所で、渋滞?」と思い、目をこらすと、赤い非常用の三角灯が目に入った。
事故だ。
それも、4台玉突き事故。
幸い、けが人は無かったようで、それぞれの車の運転手が路肩に立ち尽くし、青ざめた顔で警察が来るのを待っている。
こんな見晴らしの良い、それも絶対車両の少ない一本道で、どうやったら4台も玉突き事故するんだろう。
でも、それは、今しがた起きたことなのだ。
ベコベコに凹んだ4台の車両を横目で見ながら、そろそろとその脇を通り過ぎたけど、あの正体不明の息苦しさはこれのことだったんだ……と、ぞーっと背筋が寒くなった。
もし、プールの受付で、子供用のサンダルを買い求める親子連れがいつまでも選択に迷っていなかったら、私はスムーズに預けた荷物を受け取り、もう5分早く、車に乗り込むことが出来ただろう。
そして、車両の流れに加わり、この場所をいつものように走っていた。
事故の起きた、あの時間に……。
なんて、想像たくましく考えだすと、こんな気持ちになる↓

昨日も書いた通り、こっちに来てから、交通事故の現場に出くわすことが多い。
それも、本当に見晴らしの良い、絶対車両の少ない、田舎の一本道みたいな所で、だ。
梅田新道や五条河原町の交差点で右折のタイミングを誤り、出会い頭に衝突したり、左折で原付を巻き込んだ……とか言うなら、まだ話は分かる。
日本なら、人通りの多い商店街で、子供を乗せたママチャリを避けるために迂回したはずみで、とぼとぼ歩いているお年寄りを引っかけることもあるだろう。
だが、ここはポーランドの僻地。
絶対車両が少ない上、道路幅はメキシコのように広く、道路事情も人通りも、日本の都会の比ではない。
都心で2時間も3時間もかけてマイカー通勤している人から見れば、子供サーキット場のように感じるだろう。
「なぜ、こんな所で? いったい、どうやって?」
首をかしげたくなるような事故が本当に多い。
私に言わせれば、車両も少なく、道路もゆるゆるに広いことがかえって災いして、警戒心を持たない人が多いせいではないか、と思う。
実際、右折や、車線変更するのに、ろくにサイドミラーも見ず、「どうせ人も車もないだろう」というフィーリングだけでハンドルを切っているようなドライバーは多い。
二車線にもかかわらず、堂々とセンターを猛スピードで走ってくる田舎のオヤジ・ドライバーもそうだ。(←こんな田舎道、対向車なんてあるわけない、という傲慢さが見え見え)
日本の都会だと、車の脇すれすれを走り抜けていく原付やオートバイに「ひやっ」とさせられることしきりだし、右折・左折用の専用レーンが無いために、ウィンカーを出す度に、右左後ろまた右左と、まるでニワトリみたいに周囲をキョロキョロ確かめずにいないけど。
交通事情の良し悪しは、必ずしも事故率に直結するわけではない。
悪いからこそ慎重になり、かえって安全性が高まる側面もきっとあるはずだ。
ちなみに、私は、少女の頃、日に何本かしか車の通らない田舎道ではねられたことがあって、それもやはり、「こんな田舎道、子供が飛び出すわけがない」というドライバーの思い込みからきたものだった。
カーブに雑木がうっそうと茂っていて、その陰に隠れた私の姿が彼には見えなかったのだ。
この一件で、私は子供心に、「事故でも、災害でも、『自分にだけは起こらない』という思い込みは禁物だ」という真実を肝に銘じ、今まで来たのだけれど、事故の本当の怖さというのは、起こって然るべき環境ではなく、自分に起こるはずがないという驕りに依るものの方がもっと大きいと思う。
車庫入れが下手なドライバーは、たいして害にならない。
一番怖いのは、「事故なんて起こるわけがない」と慢心しているドライバーである。
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