大藪春彦の『野獣死すべし』の文章が意外に美しかった件

私がファミレスでアルバイトしていた時、バイト先に「たーちゃん」という男の子がいました。

年齢は20歳をちょっと過ぎた頃で、いわゆるコレ系の人でした。(ここまでパンチ入ってませんが)

最初は「コワイ」と思い、距離を置いていたのですが、話してみると、意外に行儀がよくて、優しい。

当時は、見た目=ツッパリ、中身は硬派、の人が多かったですから、たーちゃんも、何かの弾みで族っぽいことをやってたけど、今は足を洗って、真面目にバイトもしています……という流れです。

たまには、まったく傾向の違う人と仲良くするのも悪くないと思い、たまにバイクの後ろに乗せてもらって、一緒に夜明けの海を見に行ったりもしましたが、元々、お互い、理想のタイプではない為、深い仲にはならず。(私は絵に描いたようなサラリーマン・タイプが好きだったし、あっちは私みたいに堅苦しいコンサバティブな女は苦手)

たまに喫茶店でお茶飲んで、将来のことを話し合う(このまま無職だとヤバイよね、みたいな)、不思議な関係でした。

そんなたーちゃんの最大の趣味が「大藪春彦の小説」。

会う度に、大藪春彦、大藪春彦、と聞かされ、「そんなにいいのかなー」と、しまいにはこちらが洗脳されるほどの熱の入れよう。

「オレも将来はライフルを習う」

「先日、サバイバルナイフを買った」

「人を刺す時、どうやるか知ってるか? こんな風に捻ってな・・(そんな話聞きたくねーよ^^;)」

私はただ目をぱちくりして、相槌を打つだけ。

「でも、私、暴力は苦手だからなー」と言うと、「阿月は大藪春彦を誤解しとる。一度は絶対に読むべきだ」と強く勧められ、書店に行って、平積みされた新刊に目を通してもみたけど、

・・・・・・。

私には合わない文体だと思いました。

やっぱ私は『風と共に去りぬ』とか『ゲーテ詩集』とか、そっち方面なんで、ハードボイルドとか、拳銃とか、それだけで受け付けないんですね。

それに大藪春彦といえば、松田優作の角川映画のイメージが強く
、やたら人を殺しまくって、20ページ毎にアヘアヘする作品という思い込みがあり、どうしても、じっくり読む気になれなかったのです(映画は面白いけども)。

それから月日は流れ、たーちゃんと会うこともなくなりましたが、大藪春彦の本を見る度に、ライフルやサバイバルナイフについて嬉々として語り、KAWASAKIのバイクをこよなく愛していた姿が思い出され、懐かしむことしきり。

「大藪春彦を読め」という言葉も、いまだ呪文のように脳裏に響きます。

そして、先日。

私のスマホでもKindleの小説が読めるようになり、ふと思い立って、『野獣死すべしのお試し版をダウンロードしました。

そうしたら、最初の一ページから、目がハート。

大藪春彦って、こんな綺麗な文章を書く人だったんですね(@_@) 

深夜。しめやかな雨が、濡れた暗い舗道を叩いていた。

黒々とそびえる高い塀にかこまれた新井宿の屋敷町。

青白い門灯が、あたりの鬱蒼とした樹木に異様な影を投げ、その邸宅の前には通りすぎる人影もない。遠くから、寝もやらぬ街のダイナミックな息吹がかすかに伝わってくる。この雨に拾った客を乗せて、時々気違いじみたスピードでかすめ通った流しのタクシーも今はすでに途絶え、この一郭は静かに眠りをむさぼっていた。

この部分も、もろに私好みww 「夢見る」が重複しているのが気になるけども、他に何が入るかな?
愁いを含んで深々と光る瞳には○○○な趣がある。
難しいね^^;

黒塗りのボディを滑らかに光らせたビュイック・エイトは、水をはね返す音をかすかにたてて滑りこみ、その大邸宅の手前に止まった。濡れたアスファルトに、車のシルエットが鮮やかに映る。

車の中の男は、ヘッド・ライトと車内灯のスイッチを切った。

クッションにもたれて、ラジオから流れる甘美な深夜の調べに、夢見るような瞳をあげて耳を傾けている。

ポマードもつけぬ漆黒の髪はおのずから渦を巻き、彫ったように浅黒く端正な顔は若々しい。甘い唇には孤独の影があるが、愁いを含んで深々と光る瞳には夢見る趣がある。

この描写もスピード感があって、映像的でしょう。

車の中の男は警部に声をかけた。

振り向いて車へ顔を寄せる警部へ、男は拳銃をつきつけた。

警部はさざ波の様に腋の下へ手を伸ばしたが、一瞬早く車の中の男は引き金をひいた。

掌から肩にかけて突っ走る軽い衝撃と共に発する銃声は、パッと鋭く小さい。

警部は眉間に小さな穴をあけて、くずれ落ちた。流れ出る血は見る見る雨に滲んで、濡れたペーブメントにとけていった。

ペーブメントね……。(やられた感、しきり)

こういう形で、さりげに横文字が入ると、格好いいでしょう。

羅列はバカっぽいけど。

私、音楽的な文章が好きなんですよ。

内容が面白くても、五・七・五の音調から遠く外れて、文体にまったくリズムがないと、もうダメ。

そんでもって、最初の一ページがダメだと、その後の数百ページもまったくダメ。

途中から盛り返すということは、まあ無い。

だから、好きな作品も限られるし、好きな作家でも「好き」と「嫌い」がはっきり分かれて、まだ『沈まぬ太陽』は完読してません。『白い巨塔』と『華麗なる一族』はしまいにページがほつれて、10ページほど行方不明になるほど読み返しましたけど。

大藪春彦も、昔、書店で立ち読みしたのは新刊だったせいでしょうか。

私とは合わないと思い、以後、二度と手に取ることはありませんでした。

あの時、『野獣死すべし』を手に取っていたら、夢中で読んだかもしれません。

あるいは、年を重ねて、良さが分るようになったのかもしれないけれど。

*

ともあれ。

君が、祝詞のように、大藪春彦、大藪春彦、と連呼した気持ちも、今なら分るような気がします。

きっと、君の中では、理想の強さや男らしさを体現してくれる作品だったんだろうね。

私はただただ圧倒されるばかりでしたが。(だってナイフは怖いもん)

ところで、その後、いい仕事は見つかりましたか?

今頃、一児のパパでしょうか。

あるいは、カナダで鹿狩りに夢中になっていたとしても、私は責めはしません。

今も銃と殺生は苦手だけども、私も時々、地元の猟師さんが仕留めたイノシシや鹿の肉を賞味に預かってますからネ。

それより、また新たな文体に出会えて、感動しています。

恐らく、どんな文芸評論家も、君ほどに大藪春彦の魅力を語ることはできないでしょう。

熱心なファンは、高名な評論家にも優るのかもしれません。

KAWASAKI GPZ のエンジンの響きを懐かしみつつ、これから『野獣死すべし』の続きを楽しませて頂きます。

小説も、人間も、いろんなのと付き合うのが大事だなと、つくづく☆

Amazonより:
敗戦で満洲から引揚げた伊達邦彦少年は、大戦の惨害に人間性の根底まで蹂躙され、大学生の頃には計算しつくされた完全犯罪を夢見るようになる。大学入学金の強奪に成功した彼は、戦時中父の会社を乗っ取った京急コンツェルンに対し執拗な復讐を開始する。怜悧な頭脳、端正な容貌と猛獣のような体躯を持つ非情の男伊達邦彦を描くハードボイルド小説の傑作。大藪春彦のデビュー作となる正編に加え、「週刊新潮」に連載された続編となる復讐編を収める。

興味のある方はぜひ。Kindleなら冒頭部が無料ダウンロードできますよ。

Photo : http://www.kawasaki-motors.com/mc/download/

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阿月まり

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