谷川俊太郎の詩 ~魂のいちばんおいしいところ~

2016年7月16日書籍と絵画

自己紹介

時に私は

とほうもない馬鹿になり
とりかえしのつかぬ
あやまちをおかし
平然として
キァンティなど飲んでいる

そんな私に誰も気づかない

時に私は

一介の天使となり
すべてを慈悲の眼で見つめ
ゆり椅子におさまって
昼寝している
そんな私に私もきづかない

時に私は

何ものでもなくなり
じわじわと怪物のように時空に滲み出し
水洗便所で流されてしまう

そんな私をフェラリも轢くことができない

fortescue 谷川俊太郎

わたしの捧げかた

絵は窓なのよ わたしにとって
わたしは世界を眺めるの

映画は夢なの わたしにとって
わたしはすぐに忘れてしまう

本はカタログ わたしにとって
わたしはいつか世界を買うわ (多分月賦で)

でも歌は歌なの
いつもいつも わたしは小鳥に負けないわ
そしてあなたはあなたなの
わたしにわたしの捧げかたを 教えて下さい

幸福なんてなんでもないのよ
不幸なんてなんでもないのよ

わたしがわたしになれるなら

谷川俊太郎

二月のうた

鳥は空を飛んでゆく
魚は水に泳いでいる

私は地上でいったい
何をしているだろう

そう 私はたとえばあなたに
花を贈ることができる
鉢植えの黄水仙を
うす曇りのこの午後に

あなたをみつめて──

それは歴史とは
何のかかわりもない事だけれど

それはまったく
それだけの事だけれど

死と眠り 谷川俊太郎 

九月のうた

あなたに伝えることができるのなら
それは悲しみではありはしない
鶏頭が風にゆれるのを
黙ってみている

あなたの横で泣けるのなら
それは悲しみではありはしない
あの波音はくり返す波音は
私の心の老いてゆく音

悲しみはいつも私にとって
見知らぬ感情なのだ

あなたのせいではない

私のせいでもない

死せる乙女 谷川俊太郎

魂のいちばんおいしいところ

神様が大地と水と太陽をくれた
大地と水と太陽が りんごの木をくれた

りんごの木が真っ赤な りんごの実をくれた
そのりんごをあなたが私にくれた

やわらかいふたつの てのひらに包んで
まるで世界の初まりのような 朝の光といっしょに

何ひとつ言葉はなくとも
あなたは私に今日をくれた
失われることのない時をくれた
りんごを実らせた人々のほほえみと 歌をくれた

もしかすると悲しみも
私たちの上にひろがる 青空にひそむ
あのあてどもないものに逆らって

そうしてあなたは自分でも気づかずに
あなたの魂の いちばんおいしいところを
私にくれた

サブラ姫 谷川俊太郎

迷子の満足

右へ曲がれば家へ帰れる十字路を
幼い私はどうして左へ曲がったのだろう

生垣のつづく似たような小道が
異国のどこかのように新鮮だった

今ならまだ迷わずに戻れると
自分にむかって心の中で くり返しながらも
憑かれたように先を急いだのは 何故だろう

どんな目的地ももたずに
体の半分は心細さに泣きながら
もう半分は訳の分からぬ喜びに おどっていた

道から道へただカンだけで 何度も折れて
その夜初めて私は 自分の手で世界に触れた
夕闇のますます濃くなってくる
見知らぬ町かどにたたずんで
ひとりぼっちの私の感じた満足は
あれはいったい何だったろう

烈しい言葉で叱る母親を
幼い私は寛大に許していた
私の初めての冒険の意味は
ただ私自身にしか分からないと知っていたから

逢瀬 谷川俊太郎

明日

ひとつの小さな約束があるといい

明日に向かって ノートの片隅に書きとめた時と所
そこで出会う古い友達の新しい表情

ひとつの小さな予言があるといい

明日を信じて
テレヴィの画面に現れる雲の渦巻き 〈曇のち晴〉
天気予報のつつましい口調

ひとつの小さな願いがあるといい

明日を想って 夜の間に支度する心のときめき
もう耳に聞く風のささやき川のせせらぎ

ひとつの小さな夢があるといい
明日のために
くらやみから湧いてくる未知の力が
私たちをまばゆい朝へと開いてくれる

だが明日は明日のままでは
いつまでもひとつの幻
明日は今日になってこそ 生きることができる

ひとつのたしかな今日があるといい
明日に向かって
歩きなれた細道が地平へと続き
この今日のうちにすでに明日はひそんでいる

真夏の夢 谷川俊太郎

§ 谷川俊太郎のおすすめ本

何気ない言葉の中に尽きることのない想いが感じられる。
恋と孤独と悦びのバラッド。
谷川俊太郎のきらめくような詩の宇宙が感じられる傑作です。

谷川さんの類い希なるセンスと世界観がたっぷり味わえる初期の傑作集。
「空の青さを見つめていると 私に帰るところがあるような気がする」なんて言えそうで言えません。
まさに天才。
初めての方にもおすすめの一冊です。
関連記事はコチラ→ 谷川俊太郎の詩  ~世界が私を愛してくれるので~

ピンポンをするようにごく自然に詩を書き始めた青年は、やがて「ことばあそびうた」をあそび、自らの声でその詩を語り、透明感あふれる日本語宇宙を広げていった。
いつもいちばん新鮮でいちばん懐しい谷川俊太郎の決定版・代表詩選集。

※その他の谷川俊太郎の本のリストはこちらです。

Amazon.jp 谷川俊太郎 作品タイトル一覧