谷川俊太郎の詩  ~空の青さを見つめていると~

空の青さを見つめていると

空の青さを見つめていると
私に帰るところがあるような気がする
だが雲を通ってきた明るさは
もはや空へは帰ってゆかない

陽は絶えず豪華に捨てている
夜になっても私たちは拾うのに忙しい
人はすべていやしい生まれなので
樹のように豊かに休むことがない

窓があふれたものを切りとっている
私は宇宙以外の部屋を欲しない
そのため私は人と不和になる

在ることは空間や時間を傷つけることだ
そして痛みがむしろ私を責める
私が去ると私の健康が戻ってくるだろう

マックスフィールド・パリッシュ【星】

マックスフィールド・パリッシュ【星】

Kiss

目をつぶると世界が遠ざか
やさしさの重みだけが
いつまでも私を確かめている……

沈黙は静かな夜となって
約束のように私たちをめぐる

それは今 距てるものではなく
むしろ私たちをとりかこむ やさしい遠さだ
そのため私たちはふと ひとりのようになる……

私たちは探し合う
話すよりも見るよりも確かな仕方で
そして私たちは探し当てる
自らを見失ったときに──

私は何を確かめたかったのだろう
はるかに帰ってきたやさしさよ

言葉を失い
潔められた沈黙の中で
おまえは今 ただ息づいているだけだ
おまえこそ 今 生そのものだ……

だがその言葉さえ罪せられる
やがてやさしさが世界を満たし
私がその中で生きるために

【Kiss】

【Kiss】

生長

わけのわからぬ線をひいて
これがりんごと子供は云う

りんごそっくりのりんごを画いて
これがりんごと絵かきは云う

りんごに見えぬりんごを画いて
これこそりんごと芸術家は云う

りんごもなんにも画かないで
りんごがゆを芸術院会員はもぐもぐ食べる

りんご りんご
あかいりんご

りんご
しぶいか
すっぱいか

Wiliam Waterhouse

Wiliam Waterhouse

なくしもの

ごくつまらぬ物をひとつ失くした

無いとどうしても困るという物ではない
なつかしい思い出があるわけでもない
代わりの新しいやつは角の店で売っている

けれどそれが出てこないそれだけのことで
引き出しという引出しは永劫の目色と化し
私はすでに三時間もそこをさまよっている

途方に暮れて庭に下り立ち
夕空を見上げると
軒端に一番星が輝きはじめた

自分は何のために生きているのかと
実に脈略の無い疑問が頭に浮かんだ

何十年ぶりかのことであるけれど
もとよりはかばかしい答のあるはずがない

せめて品よく探そうと衣服の乱れをあらため
勇を鼓してふたたび室内へとって返すと
見慣れた什器が薄闇に絶え入るかと思われた

stokes

stokes

「夕焼け」から

ときどき昔書いた詩を
読み返してみることがある
どんな気持ちで書いたのかなんて
教科書みたいなことは考えない

詩を書くときは
詩を書きたいという気持ちしかないからだ

たとえぼくは悲しいと書いてあっても

そのときぼくが悲しかったわけじゃないのを
ぼくは知っている

リュートを弾く少女

リュートを弾く少女

うつむく青年

うつむいて
うつむくことで
君は私に問いかける
私が何に命を賭けているかを

よれよれのレインコートと
ポケットからはみ出したカレーパンと
まっすぐな矢のような魂と
それしか持ってない者の烈しさで
それしか持とうとしない者の気軽さで

うつむいて
うつむくことで
君は自分を主張する
君が何に命を賭けているかを

そる必要もない
まばらな不精ひげと
子どものように
細く汚れた首筋と
鉛よりも重い現在と

そんな形に
自分で自分を追い詰めて

そんな夢に
自分で自分を組織して

うつむけば
うつむくことで
君は私に否という

否という君の言葉は聞こえないが
否という君の存在は私に見える

うつむいて
うつむくことで
君は生へと一歩踏み出す

初夏の陽はけやきの老樹に射していて
初夏の陽は君の頬にも射していて

君はそれには否とはいわない

 【うつむく青年】

【うつむく青年】

一篇

一篇の詩を書いてしまうと 世界はそこで終わる
それはいまガタンと閉まった戸の音が
もう二度と繰り返されないのと同じくらい
どうでもいいことだが

詩を書いていると信じる者たちは
そこに独特な現実を見出す
日常と紙一重の慎重に選ばれた現実
言葉だけとか言えばそうも言えない
ある人には美しく
ある人には分けの分からない魂の
言いがたい混乱と秩序

一篇の詩は他の一篇とつながり
その一篇がまた誰かの書いた一篇とつながり
詩もひとつの世界をかたちづくっているが
それはたとえば観客で溢れた野球場と
どう違うのだろうか

法や契約や物語の散文を一方に載せ
詩を他方に載せた天秤があるとすると
それがどちらにも傾かず時に
かすかに 時に激しく揺れながら
どうにか平衡を保っていることが望ましいと
ぼくは思うが
もっと過激な考えの者もいるかもしれない

一篇の詩を書く度に終わる世界に
繁る木にも果実は実る
その味わいはぼくらをここから追放するのか
それとも ぼくらをここに囲い込んでしまうのか

絶滅しかけた珍しい動物みたいに
詩が古池に飛びこんだからといって
世界は変わらない

だが世界を変えるのがそんなに大事か

どんなに頑張ったって詩は新しくはならない
詩は歴史よりも古いんだ

もし新しく見えるときがあるとすれば
それは詩が世界は変わらないということを
繰り返し僕らに納得させてくれるとき

そのつつましくも傲慢な語り口で

§ 谷川俊太郎のおすすめ本

谷川さんの類い希なるセンスと世界観がたっぷり味わえる初期の傑作集。
「空の青さを見つめていると 私に帰るところがあるような気がする」なんて言えそうで言えません。
まさに天才。
初めての方にもおすすめの一冊です。
参照記事はコチラ 谷川俊太郎の詩  ~空の青さを見つめていると~

ピンポンをするようにごく自然に詩を書き始めた青年は、やがて「ことばあそびうた」をあそび、自らの声でその詩を語り、透明感あふれる日本語宇宙を広げていった。
いつもいちばん新鮮でいちばん懐しい谷川俊太郎の決定版・代表詩選集。

※その他の谷川俊太郎の本のリストはこちらです。

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