公式サイトはこちら(英語サイト) http://en.auschwitz.org.pl/m/
開館スケジュール、ワルシャワ、クラクフなど主要都市からのアクセス、ボランティア募集やガイド予約など、見学に必要な情報が網羅されています。
各地で捕えられた囚人達は、列車で収容所に送られました。
狭い車内にぎゅうぎゅう詰めにされ、遠方から何日もかけて運ばれたのです。
収容所に到着した囚人達は、すぐさま、労働適応、不適応に選別されました。
そして、不適応となった老人や子供、障害者らは、この線路の先にあるガス室に即刻送られたのです。
これは選別が行われた収容所内の広場です。
監視台からは、銃を構えたドイツ兵が、常に囚人達の動きを厳しくチェックしていました。
前方に見えるのが、一度くぐったら、二度と出ることはかなわない「死の門」と言われた、ビルケナウ収容所の入り口ゲートです。
列車で運ばれてきた人々の出口といえば、焼却炉の煙突だけ。
後は死のみが待ち受ける、絶滅収容所でした。
右手に見えるのは、高圧電流が流れていたという有刺鉄線の柵、その向こうに、囚人達が収容された、たくさんの木造バラックが、今も当時のままの姿で残されています。
犠牲者を悼む国際慰霊碑です。
線路が突き当たるところに建立されています。
足下には、20カ国の言葉で記された石の碑文が、左右に広がるように、設置されています。 見学コースを終えて、慰霊碑の前に立つ時には、ここで日々繰り広げられた凄惨な虐殺と人間の狂気、百数十万もの人々の声なき声が全身を打って、写真用のポーズを繕う気にもなりません。
「かわいそう」とか「気の毒」とか、そんな言葉では片付けられない、人の命の重みと悲しみが、ここにはあります。
日本人にとっては、飛行機や電車を乗り継いで行かなければならない遠隔地ですから、見学を希望しても、実現するのは困難かもしれません。
しかし、ここに残された全ての物、瓦礫となったガス室の石一つから女性の髪一筋まで、全てが、全人類に対して、未来永劫、戦争の狂気と平和の尊さを語り続けることを、心に留めていただけたら、と思います。
ちなみに、アウシュビッツ博物館には、唯一の日本人ガイド、中谷剛さんもおられますし、日本語パンフレットも用意されています。
もし東欧にお出かけの機会があれば、ぜひぜひ人類の歴史的遺産である、このアウシュビッツを訪れてください。

その他の写真はこちら http://www.flickr.com/groups/86224143@N00/pool/
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