6-8 潜水艇の事故に備えて 職場との交流

ヴァルターとエイドリアンは潜水艇『プロテウス』の耐圧殻に入り、接続ミッションの打ち合わせに取り掛かる。
最初は反目していたが、プロテウスの練習を通じて、少しずつ心の距離を詰めていく。

「接続ミッションの段取りについて、二、三、確認したいことがある。お前、船体保持はしたことがあるか?」
「ええ。レビンソンさんに教わりました。海上から座標を指示されたら、自動操縦システムにロードして、定位置に保持できます。位置確認の仕方も」
「そうじゃなくて、俺が無人機を操縦している間、深海流に影響されることなく、船体の向きや深度を一定に維持できるか、と聞いているんだ。あの辺りは、突然、不規則に流れが変わることがある。俺は一度も潜ってないから体感的に分からないけども、レビンソンが残したメモにはその時の状況が綴られていた。もしかしたら、今度のミッションでも、『右に、右に、流されるような』不規則な深海流に遭遇するかもしれない」
「船体保持なら、ある程度、自信があります。もっとも僕の操舵経験は海上の船舶が大半で、潜水艇とはかなり感覚が違いますが、潮流の激しい沖合や悪天候での操舵もそれなりに経験してますから、応用は利きますよ」
「じゃあ、緊急時の訓練は?」
「『緊急時』って?」
「万一、潜水艇が浮上できなくて、水深三〇〇〇メートルの海底に沈没した場合の話だよ」
「……」
「お前、そんなことは絶対にあり得ない、なんて思ってるわけじゃないだろうね」

その夜、ヴァルターはマードックに誘われて、初めて娯楽室に顔を出す。

 職場のスタッフに大きな不満があるわけではないが、どうせ話しても解ってもらえぬという諦めがある。
 以来、理解を求めるより諦め、接点を持つより断つ方を選ぶようになり、そのまんまだ。
 職場は職場、あくまで仕事上の付き合いと割り切り、誰かと胸を開いて語り合うこともない。
 淋しいというなら、父親を亡くした時点で、この世から自分の理解者は無くなってしまった。
 人も世間もこんなものだと諦める以外、救いなどあっただろうか。
 しかし、ここに来て、その考えも少し変わりつつある。調査船よりさらに大きく、複雑な行程を要する接続ミッションにおいて、プロテウスの方だけ向いておればいい――というのは、やはり間違いだろう。自棄糞で引き受け、日銭欲しさに来たプラットフォームだが、個々の背景や想いを知れば、「稼げればいい」とは言えなくなる。たとえダグやガーフのように八つ当たりが趣味みたいな相手であっても、彼らがここに懸けた数十年の歳月を土足で踏みにじるような無神経は持ち合わせない。
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Product Notes

アメリカのウッズホール海洋研究所の『Alvin』は生誕50周年とのこと。

「製造から50年経つのに、まだトイレがないの?」
「何いってんだ、ここは水深15000フィートの深海だぞ」

いまだにトイレがない。

でも、ロシアでも、日本でも、フランスでも、中国でも、水深数千メートル級の有人潜水艇が活躍していますが、いまだ人命にかかわるような事故は起きたことがないんですね。

alvin 潜水艇
Photo : http://www.whoi.edu/alvin50th/

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