公式サイトはこちら(英語サイト) http://en.auschwitz.org.pl/m/
開館スケジュール、ワルシャワ、クラクフなど主要都市からのアクセス、ボランティア募集やガイド予約など、見学に必要な情報が網羅されています。
ここで何人もの囚人が見せしめの為に吊された。
抵抗した者、体が弱って働けなくなった者、グループから脱走者を出した者など、
彼らは何日でも晒し者にされ、埋められたり、焼かれたりしたという。
ソ連軍による解放後、この絞首刑台で、ドイツ人将校らが同じようにハンギングされている。

強制労働中に死亡したり、ガス室で殺された遺体は、この焼却炉で次々に焼かれた。
一度に2体ずつ鉄板の上に乗せ、ピストン方式で、遺体を燃えさかる釜の中に押し込んだという。

遺体を燃やした灰はここから掻き出され、敷地内の土や池にまかれた。
この作業をするのも同じ囚人であり、彼らは囚人の中でも特別扱いされたという。

ドイツ軍の敗北が決定的になり、ソ連軍が迫ってくると、ナチス・ドイツは証拠を隠滅する為に、急いでガス室を破壊し、そのまま逃走したという。
このガス室は、ビルケナウ収容所の慰霊碑近くに今もこのままの形で残されている。

アウシュビッツを描いた映画によく登場する、「列車から降りた囚人たちが地下への階段を降り、その真上で、巨大な煙突がもうもうと白い煙をはいている」、そのガス室が、ビルケナウ収容所慰霊碑の側にある、この残骸である。
今では堀のようになっているが、以前は、ここに囚人達の衣類を脱がせ、髪を切る準備室、ガス室、そして焼却炉と巨大な煙突が存在したのである。

映画などに登場するゲートは、アウシュビッツ収容所に隣接するビルケナウ収容所のゲートである。
アウシュビッツは一つの巨大な収容所のように思われているが、実際には、ビルケナウと二つあり、囚人達が主に生活していたのはビルケナウの方である。
絶滅計画が本格化すると、全ての囚人は列車に乗せられて、このビルケナウに送られ、列車を降りたその場で『選別』(ガス室か、強制労働か)がなされた。
妊婦、子供、年寄り、病人は、有無を言わせずガス室で、残った大人も男女別々に引き裂かれ、二度と再び家族の顔を見ることはなかったという。

その他の写真はこちら http://www.flickr.com/groups/86224143@N00/pool/
ツイート
Comments
There are no comments on this entry.