反抗

「『金が欲しかった』だと?」

土曜の夜に、彼が息子を捕まえて問いただすと、スティーブはふてくされながら、「そうだよ」と答えた。

「何の為に?」

「父さんに関係無い」

「関係無いことはないだろう。酒場でアルバイトなんて、親に隠れてこそこそと。いつからやってたんだ?」

「……」

「いつからやってたと聞いてるんだ!」

「うるせえな。ガキじゃあるまいし、そんな事までいちいち説明しなきゃならないのかよ!」

「当たり前だ。お前、自分が何をしてるか解ってるのか?! 」

「何って、ピアノを弾いてただけじゃないか。父さんにがみがみ言われるような事は何一つしてないよ」

「じゃあ、稼いだ金は何に使うつもりだったんだ?」

「……」

「お金が要るのなら、ちゃんと理由を言えば出す。僕はそこまで分からず屋じゃない」

「俺には“自分の金”を持つ自由も無いのかよ」

「“自分の金”? 笑わせるな。まともに使い道も言えないような金を、子供に持たせられると思ってるのか」

「言ったところで、難癖つけられるのが落ちだからさ。どうせ自分の気に入らなけりゃ、俺から取り上げるくせに」

「言いもしないうちから、何が解る」

「言わなくたって解るんだよ。父さんの頭の中には、自分にとって都合の良い事と悪い事しか無いんだから」

「どうしてそう、お前はひねた物の考え方ばかりするんだ。お前には自分の痛みと悲しみしか解らないのか? 自分が満たされさえすれば、それで満足なのか? ……お父さんは、お父さんなりにお前の事を理解しようと努力してきたし、ピアニストになりたいというお前の夢だって応援してきた。何か心に思う事があるなら、なぜ真っ直ぐ口に出して言わない? 」

「……」

「黙ってたって、何も解らないじゃないか」

「自分の胸に手を当てて聞いてみなよ。本心が何処にあるかを。俺は今まで正直に自分の気持ちをぶつけてきたし、自分の心を言葉にして訴えてもきた。なのに、自分の都合が悪くなったら、無視して、はぐらかしてきたのは父さんの方じゃないか! 俺は父さんの息子でも、所有物でもない。俺がどんな気持ちで過ごしてきたか考えもせず、一方的に自分の要求ばかり押し付けて、一から十まで自分の思う通りになると思ったら、大間違いだぜ!」

「……」

「俺はもう音大にも行かない。少なくとも、父さんの金では行きたくない。この前、代価にもらった硬貨もカードも、その日のうちにドブに捨てた。あんな卑怯な金、一銭たりと使いたくなかったからだ。俺は父さんに金で飼われるぐらいなら、飢え死にした方がましなんだよ。わかるだろ? ――いつだって、父さんに見えてるのは、目の前の事象と、自分の頭の中の『絵』だけだ。自分の描く『絵』が完璧に形を成せばそれでいいのさ。そうだろ、『エル』? 「父さんは偉大な造形屋。俺は気ままな音楽家。それとも、イカれた放蕩息子かな」

「おい、ひねくれるのも大概にしろ。お父さんにも我慢の限界がある、いつまでも笑って許してもらえると思ったら、大間違いだぞ」

「へえ! それで頭に来たらどうするの? 俺を家から追い出すの? それとも建材でぶん殴るのかな?」

三番街でピアノが鳴ったら

建築と音楽

「”形”はどうやってお父さんの頭の中に生まれるの?」

「ある日、突然、結晶するんだよ」

「”結晶”?」

「そう……ニーズ、コンセプト、立地条件、周囲の景観、予算、工法……様々な材料を、頭の中の鍋釜にぶちこんで、想像力というサジでかき回しながら、朝夕かけてじっくり煮込む。やがて材料がどろどろに融けあって、十二分に煮詰まったら、しばらく火を止めて様子を見る。そうして、真っ暗闇の中で、深く、静かに、息を潜めて待っていると、ある日、突然、浮かび上がるんだ。霧のように散らばっていた光の粒が互いに引き合い、一つの光に結晶するように、くっきりと頭の中に形が浮かび上がるんだよ」

「いつからそんなことが?」

「子供の時から、音楽を聴いては、そのイメージを絵に描いていた。その延長だな、多分」

「すごいね」

「お前も習いたければ、教えてやるよ」

「いらない」。スティーブは笑った。「僕、美術が万年”C”なの、知ってるだろ」

「建築も音楽も、同じだよ」

「……そうかな?」

「建築は、一つ一つ線を重ねて、形を成してゆく……。音楽は、一つ一つ音を連ねて、巨大な潮流を作りだす……。どちらも、光も影もない、真っ白な『無』の中から、『世界』を立ち上げ、構築する」

スティーブは再びデスクにうつ伏せると、第二楽章のメロディを口ずさんだ。

「ラフマニノフはこの曲を作る前、交響曲を批評家に酷評され、失意と絶望からひどい神経症に罹ってしまったんだよね」

「でも、ドクターの献身的な治療により、再び創作に向かった。そして不滅の名作、ピアノ協奏曲第二番が誕生したわけだ」

「人間って、そんなに強くなれるものなの?」

「そうだね……人間も強いだろうけど、芸術に対する気持ちはそれ以上に強いと思うよ」

「”芸術に対する気持ち”?」

「そう、お前の”ピアノが無くなったら、窒息する”と思う気持ちとはまた少し違うものだ。絶対的美への憧れと崇拝、創造をもたらす霊的存在、あるいは霊的経験に対する驚きと敬虔さ、創造への飽くなき欲望と情熱、絶え間無い魂の希求と創造的活動……本物の芸術家は、自分の全存在命をかけて創造の極限に挑む。そして、その至高の光をかいま見、栄光をつかむのは、ほんの一握だ」

スティーブは顔を上げ、まるで神託をうかがうように父の顔を見つめた。

「僕にも出来ると思う? ラフマニノフやベートーヴェンやリストが至高の光をかいま見、永遠不滅の美を残したように」

彼はペンを止め、息子の目を優しく見つめ返すと、「お父さんにはお前がどの程度のものか解らない。お前が本当に芸術として音楽を極めたいと望むなら、無理に止めはしないよ。ただ……それは何よりも厳しく、険しい道であることを覚悟しなければならない。できれば、お父さんはお前に、己の極限に挑むような生き方を選んで欲しくはないがね」

「だけど、僕は音楽無しには生きられない。……たとえ頂に辿り着けなくても、音楽に満たされて生きていたい」

「芸術とは非情だよ。才能の無い者には容赦なく大鎌を振るい、光の片鱗にも触れさせない。彼が破滅しようが、血を流そうが、お構いなしだ。そして希求が激しければ激しいほど、振り落とされた時の絶望は地獄の淵より深い。狂気の中に一生を終えた人間を、お父さんはたくさん知ってる」

「……それでも目指すと言ったら?」

三番街でピアノが鳴ったら

己の極限に挑む

「本当に好きなのねえ、ピアノが」

「『好き』なだけなら、まだいい。あの子は本気で己の極限に挑もうとしているから、質が悪い」

「もし、それを突破したら?」

「また次の壁が現れる」

「……」

「芸術は非情だよ。生涯、己の極限に挑み続けなければならない。絶えず新しいものを生み出す為に、我を離れ、精神を飛ばし……時には自分の一切を破壊し、一から立て直す。破壊と創造、そいつを自分の中で絶え間無く繰り返すんだ。僕でさえ、このまま正気を失うんじゃないかと恐くなる事がある。それを思うとね……」

「あの子はそんなに脆い人間じゃないわ。どんな時も鋼のように堪え、自ら輝ける力をもっている。そういう命の強さを、あの子はステラ・マリスの父親から受け継ぎ――あなたからは、芸術に向かう心を受け継いだ。芸術への絶え間無い希求と、この世ならぬ光を垣間見る感性を。そんな二人の父親に支えられている子が、どうして正気を失い、破滅したりするかしら?」

「――だと良いんだがね」彼は溜め息をついた。

「正直、僕にはあの子がどれ程のものなのか解らない。音楽的にも……人間的にも、だ。あの子はあまりにも心の変化が早くて、僕にはあの子を見極める隙も無い。昨日と今日とでは、もう別の人間になっていて、思いも寄らぬ一面をのぞかせる。日ごとに違うあの子を見せられて、僕はただ戸惑うばかりだ」

三番街でピアノが鳴ったら

ピアノと天才

「何であんな奴がいるんだろう。ウォルフガング・アマデウスと同じだ。……神様に選ばれたんだよ」
スティーブは足元の土を蹴った。

「もう『至高の光』を目指すのは止めるか?」

「僕には一生かかっても、あんな風には弾けないかもしれない。弾いても、弾いても、神様は一生、僕には振り向いてくれないかもしれない。それでも『同じ』になりたい。僕には『無い』と解っていても、だ」

彼はハンカチを折りたたんで、傍らに置くと、「人間にとって『本当の勝利』とは何だと思う?」と聞いた。

「またヴァルター・フォーゲルの話? もう聞き飽きたよ」 スティーブは口をへの字に曲げたが、「『自らを肯定し、生を打ち建てていくこと』でしょ」

「皆が皆、ルーシンみたいに『神に選ばれた』天稟の持ち主じゃない。あんな人間は、百年に一度現れるかどうかの逸材だ。多くは、歯を食いしばりながら、光に至る道を歩いている。肝心なのは、いかに自分を肯定し、自分の芸術を完成させるかだよ」

「理屈は分かるけどね……」

「『天才』の技はこの世で得られるものじゃない。天賦のものだ。『選ばれなかった者』がどんなにその境地に辿り着こうとしても、辿り着けるものじゃない。だからといって、自分を『天才』と比べて投げたり、嘆いたりするなど下らん事だ。そんな弱虫は、最初から芸術など志さない方がいい。芸術とは何か、何ゆえに芸術に向かうのか……それを考えれば、解るだろう? 前にピアノはお前の“言葉”だと言った。自分を表現する唯一の手段だと。だったら、自分の持てる全てのものをそこに表わしてごらん。誰にどう評価されようと、自分の信じたままに、自分を表現し続けるんだ。そうすれば、いつか新しい『何か』が生まれ出る。お前にしかない、お前だけの『何か』……この世にただ一つの、お前の『芸術』が。それを創り出せた時、初めて、お前は頭一つ抜け出せる。至高の光に一歩近づくんだよ。もちろん、それを成すには気力だけでは駄目だ。自分の中にあらゆるものを吸収し、昇華させる『感性』と、自分の心を自在に表現し尽くす『技』があって初めて可能になる。……今のお前に本当に必要なのは、他人の評価や賛辞ではなく、柔軟な感性とそれに基づく技じゃないかな」

「だけど『天才』に生まれつくに越した事はないよ」

「『天才』の名を求めるなど愚かしい事さ」

「でも、お父さんは『天才』と呼ばれてる」

「それも自分を肯定し、自分の芸術を完成させる為に努力し続けた結果だ。お父さんは自分の感性と創造力を信じて、自分の目指すものを創り続けた。それがたまたま誰よりも際立ち、新しかったに過ぎない」

「お父さんは『天才』だよ。この前、お父さんの作品集を見て、そう思った。僕にもお父さんと同じ『天才』の血が流れてれば良かったのに」

「お前には、陶酔と熱狂の神様がついている。……これしきで落ち込むな」

三番街でピアノが鳴ったら

ハメルンの笛吹きと責任

ハメルンの笛吹きに付いていった子供が全員行方不明になった件について

責任を問われるのは誰であろうか。

1) 笛吹きに真っ当なネズミ駆除代を支払わず、笛吹きを怒らせた市長

2) 美しい笛の音と、いかがわしい笛の音の違いを教えなかった母親

3) 楽しい笛の音に誘われて、何も考えずに付いて行った子供自身

原因と結果

現状も、未来も、顧みず、

客の方だけ向いて、

「あれもやります」「これも出来ます」と

安請け合い。

医療も、飲食業も、運輸業も、航空業も、

現場が破綻するのは当たり前。

こんなこと、30年以上前から、現場をよく知ってる係長クラスや専門家は訴えてた。

でも無視されてきたんだよね。

客と同様に、従業員も大事にしなかった。

自分たちの首が絞まるのは当然の結果です。

失恋後が美しい

女の子は

失恋してから一ヶ月ぐらい経って

ちょっと気持ちが上向いてきた頃が

一番美しい。

生きる

この世の何処にも万人が平等に幸せに暮らせるパラダイスなどありはしないのだろう。

それでも一人一人は懸命に生きて行く。

人間の道など、どこに繋がっているか分からない。

もうここで行き止まりだろうと思っていたら、意外な所から開けていったりする。

そうして思いがけない出来事の連続が自分の人生かと思っていたら、すべて「予測された出来事」であったりする。

その場その場では、「ままならない」ように思うことも多々あったが、なんてことはない、私は私の望んだ通りに生きている。

思いがけない出来事など何一つない。