公式サイトはこちら(英語サイト) http://en.auschwitz.org.pl/m/
開館スケジュール、ワルシャワ、クラクフなど主要都市からのアクセス、ボランティア募集やガイド予約など、見学に必要な情報が網羅されています。
収容所に送られた囚人達は、「東欧に移住させられるだけ」と信じていました。
信じていたからこそ、鞄に住所を書き、家族にとって大切な最低限度の荷物(衣類や歯ブラシ、写真など)を詰めて、ナチス・ドイツの命令に従ったのです。
囚人達は収容所に到着すると、持ち物を没収され、髪を切られ、全裸にされて、消毒のためシャワーを浴びせられました。
そして、身体に囚人番号を入れ墨され、罪状を示すワッペン(収容されたユダヤ人らの大半は政治犯という名目でした)が取り付けられた、不潔な縞模様の囚人服を与えられたのです。
ドイツが敗戦し、ソ連軍がようやくこの収容所を開放した時、兵士達は、痩せ衰えた囚人達の姿と、某所に積み上げられた囚人達の持ち物に絶句したと言います。
ナチス・ドイツ軍は、撤退する際、証拠隠滅を計ったのですが、ソ連軍の到着が余りに早かったため、幾つかは手つかずのまま放置されたのでした。
亡くなった囚人から抜き取られた義足や松葉杖です。
労働できない障害者は、即ガス室送りでした。

これらの持ち主は、再び手元に帰ってくると信じていたのでしょうか。
ここに積み上げられた、おびただしい数の眼鏡の量を見ても、この収容所でいかに多くの人が犠牲になったかが分かります。

※ 残酷な映像が含まれます。ご注意下さい。
初稿:2002年6月30日
ツイート
Comments
There are no comments on this entry.