ウミガメ

6-9 嵐の中、病人を島に搬送する ~人生の曙光

2016年9月10日
ウミガメ

娯楽室でくつろいでいると、機関士のワディが急病との報せを受ける。
強い風雨で救急ヘリも飛ばせず、ヴァルターは島への搬送係を買って出る。

高波に揉まれながら操縦桿を握るうち、彼もまた自分自身を思い出す。
商船学校の初めての実習、やはり嵐に遭遇し、阿鼻叫喚の苦痛を味わった。
だが、嵐を乗り切り、甲板から曙光を目にした時の感動が今も忘れられない。

 朝の出港時は目の覚めるような好天だったが、午後から海が荒れ始め、日没には四百五十トンの実習船は絶叫マシーンのように激しく上下した。
 それまで威勢の良かった十五歳から十六歳の実習生は次々に洗面所に駆け込み、夕食に食べた物を全部吐き出して、床にうずくまるようにして酔いに耐えた。まるで悪魔に胃袋を鷲づかみにされ、脳味噌をぐちゃぐちゃに掻き回されるような苦しみである。こうなると酔い止めの錠剤など何の役にも立たず、ひたすら嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
 その時はさすがに心の中で母に助けを求め、泳いでもマルセイユの港に帰りたい心境だったが、海で働くなら、これから何度となく時化にも立ち向かわなければならない。高潮に呑まれた父はもっと苦しかっただろうと思うと、闘志も湧く。俺だって負けるもんかと父の形見の大バーズウォッチを握りしめ、歯を食いしばって地獄のような苦痛に耐えた。
 そのうち船医が見回りに来て、錠剤とは異なる種類の薬液を肩に注射してくれた。それで少し苦痛が和らぎ、うつらうつらするうちに夜が明けた。
 甲板に出てみると、風雨も嘘のように収まり、雲の切れ目から朝日が昇り始めている。目を細め、水平線から立ち上る鮮烈な光を見るうちに、父がしばしば口にした『Morgenröte(曙光)』という言葉が思い出された。
 朝の光の中、母と旧港のカフェ『Pour toujours(プール トゥルージユ)』で「一生かけて幸せにする」と誓い合った。あれが僕の人生の曙光だった、と。
 だが、彼にとって人生の曙光とは、あの時船上で目にした『Morgenrood(曙光)』に他ならない。
 父は無くとも人生は続いていく。
 ひとたび自力で生きようと決めたからには、決して弱音は吐かない。どれほど波に揉まれ、ぼろ屑みたいに打ちのめされても、何度でも立ち上がって、苦境を切り開く。
 一度は生きる気力も無くしたが、やはり海に出ると生きる方を選ばずにいない。

連絡船は無事に港に到着し、ワディは救急車で病院に運ばれた。

深夜、ずぶ濡れで立ち尽くす彼を迎えに来たのは、意外な人物だった――。

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Product Notes

イタリアの練習船(Training Ship)アメリゴ・ベスプッチ号。
今でも練習には帆船が使われるのが興味深いです。
https://en.wikipedia.org/wiki/Training_shipより。
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